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ヘビメタっていうな!  作者: 有角弾正
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出るか?!必殺の絶命奥義!!篇

 8話 出るか?!必殺の絶命奥義!!篇



ある日曜日。


愛音は今日も早朝4時にギター特訓を終え、帰宅後、シャワーを浴びるやいなや泥のように寝むったが、今は元気に目覚めている。



朝食か昼食か分からないものを摂り、歯を磨き、母親が寝ているうちに内緒で宿題をしている・・・・。



愛音の学力は平均よりかなり下である。


母親の唱子の教育方針?で、

日本語が話せ、読み書きが出来ればそれ以上の勉学は全て無駄。


そういう育て方を現在14歳まで一貫して通されている。



幼稚園、小学校、中学校も学校側から催促があるまでは登校させず、

ひたすら唱子の目指す、愛音の若くして亡くなった父、鏡二の様な聴く者の魂を震わせ、天上へと誘う天才カリスマギタリストに一日でも早く近づかせる為だ。



それ以外の不純物(唱子はそう思っている)である勉学・社会性を排除し、日に10時間以上のギター特訓を強要させている。



愛音としては勿論、その生活スタイルには幼いころから拒絶反応を示していたが、環境とは恐ろしいもので、いつしか唱子の洗脳と相まって、今は普通の事になっている。




生前の父・鏡二(きょうじ)は正に天上の音を奏でるギタリストであったが、演奏スタイルは常に自由形、究極の天才肌であった。


ゆえに決して決まった曲を譜面通りに弾くということはなく、思い付くままに音を奏で、二度と同じモノは弾かないのであった。



その変幻自在、自由に形を変えていく鏡二の音に同じ、とまではいかないが、

近いレベルでアドリブで付いていけるベース、ドラム、ヴォーカル(唱子)という編成でライブ活動だけを行っていた。




彼に言わせると

「音、そして音楽は魂の自然な発露であって、音符や記号ではない。


同じフレーズ、同じ楽曲を何度も何度も反復練習を行い、同じようにミスすることなく演奏する。

これは最も芸術から遠い(作業)であり、更にそれをメンバー全員がそれらを強いられ、監督が付き、平均点以上を何とか捻り出し、それを又いじくり回す。


つまりCD等の音源を作ることは絶対にしたくない!


型通りのキスで愛が伝わるか?」である。



つまり彼のCDはこの世に一枚も存在しない。



となれば当然、彼の造る天国に陶酔したいなら、ライブしかない。


結果、ライブは毎回凄まじいチケット争奪戦になる。


皆、この男の紡ぐ、甘美にして激烈な快楽的感動の嵐に群がるのだ。



もし鏡二がもう少し長く生きていれば、

確実に小さなライブハウスから世界へ羽ばたいていたであろう。


今はCD音源すらない、実に惜しい。



しかし、だ。

ライブハウスではどこも出演者のステージを必ずビデオ録画している。

それが残っていたのだ!


だが、ボーカルの唱子が下らない評論家や、金を稼ぐことしか頭にない屑のような奴等に触れさせたくない!と主張。

ライブハウスからそれら貴重なビデオテープの全ての回収を求めた。


また、唱子はビデオテープのコピーも一切許さなかった。



当初ライブハウス側は当然、マスターテープの回収を拒否したが、鏡二のお陰で二財産は稼がせてもらったという事実、

そして何よりも唱子の激し過ぎる性格に圧倒され、結局は唱子の言うなりになってしまった。



なぜ唱子はそこまでこのビデオこだわるのか?

愛しい夫を、その在りし日の美しい姿を独占したかったのか?


