やりすぎ彼女
『本日はお日柄も良く』そんな常套句がよく似合う天気だった。
花嫁は階段の上、幸福の鐘の下に立ち、ブーケを待つ女性達に背を向けた。
「せーの」の後、鮮やかな放物線を描き、それは緋奈の(程々の)胸もとへ吸い込まれていった。
「やったー」
嬉しさでぴょんと跳ねるその姿は、可愛らしい小動物を思わせ微笑ましかった。今日のピンク色のドレスも、とてもキュートで嬉しそうにオーバーアクションで手を振る先に俺がいる。
じんわりとした幸せ感を味わう。
「んで、お前らは?」披露宴までの空き時間、喫煙所、友人が俺に聞いた。
「まだ先さ」俺は答え、アルミの立ち灰皿に灰を落とす。
「結婚しちゃえばいいのに、長いだろお前ら」
「色々あるんだよ。結婚となればさ」
コツコツと喫煙所の透明なガラスが叩かれた。視線を向けると、そこに緋奈がいる。
「噂をすればだね」友人は言う。
俺はタバコを揉み消し、喫煙所を出た。緋奈は俺に耳打ちをしてきた。身長差が10cmくらいあるから、その時は俺に対し爪先立ちだった。微笑ましい光景に映ったのか、タバコを咥えニヤつく友人……話の内容を知ったらどう思うだろう。
「披露宴を中止させる。時間がないから手早くね」
「プランだけど……」
「って、なる。いつもながら私は他の動きをやらなきゃだから、表向きの実行犯は任せたよ」
「アフターフォローはバッチリやるよ。信用して、君の立場は悪くならないから」
喫煙所から一服終え、出てきた友人は俺の肩に手を置き言う。「微笑ましいねぇ」この後幸せそうな花嫁はどんな顔をするか、そして新郎は……。
俺は心配で頭が一杯なのだが、ふと緋奈を見ると、友人に向かい軽く舌を出し愛らしく愛想笑いを浮かべていた。
ーー
誘拐された事がある。
想像して欲しい。
エセマッチョじゃない屈強な、屈折した愛に満ちた、変態男。そんな男に俺は狙われた。
小学2年の時、集団下校中俺は誘拐された。
横断歩道を渡っている所、セダン車が暴走してきて、尻もちをつく俺を、運転席に引きずり込んだ。
「大人しくしてねー」
言いながら俺の口は分厚い手のひらに覆われた。俺はハンドルに向き合う感じ、男に抱きかかえられ……。
まあ、当時女の子に間違えられるような容姿をしていたから、髪短いし、ズボン姿だけれども、きっと女の子と間違えて。
男だってわかれば解放してくれるはず。
「お、オトコです」
「知ってる。知ってる」首の振りが不気味だった。
見上げた男の顔はのっぺりとしていた。
この事態は最悪の不幸だ。
それに比べれば、大抵の事は小事かもしれない。
つまりは殺される。嫌な事をされた後、殺される。
俺は恐怖で涙を流した。
男に触れている部分を削り取って捨てたい。気持ちが悪い。
陸橋をくぐる。影が差し次の瞬間、フロントガラスに大粒のなにかが(ボーリング玉?)突き刺さり一瞬で視界が真っ白く、血走った目玉みたいにそれを中心に亀裂が入り白く視界が埋まる。
後続車がぶつかってスピンした。
そんな状態のボンネットに何かが降りてきた。小さな女の子。幼女だった。どんなバランス感覚だろう。動いている車の上に立っていた。
俺に微笑み。
「やあ、ききいっぱつだったね」のんびりと言う。前歯が無くて、印象的な笑顔だった。
緋奈とのファーストインパクト。
ーー
そして、なぜ恋人となったのかを語ろうと思う。
再会は高校3年、緋奈は1年だった。4月の帰り道。
「ねえねえ」
その声で振り返る、見覚えのないめちゃくちゃ可愛い女子がいた。
俺を色んな角度から眺め「へー、あの時の子だねえ、うん、成長した」と言った。
子という表現にムッとした。
「男の子に失礼だったね。ごめんね。」
ぺろっと舌を出し、はにかむ笑顔で、あの時の女の子だと感じた。
あの後ガラスの穴から、飛び込んできて、変態男を拳で滅多打ちにし、慌てて逃げる男を追いかけていき。そして飛び蹴りをくれていた事がフラッシュバックした。
俺の表情を見て彼女は言った。
「思い出した?」
何も言えない。記憶のフラッシュバックの作用だ。
「あのね。ああいう奴を退治する仕事をやっていて。ごめん、君をパートナーに任命しようと思っているの。この高校に入ったのもその為、結構勉強したんだよ。拒否してもいいけれど、どう? 協力は頼めない?」
「ああいう奴ってどういう事……」
「先天的異常者。悪になる素養を産まれながらに持つ。そういう奴らがやらかす時に……んー適当に痛めつける、かな。一応国の仕事なんだよ」
すっと右手が差し出される「スカウトに来ました」
不思議と否定する気持ちがなかった。たぶん最初に助けられた時に憧れたんだ。でもその前に聞かなければいけない事がある。
「なぜ俺なの?」
「好きだから、パートナーにするなら君しかいないと思ったから」
具体的な内容はだいぶ端折られていたが、話はストレートだ、そういう嘘かもしれない。
なんて事がどうでもいいほど彼女に憧れた。
手を差し伸べられたのだから、俺は彼女の手を取る。
春色の木々がざわついた。
「ありがとう」
俺と彼女の普通じゃない付き合いがはじまった。5年後なぜ俺を選んだか知る事になるが、それは別の話。
取り敢えずは、そういう奴らにやりすぎてしまう彼女の相棒として、頑張ろうじゃないか。
終わり