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第10話 囚われの塔

 カビ臭い香りと、垂れてきた水滴が、アレクシオスを目覚めさせる。手足には鉄の枷がはめられ、身動きが取れない。ここは一体どこだ?鎧を着た二人組に襲撃されて、応戦したものの急な眠気に襲われて…身に起こったことを必死に思い出そうとするが、全く思い出せない。唯一わかることは、ここは牢屋の中で、自分は捕まってしまったということだけだった。やることもないのでもう一眠りと、目をつむろうとした時、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。その足音は牢の前で止まった。目を開け扉の方を向くと、3人の兵士。


 「おい、人間族(ヒューマン)!出ろ。皇帝陛下がお待ちだ。」


 一人が先頭に立ち、二人が脇を固める形でアレクシオスはどこかへと連れ出される。頭に被された麻袋のせいで、どこへと向かっているのかはわからなかったが、繊維の隙間から漏れ出た光が、外へと連れ出されたことを教えてくれた。しばらく歩くと、その場に跪くよう指示される。麻袋が取られると、そこは、見事なまでに手入れがされた庭に作られた、謁見(えっけん)の間であった。明らかに、罪人を連れてくるところではない。

 

 「皇帝陛下、件の人間族(ヒューマン)をお連れしました。」


 先頭に立っていた兵士が声を上げると、脇にいた兵士たちは、槍をアレクシオスの前で交差させた。やがて玉座に一人の男が座る。面をあげよと言われ、顔を上げると玉座には、金の糸で華美に装飾された白い衣を纏った、年端もいかぬエルフ族の少年が座っていた。


 「余がエルフ族を統べる者、イグニオス・エーデルワイス2世である。人間族(ヒューマンよ、名はなんと申す?」

 

 「私はアレクシオス。北東の村にて、巫女アリッサに介抱されて以来、村の用心棒をやっている者でございます。」


 イグニオス2世と名乗った少年は、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに元の高圧的な態度に戻った。


 「ふむ。見た目は野蛮人(バーバリアン)そのものだが、礼儀はしっかりしているようだな。アレクシオス、貴様はどこから来た?なぜ用心棒たる貴様が、農民たちに武器を持たせるのだ?」


 アレクシオスはこれまでの経緯を包み隠さず、全て話した。話終わると、なぜかイグニオスは怒りの表情を見せ、怒鳴り飛ばす。


 「嘘を吐くでない!貴様、スパルタという国から来たと申したな!斯様な国は、人間族の歴史上でも存在したこともない!はては、アイラ国やタリスカー国の密偵だな?我が国家を脅かす為に、農民たちに武器を持たせ、反乱を起こすつもりだったのだろう?愚か者め!」


 アレクシオスは必死に反論するが、若き皇帝は、聞く耳を持たない。


 「もうよい!下がれ!おい、この者を牢屋に入れろ!そして鞭を打て!泣き出して命乞いをしても、容赦なく打て!4日後、この者を反逆者として処刑する。それまで殺すなよ?」

 

 「御意。おい立て!」

 

 イグニオスは意地の悪い笑みを浮かべると、そのまま奥の方へと引っ込んでいった。兵士たちは再びアレクシオスに麻袋を被せると、行きと同じ隊列で謁見の間から連れ出した。またしばらく歩き、階段をいくらか歩くと、兵士たちは立ち止まって、麻袋を取り、アレクシオスを牢に入れると、鍵を閉めた。


 「また来るからな。鞭は痛いぞ。今のうちに貴様の神に祈っておくのだな。」


 兵士たちは下卑た笑いを残して、牢屋を後にする。先ほどの牢屋とは違い、随分と高い建物の中にある牢屋のようだ。とりあえず腰を下ろすと、薄暗い空間のどこかから、か細く男の声が聞こえた。


 「新入りかね?しかも、人間族(ヒューマン)ときた。人間族(ヒューマン)の御仁よ。私はひどく退屈をしている。何か話でもしてくれまいか?面白い話を頼むよ。」


 新入りとは私のことであろう。そのか細い声の主に向かって返事を返す。


 「いいですとも。では、私の故郷(くに)の話でもしましょう。よい退屈凌ぎにはなるはずです。」


 アレクシオスは、祖国スパルタについて話をする。生まれた時点で、丈夫で健康な子でなければ谷底へ落とし殺してしまう掟や、7歳頃から親元を離されて集団生活を送り、戦士として敵を殺すことをひたすらに教え込まれたこと。ブラックスープの味、そして、テルモピュライで起こったことを話す。一通り話し、しばしの沈黙のち、男が口を開く。


 「有難う。よい退屈凌ぎになった。見知らぬ国の人間族(ヒューマン)の御仁よ、名はなんと申すのだ?」


 「私の名は、アレクシオス。ラケダイモーンのアレクシオスだ。」


 「アレクシオス殿、お礼と言ってはなんだが、私の話も聞いてくれまいか。」


 アレクシオスが、どうぞと促すと男は続けた。


「私の(せがれ)の話だ。あいつはひどく傲慢でな。自分勝手で、人の話を聞かぬのだ。私も幾度となく咎めてきたが、一向に治る気配がない。もう私では手に負えぬ。アレクシオス殿のような、御仁がいらっしゃれば、お灸を据えられると思うのだがなぁ。」


 ため息まじりに話をする男に返事を返そうとすると、足音が近づいてくる。


 「何を喋っているのだ!私語をするな!おい、人間族(ヒューマン)!お祈りは済ませたか?殺さぬ程度に、たっぷりご馳走してやるぞ。せいぜい豚のような悲鳴をあげて、耐えるのだな!」


 アレクシオスは違う部屋へと連れて行かれると、顔に麻袋が被せられ、服を全て脱がされる。そして、手枷をはめられたまま天井へと吊るされた。兵士の一人が長い鞭を握り、アレクシオスの背中や胸板、臀部に向かってそれを振り下ろす。薄暗く、ひっそりとした部屋に鞭が打たれる音と、痛みに耐える、アレクシオスのくぐもった声が何度も何度も響く。あっという間に体は傷だらけになり、ところどころ出血していた。しばらくすると鞭を打つ方が疲れてしまったのか、鞭打が止み、兵士の男が荒い息遣いと共に、麻袋を取ると、ニヤリと嗤う。


 「どうだ、痛いか?苦しいか?反逆者め!もっと鳴け!喚け!全然声が聞こえないぞ?」 


  アレクシオスは男に向かってニッと嗤う。最上級のやせ我慢だ。

 

 「なんだ?もうおしまいか?大したことのない。女が鞭を打ってるのか?」


 「減らず口を!」


 再び鞭打は続き、そこから20発ほど打ち終えて、アレクシオスはようやく天井から降ろされた。ひたすら鞭を打たれ続けた躰はひどく出血している。フラフラの状態で兵士に両脇を抱えられ、再び牢屋に投げ込まれた。打たれた箇所をさすりながら、アレクシオスは横になる。3日後には私は処刑らしい。まったく無様な死に方だ。これでは、レオニダス王に顔向けできぬではないか。


 そう考えているうちに、まぶたが落ち、アレクシオスは眠りについた。

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