        違う。


彼女にはビデオの使い道があったのだ。



愛音が小学校に上がった頃、友達と遊べないことをきっかけに練習を拒否し出した。


無理もない、幼い子供に毎日5時間、子供サイズではなく普通のギターを練習させるのだ。



当時の愛音のギターのテクニックは、既にかなり高いレベルまで到達していた。



こんな逸話がある。



唱子が気紛れに近所にあるギター教室に出向き、腕前を評価させようと、当時小学一年生の愛音の演奏を披露した時のことだ。


その教室のギター講師は震えながら

「お恥ずかしい話ですが、この子にわたしが教えられる事は何一つありません。


しかし……

こんなに幼い子がここまで出来るようになるまでの、この子の苦労、苦悩を考えると同じ子を持つ親として貴女に殺意を覚えます。


私が冷静に話せるうちに、早く出て行って下さい!」


と涙させたくらいであった。



人間性まで排除した愛音のギターはそれほどに凄まじく、唱子の教育は成果を上げていたとも言える。


しかし、愛音も人間である。

成長と共に自然、自我が芽生えて来る。


当時は、日に5時間だったトレーニングも、全く集中力が続かない。



そこである日、唱子は愛音に言った。


今日は練習は一切しなくて良い、

友達と好きなだけ遊んで良い。


ただし、その前に一本だけライブビデオを見ること・・・・・。



その日を境に練習は最低10時間になり、

唱子は『頑張れ』という言葉を使っていない。



『行ってらっしゃい』



だけでよくなった。




さて、本日の愛音である。


苦労してようやく宿題を終え、隣室で寝ている唱子を起こしに行く。


「ねぇねぇお母さーん、もうお昼だよー!」

母の肩を揺する。



唱子「あぁ、もう昼かい・・・


もっと寝ても良いんだよ、あたし、


うん、ありがとう唱子・・・・」

再び眠りだす唱子。



愛音「ちょっとお母さん?!今日はフリークスファイターズ2のできる日だって言ってたじゃない!!


起こせって言ったのお母さんだよー?!!」


さっきより激しく揺らそうと力を入れようとした直後、唱子が飛び起きた。



肩透かしを喰らう感じで、美しい母親の傍らに倒れてしまう愛音。



唱子「何やってんだいアンタ……。


は!そうだ!午後から稼動するって言ってたんだ!!!」


急いで身支度を始める。



フリークスファイターズとは、世界中から集まった変態の中から真の変態を決めるという格闘ゲームである。



キャッチコピーは


『変態にもなれないやつ達に何が出来る!』


で有名だ。



前回も人気を博した精錬されたシステム、高い操作性、また同じ性的嗜好者ならたまらない練りこんで創られたキャラ等、

俺は2が出ても1をやり続けるぜ、というファンも多い。


好きにしろ



で、今日がその新作

『フリークスファイターズ2』の全国同時初稼動日なのだ。



近所のゲームセンターは日曜は午後2時から開店である。

店長が土曜の夜は泥酔したいからだ。


かなり古いゲームセンターで、ゲーム機以外はメンテナンスも適当だ。



唱子は格闘ゲームジャンキーであり、特にこのゲームのファンなのであった。


前作よりキャラ数が増え、追加要素も沢山あるという今作も早くプレイしたくて仕方がなかった。



しかしロケテストには行かなかった。

『ぶっ壊れの糞バランスのロケテ版でガッカリしたくない』と意味の分からないことを言ってゲーセンの店長の失笑を買っていた。



ともかく合戦の日は来た!



人気とはいえ、とうに流行のピークは終わった格闘ゲーム。


店外に列が出来る程ではない。



両手の指をバキボキと鳴らしながら、

さぁどうしてくれよう?!と唱子が店内に踏み込もうとしたとき。



    「唱子!やはり現れたわね!」


気の強そうな女の声がした。



唱子「乳子か。ウゼ・・・」

新作ゲームへの期待の笑みが消失、美しい顔に不快感をあらわにする。



乳子と呼ばれたこのセレブ風の小柄な巨乳美人こそ、天帝(あまかど) 御影子(みかこ)である。


学生時代のあだ名は乳タイプ(にゅうたいぷ)。



唱子の実家は京都の100年続いた老舗京菓子店だが、唱子のロックな趣味と高校生の身で家出、

流れ者の男と同棲していることが周り近所に知れ、常々ライバル視していた同業者達から悪い評判をお客にまで流され、

客足は減り、銀行から多額の借金をすることになる。



行き詰まった唱子の父は親友に保証人を頼む。


それが老舗の草薙旅館オーナー草薙 仁、

御影子の父である。



借り入れは出来たものの、

一度傾いたライバル店を見逃す程、商魂逞しい同業者達は甘くはなく、

風評、噂話と、ありとあらゆる手を使われ、結果、唱子の父親の店は潰れ、両親は失踪してしまう。



当然、保証人であった草薙旅館は困窮し、御影子は食うや食わずの極貧生活を若い時期に経験する事になった。



高校生まで唱子に憧れていた御影子であったが、自分の家族が困窮する原因になった唱子を激しく恨むようになる。



それで、玉の輿に乗り、苗字も変わり、裕福になった今でも、事あるごとに喧嘩を売ってくるのだ。




御影子「だからその呼び方はやめなさいって言ってるでしょ!!」


色白の美貌を朱に染めた。



唱子「うるせー!こっちはやりやくてやりたくて(フリークスファイターズ2の事)

どうにかなりそうなんだよ!!!

