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第12話 死刑台のメロディ

朝が来た。この薄暗い塔の中でも、小鳥たちのさえずりが聞こえてきた。兵士が鍵を開けアレクシオスは外へと出る。雲ひとつない穏やかな晴れ空の下、4日ぶりの娑婆の空気にアレクシオスは大きく深呼吸をする。


 しばらくして、他の囚人たちとともに縦一列に並べられると腰縄が打たれた。先頭の兵の号令がかかり、列は前へと進んでいく。大きな通りに出ると、町の人々がその囚人たちの行軍を興味と、(さげす)みにあふれた目で眺めている。心無い者は大声で(ののし)り、石を投げた。

 

「この反逆者め!とっととくたばっちまえ!」


 罵声とともに放たれた石は、囚人たちをことごとく打つ。頭にあたりコメカミから血を流しているものさえいる始末だ。兵士たちが群衆に注意をするも全く効果がない。それから闘技場に着くまでの20分間、罵声と投石が止むことはなかった。

 

 一行が闘技場(スタジアム)へと到着すると腰縄が解かれ、鍵のついた檻の中に放り込まれた。囚人たちの表情は暗く、何かを恐れているようにひどく怯えていて、中には泣きわめく者さえいた。その異様な光景を目の当たりにしたアレクシオスは隣にいた老人に尋ねる。

 

 「ご老人。やはり誰しも死は怖いが、斯様な通り皆ガタガタと何かに怯えておる。この国の処刑方法はそんなに恐ろしいものなのか?」


 すると老人はガタガタと震えながら、絞り出すように答えた。


(けだもの)じゃ。腹ぁ空かした獣の前に、囚人を放り出す。闘技場には剣や槍、棍棒などが置いてあるが、それらをとる前に大体は食われちまう。稀に勇敢に戦うものもいるが、獣相手だ。敵うはずがない。みーんなまとめて、獣の餌食ってわけだ」


 (けだもの)。ふと青年の頃を思い出す。あれは15歳の時スパルタの教練のひとつとして、(ドリュ)一本だけ持たされて森の中に放り出された時のことだ。


 今まで味わったことのない孤独と、底知れぬ恐怖にただひたすら耐えていたその時、一頭の獅子(レオーン)が目の前に現れたのだった。それはアレクシオスを見つけるや否や、咆哮を上げこちらに向かってきた。怖くなったアレクシオスは必死で森の中を走り逃げたが、ついには崖の端まで追い詰められてしまった。


 大柄であばらの浮き出た獅子(レオーン)は牙をむき出しにし、じりじりと距離を詰めていく。ああ、私はここで終わるのだと思ったのを今も覚えている。覚悟を決め(ドリュ)を握り直すと、飛びかかってきた獅子めがけて刃を突き立てる。獅子の爪がアレクシオスの胸のあたりを軽く切り裂いたが、突き立てた槍は獅子の額を深々と穿(うが)った。尻餅をつき、腰が抜けてしまい立ち上がることができぬアレクシオスを横目に、悲鳴をあげてのたうちまわる獅子。やがてそれはぴくりとも動かなくなった。あの後、獅子の首を宿舎に持って帰ったらレオニダスは自分のことのように喜んでくれたな。


 ふと昔話を思い出す間にも、時間は刻一刻と流れていき処刑執行まであと3時間を切った。




 窓際から朝日が降り注ぎ、アリッサが目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていたが、あまりにすっきりしない目覚めだ。そばでまだ寝息を立てるエリオを揺り起こすと、彼女は可愛らしく欠伸をして寝ぼけ眼をこすり、うーんと伸びをする。


 「おはよう、エリオ。よく眠れた?」


 「おはよう、アリッサ。私は大丈夫。でもその顔は…あまり寝れてない顔ね」


 彼女の目の下には薄い隈が浮かび、優しげな表情にも疲れが見える。おそらく昨日はほとんど眠ることができなかったのであろう。察したエリオは少しでも場の雰囲気を変えようと、いつもの調子でおどける。


 「お化粧でなんとかできるかも。ささ、鏡台の前に座ってお嬢様♪このエリオちゃんがとびきりの美人に仕立ててあげますからねー♪」


 アリッサを鏡台の前に座らせると、エリオは荷物の中から化粧道具を取り出す。アリッサの長く美しい髪を櫛でとかして、邪魔にならぬよう紐で後ろに束ねた。慣れた手つきで刷毛(ブラシ)で蜜蝋を薄く塗り、白粉(おしろい)を叩いて、薄く小さな唇に紅を差す。普段するより少し濃い化粧にアリッサはうろたえるが、エリオは続ける。化粧が終わると束ねた髪を解き、後ろ髪を大きな三つ編みにした。


 「よし、一丁上がり。なんだかこうしていると昔を思い出すねぇ♪じゃあアリッサ、私の髪を結ってよ♪」


 こうして二人は身支度を整えると、宿の女将に教えられた闘技場(スタジアム)へと向かう。闘技場の周辺はまるでお祭りのような騒ぎで、食べ物や玩具を売る露店が沿道に立ち並び、旅の道化師や楽団が賑々しく場の雰囲気を盛り上げている。ここで人が殺されるというのに、奏でられる音楽は底抜けに明るくそれにあわせて白塗りの道化師が滑稽(こっけい)な動きで踊る異様な光景に、アリッサは吐き気を覚える。そんな中、口ひげを整え小太りな興行師の男が大声を張り上げる。


 「さあ、お立ち会い!本日の目玉は筋肉モリモリ、人間族の野蛮人(ヒューマンズ・バーバリアン)だよ!純粋な農民たちを騙し、我が皇帝陛下に刃を向けた愚か者の末路は今見逃したら一生見れません!さあ、特等席のチケットも残り僅かだ!早い者勝ちだよ!」


 騙しただなんてそんな、酷すぎる!アレクさんは私たちを守ってくださったのに!また襲われぬように私たちを導いてくださったのに!それを反逆者だなんて、あんまりだわ!


