住人紹介:ハリス・アスター
「騙される方と騙す方、悪いのは?」
「相手」
ここの住人にハリス・アスターと名乗る謎の人物がいます。
謎というのも彼の入居にまつわる書類が一切残っておらず、そして彼自身について外部に調べさせてもいっさいの情報が手に入らなかったのです。
そもそもここへの入居には厳正な審査と多額の寄進が必要とされるため、それを通過されたということは身元については大丈夫なのでしょうが、内心ではかなり不安でした。
しかしハリス氏自身は貴族然とした物腰と、庶民然とした陽気さを兼ね備えていて、ここの住人としては比較的まともな風にも見えます。
それに彼はとても演技が達者で、まるで見て来たかのように語る朗読劇は私たちにとってささやかな楽しみの1つです。
登場人物によって声や話し方を変え、時にはその場にあるもので音を鳴らし、たった1人で劇団1つの働きをみせてくれます。
そして食堂で誰かと会うと必ずといっていいほど賭け事を持ちかけてくる困った癖があります。
もちろん私たちにも例外ではなく、一見すれば負けようがないゲームでも何かしらの裏があり、私たちは絶対に勝てません。
私が最初に挑んだのは3本の藁を並べた状態で、真ん中の一本だけを飛ばせるか?というものでした。
それができたら劇をやってくれるというから私は躍起になって挑戦しますが、良く乾燥した藁はちょっとしたそよ風でも動いてしまいます。
何度か試したところで彼はこうもちかけてきました。
「そう何度も挑戦したらいつかはできるだろぅ?
だからこれから3度の挑戦で失敗したら着ている物を1枚脱ぐのはどうかね?」
もちろんその持ちかけがあることを私は聞いていましたし、実際にあられもない格好をした先輩を見てきてました。
ですがやめ時はこちらで選べるし、私の着ている物はそう少なくもない。
だから適当なところでやめれば恥ずかしいことにはならないはず。
浅はかにもそんなことを考え、ふと気がつくと私はほかのみんなのように1枚の肌着だけを羽織っていました。
……どうしてこうなった
冷静に考えればそれが無理難題であることは分かります。
しかしちょっと上手く行きかけて失敗した時にみんなが残念そうにため息を漏らすのを聞いていると、その空気に押されてついついあと一回、もう一回だけと挑戦してしまうのです。
それから三度失敗してゲームは終わりました。
私が知る限りでは彼の気まぐれで早々と終わることもありましたし、ゲームで最後の1枚まで脱がされた女性は1人もいません。
ゲームが終わると他の皆からは見えないように机を隠すと、フッと真ん中の藁だけを飛ばしてみせました。
それをみた私は恥ずかしかったのも忘れてつい笑ってしまいました。
そんなやり取りを見ていた友達がなんどもそのやり方を聞いて来ましたが、私は教えたりはしません。
あのゲームの観衆には答えを知らされていた人もいたはずです。
でも私には何も教えてくれなかったのは当然。
「だって自分だけこんな格好にされるのは不公平でしょ?」
きっと、ゲームの経験者はそう口を揃えるはずです。
ゲームは藁吹きだけではなく、「目玉を噛むことができるか?」とか、「大杯2杯と小杯1杯の飲み比べ」みたいに観衆がいないで行われるものも沢山ありました。
中でもやはり藁吹きが一番盛り上がり、答えを教えてもらうまでに10回以上も挑戦した子もいましたし、解答を知ってもなお吹いてみようとする子もいたぐらいです。
彼はほんと呆れるほどにそういったずるいゲームをたくさん知っていて、私たちを言葉巧みに誘惑しました。
時には聖職者のように優しくさとし、時には商人のように声をあらげ、そんな言葉に私たちは一喜一憂するのです。
最近、彼の正体について発覚する出来事もありましたが、まぁ私の予想通りでした。
彼に問いただすときっと観念したように、そして今までとは一変させた態度でこうこたえるでしょう。
「仕方ない。他の誰にも言ってはならないが、実は私は───