早く列に並ばせろっ!!ていうかどっか行け!!」

一応並ぶようだ。


店とは反対方向を指差し喚く。



御影子はわざとらしいタメ息

「相変わらずおっ下品ねー。


あなたがそのフリルフィルターが得意だって聞きつけてねー。

フフフ…腕には相当自信があるんでしょ?」

サングラスを金髪の額に挿しながら、妖艶に微笑み、煽ってくる。



唱子「フリルじゃねー!フリークスだ!!なんで煽って来るくせにソコ調べてねーんだバカ!

乳にしか血が行ってねーんじゃねーか?!」


好物のおあずけをくっている野獣のようだ。



愛音「御影子さん!今日のお母さんは怒らせないほうが良いですよー!あ、もう怒ってますけどー」


真正面から御影子の巨大なバストを揉みながら警告する。



御影子はそのサイボーグの手のような小さなグローブをはたき

「ま!あんたまで!!良いからよくお聞き!


もしそのお得意なゲームであなたが負けたならどう?

それはそれはショック、惨めでしょうねぇ~?」



唱子「何だとー?!フン、まぁーな!ありえねぇ事だが、

もしも負・け・れ・ば・な!

おや?その感じだと今日はゲームで勝負ってか?


っつーことは、得意の金の力でゲーム筐体くらい貸切にしてくれてんだろうねー?」


やはりこの女にはタバコと不敵な笑みが似合う。



御影子「アハハ!バカおっしゃい!

アレくらいの物、買ったわよ!


でも我が家の格調高いイターリアの家具とバランスが取れないから、ここに置いてあるけどね」


裕福さを自慢することがエクスタシー、こんな女は多い。


そしてなぜか皆美しい。



唱子「なんてうらやましい事を・・・家庭用に移植されるまで待たなくても部屋でやり放題・・・・・へやで……

良いよ!勝負してやる!!その代わり、分かってんだろうね?」

鋭い視線で真珠まみれを見下ろす。


御影子「ふん!だから家具と合わないって言ってるでしょ!

勝ったら持っていきなさいな!!


でも負けたらこれをするのよ!?」



御影子の後ろから、金髪縦ロール、お嬢様キャラ全開の巨乳美少女が現れた。



御影子の娘、凜音(りんね)である。



いつも薄目か目を閉じている。


双子だが今日は妹の姿はない。



凛音は巻物の様な物を広げ

「では銀山唱子(かなやま しょうこ)の負けた場合の罰を発表いたします。

最後に宣誓を御願い致します。


まず、ひざまづき、天帝(あまかど) 御影子(みかこ)の靴を舐め、綺麗にし。


私はゴキブリにも劣るゴミクズです。

うっかり生まれてきてすみません。


でも私ウジムシ唱子はこの為に、正にこの為に生まれ、今日まで生きてきた気がします。


ありがとう御座います!

御影子様おいちーです!おいちーです!


私のみならず、おバカな娘、愛音も私のような糞虫に似て・・・」



唱子「いや長ぇよ!!毎度毎度!


大体、何でてめぇ、いつもこの子にこの宣誓書読ませてるとき一番興奮してんだよ?!


このド変態がー!スゲーキモいし、下らねぇよ!

こーいうのもいいから!

何でも負けたらやってやるよ!負けたらな!」



上気した顔の金髪セレブ、ヨダレを拭い


「誰が興奮してるのよ誰が!!!