 泣き出しそうな表情を浮かべ、今にも興行師に食ってかかりそうなアリッサをエリオがなだめる。アリッサの気持ちは痛いほどにわかる。だけど今は、アレクさんを信じて待つことしかできない。つられて泣きそうになるエリオは、精一杯の空元気でいつもの調子を装い興行師に駆け寄る。


 「おじさん!チケット2枚くださいな♪こんな美人二人が頼んでいるんだから、少しぐらいまけてよ♪」


 「やあやあ、綺麗なお嬢さん方!本来ならね、割引はやらないんだけどこんな美人に詰め寄られたらおじさん頑張っちゃう!特別席は割り増しだけど、一般席と同じ価格でどうだい?」


 「一般席も十分高いじゃん!もっとまからないの?ねぇねぇ?」


 貧相な胸を精一杯腕に押し当てて、上目遣いに涙目と女の武器を最大限に利用してエリオは訴える。興行師は照れ隠しか、明後日の方向を向き頰をぽりぽりと掻いたのち、大きな咳払いをひとつした。ものすごく渋い顔でチケットを手渡す。


 「ええい!半額!半額だぁ!もってけ泥棒!」


 「ありがとうおじさん!大好き!」


 興行師の頰に軽く口付けをして代金を支払うと、完全に蚊帳の外であったアリッサの手を引き一階の特等席に座った。そこは日よけの天蓋が張られており、闘技場の舞台を間近で感じることのできる贅沢な席であった。


 サービスの冷えたぶどう酒を受け取り、辺りを見渡すと会場内には多くの市民が集まっており、麦酒や焼き菓子の売り子が辺りを徘徊している。やがて人の動きが少なくなりスタジアムが黒山の人だかりで埋め尽くされた頃、太鼓の音が鳴り響き一挙にスタジアム内は静まり返る。そこにいたすべての人々の視線が、一階席中央の少年に注がれた。皇帝イグニオス2世である。


 「我が民たちよ!今日は大いに愉しんでくれ給え。先代の皇帝、あの父上(バカ)が禁じた我々の娯楽を今日ここに復興する!犯罪者たちが殺されるところを、戦いに勝利し自由を勝ち取る者を、破れ無残にも転がる亡骸をぶどう酒を飲みながら愉しもうではないか!」


 短い挨拶を終えると、会場は熱気に包まれる。あちらこちらで上がった歓声が、円形の闘技場の石造りの壁や床に反射して木霊する。歓声が止むと、先ほどの興行師の男が舞台に躍り出る。


 「さて、紳士淑女の皆様(レディース・アンド・ジェントルマン)!これより公開処刑を実施致します!先ず、デモンストレーションを行います。ここで屍になってもらう5人の入場だ!」


 舞台左袖の扉が開き、ボロ布のような服をまとった5人が兵に連れられて舞台中央まで連れてこられた。自分の運命がわかっているのか皆ガタガタと震えている。


 「そーしてそして!今回、この者たちを処刑する(けだもの)たちの入場だ!」


 舞台右袖の扉が開き、中から体格の大きな獅子が2匹飛び出した。鋭く尖った牙に血走った栗色の(まなこ)、アバラの浮き出た大きな躰は、闘争本能を呼び覚まさせるためにわざと餌を抜かれたのであろうと推測される。今の獣たちには目の前の囚人たちなど、美味しそうな肉の塊に過ぎないのだ。


 獣たちが放たれ、囚人たちはさらに震えあがった。腰が抜けて立てなくなり小便を漏らす者もいる。一目散に囚人たちに襲いかかった獣たちは若い女と、痩せこけた老爺(ろうや)の喉笛を噛みちぎるとくわえてこれ見よがしに引きずり回す。闘技場中に断末魔が響き渡り、亡骸から噴水のように吹き出す血が、敷き詰められた白砂を朱に染めあげる。


 そんな光景を目の当たりにしたアリッサとエリオは、おもわず目を覆う。そんな彼女らとは裏腹に観客たちは歓声をあげる。もっとやれもっとやれと囃し立てる群衆、そして皇帝イグニオスは膝を手で叩き大声をあげて嗤っていた。


 「ハハハ!いいぞぉ!いいぞ!喰い殺せぇ!喰い殺されてしまえ!」

 

 残る3人の男もその牙や爪の餌食となり、あっという間に5つの亡骸が出来上がる。観客の熱気は最高潮に達し、大きな歓声が上がった。そんな雰囲気の中、興行師が太鼓を鳴らすと観客たちが一気に静まり返る。


 「それでは皆様!大変お待たせいたしました!本日の目玉ですよ!人間族の野蛮人(ヒューマンズ・バーバリアン)対2頭の獣の対決です!勝てば無罪放免、負ければ死あるのみの世紀の対決だぁ!」


 興行師の口上とともに、右袖の扉が開くとアレクシオスはゆっくりと歩き出し、闘技場へと入っていった。

 


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