ふぅ。いいこと?今言った言葉忘れるんじゃないわよ!?」


実はもう、ちょっと満足していた。





ゲームセンターに入る、美しい年増二人と美少女二人。


かなりギャラリーが集まっている。


店内、その奥に(天帝様専用)と書かれた札が下がり、パールホワイトのリボンを立ち入り禁止帯にし、触れることの出来ない状態にしてある対戦筐体がある。


勿論、フリークスファイターズ2だ。



ギャラリーの中に、天然パーマの色黒でまつ毛の長い、印象の残らない、寝ぼけたような顔をした中学生がいた。



愛音のクラスメイト、キモオタあいう組の一人、植田腸透(うえだ ちょうすけ)である。



彼の主食は○リコン18禁恋愛ゲームである。

が、実は格ゲーマーでもあった。



フリークスファイターズには○リコンの狂女(きょうすけ)というキャラがいるため、

余計にこのゲームにもはまったのであろう。


ホントどーでもいい。


このゲームセンターの店長の息子である。



腸透「おっ?!あの封印されていた筐体の持ち主が来たようでヤンスねー」


スチールウールのごときモジャモジャ頭を唱子達に向けた。



唱子「ハッ!流石は天帝財閥ってとこか、丸ごと対戦筐体買った上に、お立ち台の上に設置するとはねー。


月並みな感想だけど、金はあるとこにはあるもんだよ全く!」


不敵に微笑む。少し楽しそうだ。



「さっ、さっさと始めようか!


おやおや、そーいえば自慢の双子の妹の方の姿が見えないねー。


ま、来れねーか!アハハハ!」


首の関節を鳴らしながらニヤつく。



御影子「うるっさいわねー!なんでか知らないけど、どうしても外せない用事があるんだって言って出掛けたわよ!


あの子ったら、格闘ゲーム好きが高じてゲームの本まで書いてる癖に……」


忌々し気に筐体のリボンを握る。



唱子「アハハ!今回の勝負ネタが格ゲー。

しかもフリークスファイターズとくりゃあ、そりゃ無理だろねー。


で!誰が相手をしてくれるんだい?

まさか乳製品じゃねーよな?


お前が超不器用なのは昔から知ってるからな。


じゃ、凛音。お前だね?

でも、お前が格闘ゲームなんてするかね?キャラが壊れるよ?」


美しい年増は、自分の襟足に人指し指を立て、クルクル回し、縦ロールを表現する。


得意分野の勝負を前に、軽やかに興奮しているようだ。



凛音「はい、本日は私が御相手を努めてさせて頂きます。」


優雅に席に着く、息を飲むような美少女。



全身フリルまみれの高級ファッション、手には白いレースの手袋。 


この古いゲームセンターには最も似つかわしくない人種だ。


何やら辺りをアルコール消毒し始めた。



唱子「はーん。この勝負決まったね、とは言わないよ!


凛音、お前の事は小さい時から知っている。お前はただのおバカなお嬢様じゃない!

何か策があるね?」

タバコの煙に目を細める唱子。



御影子が腕を組んで

「ふん!じゃあルールを設定するわ!

お互いまぐれは納得いかないわよね?

だから三戦にしましょう。


その間、使用キャラクターを何度変えてもいいわ。

とにかく二本先取の三戦!異論はないわね?」


巨大なバストを誇るように見えた。



唱子「ああ全くないね!

ただ勝負の前に確認しておきたいことがあんだけど?良いかい?」



細く整えた眉を片方上げ

御影子「アラアラ、何か気になるの?フフフ…


あ、もしかしてイカサマとか?ボタン・スティックに何か細工してないか、とか?

フフン、どうぞお好きにチェックなさいな。


はたまた購入した筐体で、一般人より前にプレイ、練習出来た事への抗議かしら?


フフフ…何ならハンデでも付けてあげましょうか?」


余裕たっぷりに煽って来る。



タバコを荒々しく消しながら

唱子「ハッ!お前がそんな下らねぇ萎える小細工をしねぇのは分かってるよ。


あたしが確認したいのはそういうのじゃねえ。


凛音、あんたこのゲーム、前作にあたる1はしたことあるのかい?」


唱子の妙な質問に、少し空気が張りつめた。



凛音「いえ、基本的にはこの2だけですわ。


まあ参考程度に、1も妹と数戦試しましたが、全く操作感が異なりましたから役に立たないと思い、直ぐにこの2に戻りましたわ。


母から勝負はこの2で行う、と聞いておりましたから。


唱子さん。私の技量なら、ご心配なく。


妹はこのゲームの1の攻略本も書いている程の熟練者、全国大会の優勝者らしいですが。


私は普段、テレビゲームとかいう娯楽など特に触れたくもないもので、格闘ゲームも含め、テレビゲームというものが生まれて初めての体験でした。


それでも妹との対戦勝率は」



唱子「は?」



凛音「100%、全戦全勝でございますわ!」



場にいたギャラリーも含め、皆が黙り込む。



続いてゲームセンターを揺らすほどの爆笑!怒声!



腸透「ふざくんなでヤンスー!


このゲームのシステムは複雑で、自由に操作出来るまで、まず50時間!


しかも1の全国大会優勝者と言えば、このゲームのマエストロ、コンボファクトリー様!


それを数戦で操作を覚え、しかも全勝とは。

そんなおおぼらは全ての格ゲーマーをバカにしてるでヤンスー!」



唱子はスチールウールを横目で見

「……何か糞キモい解説はほっといて、お前が冗談を覚えたとはね~。


スゴい成長だよ全く」


間の抜けた拍手を贈る。



凛音「冗談かどうかは直ぐにお分かり戴けますわ。」


ニコリともせず、白のレース手袋でスティックを握る。


この美少女、相変わらずまぶたは降りたままだ。

ちゃんと画面は見えているのだろうか?



腸透「おーと始まるみたいでヤンスー!


さーて!年増が選んだキャラは?


       あづー!!」


タバコを腸透の後頭部に押し付ける唱子。

盛大に天パが煙を上げる。



唱子「おい!キモスチールウール!

唱子だ!唱子!

美しい雌豹、唱子様だ!一回で覚えろよ?次はキレるぞ」


既にキレていた。



腸透「わ、分かったでヤンスー!


おーっと!対する縦ロールが選んだのは?!!奇しくも同じキャラ!

ガチ○モカラアゲだー!!」


どこから出したか、マイクを握っている。



唱子はチラリと画面を見、不敵な笑み

「おやおや良い度胸じゃないか。


このキャラの恐ろしさは近距離攻撃キャラで思い知るんだよ。」


隠しきれない笑いが唱子の美貌を闇色に飾った。

同キャラならまず負けない、その自信の現れだった。



凛音は無言だ。


どうやら唱子のキャラセレクトを見て、あえて同じキャラにしたようだ。



腸透「おーと!波乱の幕開けでヤンスー!!ラウンドワン!スタートでヤンスー!」


対戦開始である。



『ペシパシペシパシゴス!ズンズーン!K、O!パーフェクト!!』



腸透「おーっと!!一方的と言えばあまりに一方的!!

正に秒殺でヤンスー!!何もさせてもらえない縦ロール!!


早くもメッキが剥がれたでヤンスかー?」


大言を吐いた凛音が負けた。

歓声が上がる!



そして無慈悲に第2ラウンド。



『ピョーンピシピシピシピシサクサクピキーン!ゴン!K、O!パーフェクト!!』



腸透「す、スゲー!!強い!美しい女豹、唱子ぉー!!


おーと!縦ロールくん一歩も動けずー!

またもや一方的でヤンスー!


終わった!何にもしてない、させてもらえない縦ロール!チョーシこいていたがパーフェクト負け×2!


自業自得とはいえ、何かちょっとかわいそーにもなって来たでヤンスー!」


沸きまくるギャラリー。



よくやってくれた!と無茶苦茶に拍手を贈る者もいる。



唱子は細い首を回しながら

「ふーん。確かに2、だね。

何か繋ぎにくくなってるな。(技から技のコンビネーションの事。)

操作感も微妙に違うし……。


うん、あんたどうやらマジでゲーム初心者みたいだね。

今やったのは全然ハメ(卑怯なまでに強い攻め方に嵌める事。)じゃないよ、上級者なら反応出来たはず。


少なくともパーフェクト負けはないね。


もし、たかがゲームと舐めていたんならもう止めときな!

こっちもガキ相手にいじめぬく趣味はねーから。」


終わりの方は優しく語り、タバコの煙に目を細め、凛音を見る。



大喝采の中、御影子は自販機で牛乳を買い、ストローでチューチューやってる。


実に平然と、正に我関せず、といった落ち着き振りだ。


巨大なバストには定期的に養分が要るのであろうか?



唱子(パーフェクト負けだぞ?動揺してないのか?


後、愛音。乳子の隣でこそこそと同じ牛乳を飲んでいるけど、毎日飲んでるヤツだぞそれ……)



腸透「それでは第二戦目でヤンスー!


もう決まってしまうのか?!

しまうよなー普通!!


さーてさてさて!美しき雌豹、唱子が選ぶのは?


またまた一戦目と同じくガチ○モカラアゲだー!


そしてー!対する縦ロールはー?


ななななな、なんと!またもやガチ○モカラアゲだー?!!」



ギャラリーはざわつく……。



思わず立ち上がる唱子

「おい!ちょいと待ちな!

凛音!お前、意味分かってやってんのかい?


接近投げキャラにはセオリーから言って、遠距離キャラの黄金の水を操る死王(しっきんぐ)とか、新キャラの、もの竿師ゴゴしかねーんだぞ?!


ムードから言って、お前はしっかり頭脳派キャラで、ゲームとかよく知らねーって言いながら何故か最善の選択をして、ギャラリーは、そのセオリーをなぜ知っている~?!!って展開じゃねーのか?


操作間違えなら選び直してもいいから!

このキャラセレクトじゃさっきと同じだぞ?!あたしも楽しくないよ?!」



ギャラリーも

「アホかー!お嬢さまー!!超ぉー萎えるぅー!!」

ブーブーと叫ぶ。



腸透「これは我々も見てて楽しくないでヤンスー!


もう一度キャラクターセレクトするでヤンスー!

まだ始まってないから大丈夫でヤンスよー!


そんじゃー、リセットボタンポチ~、」


凛音の手元のパネルを開けた腸透の、その手をそっと押さえ、凛音は冷静かつ、よく通る声で



   「このままでよろしくってよ」



静まりかえるギャラリー。



凛音は落ち着き払った様子で、新しい手袋に手を通す。



唱子「はぁっ?! 


えー、よく聞こえなかったが、確かこのままでいい、とか。


あらっ?コリャあたしの聞き間違えかな?」


耳に手をあて聞き返す。



凛音はどこからかジュースを出して美しい唇をわずかにすぼめ、少し飲み。


「二度言う必要はなくってよ。

それより、もう始めて下さらない?」


ゲーセン内は、この美しい天帝親子を除く全員が意味不明である。



弱い者いじめの繰り返しはもう見たくない、皆が同じように思い、シラケて来ていた。



唱子「ふーん、強がるねー。


ま、腕の差があり過ぎたな。もう終わらせよう。


でも笑えねー冗談言ったお前にもちょっと責任あるぞ?またな」


女豹は止めを刺すべく、スティックを握り直す。



腸透もヤレヤレ顔で

「それではスタートでヤンス~」

気の抜けた声。



   その時、凛音が囁いた。



  「操作の方は大体覚えましたわ」



唱子(ん?!何だこいつ?今なんつった?


覚えたっ?覚えたっつったのか?

どういう意味だ?)



『ピョーンピシピシピシピシサクサクピキーン!ゴン!K、O!パーフェクト!!』


 正かの凛音のパーフェクト勝利である!!



凛音「グッド、中々面白いゲームですわ」



ギャラリーは静まりかえった…………。



今まで閉じていた凛音の目が少しだけ開いているのに何人が気付いただろう……。



ギャラリーが叫ぶ。

「えーーー??!!!」



何と!秒殺!

負けたのは唱子である!!


しかも凛音は、先程の一戦で唱子の出した、超難易度のコンボ(連続技)をそのまま再現して見せたのだ。



      「ドン!!!」


沸きまくるギャラリー!!



御影子は不敵に微笑む。

真珠まみれの人指し指を唱子に向け、クルリと回しながら

「唱子、やっつけてあ、げ、る!」



後方にいる愛音は、もう一本牛乳を買っている。



唱子「ななななな!なんじゃこりゃ?!?!


     意味がわかんないよ!!


あのコンボは入力が1フレーム(60分の1秒)遅れただけでも繋がらないんだよ?


あたしのを一回見ただけで覚えて、出せたってのかい?

凛音お前!コリャとんでもない化け物か奇跡だよ!」



凛音は手袋の裾を引っ張り、整えながら

「化け物はイヤですから、奇跡、の方で御願い致しますわ。」



ギャラリーは狂ったように拍手し、叫び吠えた。



だが筐体は機械(マシーン)である。

冷たく次の戦いを始めた。

『ラウンド2!ファイト!』



唱子「くっ!そんならコイツはどうだい?!」


2になって追加となった、後方に一時的に離脱する行動を取った!


しかし凛音はそれを完全に読んでいた。



凛音「先程、私が頭脳派、とかおっしゃいましたわね。

     間違っておりませんわ」



『ピョーンピシピシピシピシサクサクピキーン!ゴン!K、O!パーフェクト!!』



またもや唱子のパーフェクト負け…………。



今度こそゲームセンターは、ゲーム機の音だけになり、静まりかえる。



    もう誰も熱狂しない。


    コイツはきてる!

   

    オカシイ、何か怖い!



唱子の顔からも血の気が引き、表情が失せた。


……こいつ、昔ギターも愛音に並ぶ程の腕だったが、一体何者なんだ?


……本当に化け物か……。



腸透「だ、第二戦、勝者は縦ロールでヤンスー!!


スゴすぎでヤンスー!!あー鳥肌立ったー!


さぁーて!一方的かと思われたでヤンスが、コレは分からなくなってきたでヤンスー!!


というより、雌豹の方がとんでもないことをやんなきゃ多分終わるでヤンスー!


えっ?あー、トイレはあっちでヤンス。


では最終戦、第三戦目でヤンスー!!」



手洗いへ向かう愛音以外は、勝負の行方に固唾を飲んでいる。



そして三度めのキャラセレクト!



またもや両者同じキャラである。


唱子(今さら変えられるかっつんだよ!


しかし、どうしたもんかねー……。


つーか愛音、アンタ全然応援する気無しかよ!)

スティックを握る手に、いつもの落ち着きがない。



御影子「フフフ…。

たまーにいるでしょ?何をやってもスーイスイ中、上級者並みに出来ちゃう人が。


この子もそう。いえ、違うわね。


この子はどのジャンルのどの事も、何でも神レベルで出来ちゃうのよ。


我が子ながら恐ろしくなることさえあるわ」


愛しげに凛音の肩に手を置き、よく似た美しい顔を寄せ。

     

     「終わらせなさい」


    

    ラウンドワン!ファイト!



『ピシペシパシフン!ブーンブーンゴンゴゴンK.O!パーフェクト!!』


凛音勝利。



もう歓声は出ない、どよめくだけだ。



紫煙に目を細めながら

唱子「こりゃ本格的にまずいかもね……。」



御影子「フフフ…良いお表情(おかお)ね。

正に絶望っ、て言葉がピッタリよ?


えーと罰は何だったかしら?

あー靴を舐める、だったわね?フフフ…


そうね、少し汚して置こうかしら。ポタポタ。

さ、雌豹から野良猫におなりなさい」


持っていた牛乳の残りを靴に垂らす。



その時だ、少しだけ跳ねた白い滴が凛のソックスに散った。



縦ロール美少女は今までにない表情で

「お母様!酷いわ!」


明らかに取り乱した様子でハンカチ、アルコールスプレーを取り出し、酷いわ!酷いわ!を繰り返し、ゴシゴシやっている。



御影子「あらあらごめんなさい。

帰りに新しいのを、デパートで一番高いのを買ってあげるから、さぁ早く終わらしておしまいなさい!


もぅ!相変わらず潔癖症なんだから……。」



唱子(あー凛音。そーいやーこいつ、異常にアレだったな。


アハハ、こりゃ分かんなくなってきたよ)



   『ラウンド2!ファイト!』


  これに勝たねば唱子は終わりだ。



僅かに青い顔の凛音、だが手元に動揺はない。

美少女は必死に念じていた。


『牛乳は飲物! 泥や油、汚物ではない!

それにもう拭いた!』



唱子「アハハ!キレイに拭いてもなー、牛乳ってのは臭いんだよなぁー!あーあー、と。

      クサ!!」



ビクッ!凛音が反応した、しかし腕前は神レベルである!


『ピシペシパシフンフーンガッ!ドシーン』



      凛音「くっ!!」


動揺から手元が狂ったか?!

惜しいがK.Oにはならない!!

唱子のキャラの体力はほんの1ドット(体力ゲージの最小単位)残った!



  ここで唱子の手が神速で動く!



何とこの状態から、今日の対戦では見たことのない激しい投げ、また投げ投げ投げ投げ投げ!ガツン!K.O!!



なんと凛音が負けた!!薄目の美少女は思わず立ち上がってしまう。



大歓声がゲームセンターを揺らす!!

皆狂ったように叫び、拍手が鳴り響く。

泣いている者も少なくない!



腸透「なななな、なんとこれは前作のキャラごとのクリアした後のエンディング画面に表示されていた、

自分が瀕死の時にだけ出せる、一発逆転の絶命必殺技でヤンスー!


実際に出せているのを見たのは初めてでヤンスー!

なぜなら自分のキャラが体力残り1ドットとかいうふざけた条件でしか発動させられないからでヤンスー!


スゴすぎー!おふぅ~!か、感動したでヤンス~‼」


感極まったように叫び、腕の鳥肌を撫でる。



唱子「何となくこんなピンチになることも予想していたよ……。


後は勝手に手が動いてたね。


あたしでも、もう一度はキツイね……」


安堵の紫煙を天井に吹く。



ハイヒールが砕けるほど地団駄を踏む御影子「何よこれ?!意味が分からないわ!!今の一体何なのよ?!!」


特にゲーマーでもない御影子には、絶命奥義はイカサマのように見えただろう。



流石に凛音も青ざめ、唇は紫になっている。



唱子「お前が天才肌で、1を数回対戦しただけで価値なしっ、て決め付けてくれて助かったよ……。


まぁ、お前の妹なら出来たかもね。


何たって本当にこのゲームが好きなら何度もエンディング見て、コマンドは覚えているからね……。」


御影子が憤然と歩み寄る

「待ちなさいよ!何よ!勝手に盛り上がっちゃって‼


何かお忘れでないこと?

勝負はまだ終わってないのよ?もう一本あるわ!!


さっきのイカサマみたいな技もそうポンポン出せないんでしょ?!」


中々カンが良い。



立ち尽くす凛音

「私が最もいらだつのは、妹に劣ると言われることですわ!!


よくも!よくも!!よくもよくも!


姉より優れた妹などいない!姉より優れた妹などいないわ!!!」


薄目から徐々に、ゆっくりと開かれるまぶた……。

そして全開に開かれた!!


何と瞳の色は黄金だ!何となく光を放っている様にさえ見える。



御影子は我が子の美しい顔を、まるで恐ろしい物でも見るかのように

「あなたが瞳全開を見せるなんて…。


フフフ…終わったわね唱子!!

この子が今から見せる神業は、間違いなく歴史に残るわよ!!」



金色の光に流石にうろたえる唱子

「んー……参ったね。

さっき以上の集中力かい……流石にヤバいね。


さっきの、臭い!(くさい)はもうダメ?」汗が頬を伝う。



御影子「フフン!ムダよ!


臭いとはいえ、飲めるものでしょ!

汚物ではないわ!!もう同じ手は通用しなくってよ!


瞳が全開になったこの子は殆ど神よ!


これを見る度、寒気がするわ!


うぅっ!何だか気分が悪くなって来た気さえするわ……。


は、早く終わらせて凛音!!」


凄まじい力の開放を間近で浴びたせいか、母親は膝をつく。



その時、手洗いの方から干からびた愛音が壁伝いに手を付き、ヨロヨロと帰って来た。



唱子「ハァ……あんた何やってたんだい?結構凄い勝負だったのに応援もしないでさ……」



愛音はふらつきながら


「お母さん……あの牛乳ダメ、スンゴイ腐ってる……」



それを聞いた途端、凄い勢いでオーラを失う凛音。



      スッ、パチッ!


      まぶたも閉じた。



「酷い!酷いわ!もうこんなのイヤ!イヤよー!」


遂に泣き出し、ゲームセンターを飛び出して行った。



御影子「凛音?!


くっ!こ、こんなのは認めないからね!!覚えてらっしゃい!!ぅ痛たたたたた!……」


呻くように言い、腹を押さえ、足早に去って行く。



自動ドアが閉まると、ゲームセンター内は爆笑の渦となった。



愛音が苦しそうに「や、やったね!お母さん!」



唱子「あ、うん。でも……随分とオチが汚ないねぇ…………。」

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