説明回
「実は俺、船乗りだけど泳げないんだよ」
「なぁに、俺も竜に乗るが飛べないから安心しろ」
「じゃあ探検ツアー開始です」
塔に着たばかりの子たちを連れて、私はまず食堂へと向かいました。
「はい、ここは知っての通り食事をする部屋です」
横並びでも4人は座れそうな机がずらりと並び、みんなを席に座らせます。
「基本的には朝昼晩の3食を住人の方々と私たちはここで食べることになりますが、無理をいえばそれ以外のタイミングでも食べることができます」
そこでタイミングよく料理が2人分、私たちが普段食べているものと住人用の2種類がトレイに乗せられては運ばれてきました。
もちろん食堂に来たらこんなに早く提供されるわけではなく、予め取り置いてもらった物です。
住人用に作られた食事はふっくらと焼き上げられた白パン、鳥モモ肉のレモンバター焼き、野菜のポタージュ、そしてワイン。
冷めていても美味しそうな匂いがして、夕方までに住人が食べなければキッチンの誰かが食べられます。
もう一方は木の実や果物が混ぜられた黒パンが3つ、ちょっと厚切りなベーコン、豆と野菜のスープにエール。
こうして並べてみると私たちの食事は貧相に見えてきますが、お腹いっぱい食べられます。
「これが昼食だけではなく朝昼晩の3回、月1ぐらいで豪勢になります」
その言葉にみんなが賑わいます。
私もそうでしたが、屋敷の頃の食事はこの半分程度でした。
皿の模様が見えるスープという言葉が、あの頃と今では全く違いますからね。
「何か質問はあるかな?」
トレイの片方は片づけられてしまったので、みんなで黒パンをつまみながら聞くことにしました。
みんなは口をもごもごとさせ、お互いの顔を見合わせたり首をひねったりし、1人が手をあげました。
「机にある壷ってなんですか?」
「あー、なんだと思う?」
「えっと、ゴミ箱ですか?」
うん、そうだよね。普通はそう思うよね?
「半分正解かな」
「えっと」
それから2、3意見が出てきましたがどれも外れです。
「正解は吐瀉物入れとトイレでした」
と告げたらみんな目を丸くします。
しかしそんな使い方をしたのは百年ほど前で、今はゴミ箱として使われています。
私が産まれるよりもずっと前、お腹いっぱいに食べたら吐いてまた食べて、を繰り返すことが美徳とされていた時代がありました。
しかもお腹が悪くなったら我慢することは悪だとして、その場で済ますすることが当然だったそうです。
今ではそんな風習もすっかり廃れてしまったらしく、酔っ払った勢いで……ぐらいでしか見かけなくなりました。
「まぁ痰壷だったりもしますから中に落とした拾って食べたりはしないように」
じゃあ次~、と調理場へと移動します。
「ここが私たちキッチンメイドの主戦場、調理場です」
幾つもの炉、レンジに窯、人が入れるほどの釜、そのほか様々な料理に関する道具がここにはあり、昼食も終わったばかりですが既に夕食に向けてみんな働いています。
本来なら私も一緒になって野菜の下処理をするところですが、このツアーのため免除されました。
交代はありますがキッチンは1日中絶やさず稼動していること、洗濯室と同じくらいに危険であること、それから業務について簡単に説明をしました。
「はい、質問はあるかな?」
「パーティーはどの程度開かれますか?」
「ん~、年に2回ぐらいかな?」
その言葉にも喚起の声があがります。
そもそもの食堂利用者が少なく、宴会も誰かの気まぐれでのみ起きる感じ。
だから屋敷よりはずいぶん楽、と言いたいけれど、実際には色々と面倒な方と絡む機会が多い。
そんな事実は聞かれていないのであえて伏せておきます。
邪魔、と追い出されたためみんなの質問に答えながら歩きます。
行き先は、みんなが来ている服やベッドのシーツなどを洗濯してくれているランドリーメイドたちの主戦場。
「それがここ、洗い場でーす」
扉を開けた瞬間、もの凄い熱風が吹き抜けました。
ガンガンに沸かしている釜、灰を溶かした熱湯で服を洗ったり、板にこすりつけたり。
暑さのため倒れてしまったり、服に火がついたりお湯をこぼして火傷したり、と知ってのとおり危険な部署だったりする。
「はい、質問はあるかい?」
「歌、うまくないとダメですか?」
1人ではできない仕事も多いため、お互いの動きを合わせるため同じ歌をみんなで歌います。
調理場では料理によって決められた歌を歌いますが、ここではその時その時で歌が変わります。
まれに楽器を持ち込む住人もいましたね。
「うーん、好きなら大丈夫じゃないかな?」
ただのキッチンメイドの私にはその辺の判断はできません。
キッチンメイドにコックが、ハウスメイドにはハウスキーパーがいるように、ランドリーメイドにはランドレスがいます。
お互いに仕事を協力しあっていますが、キチンと区分けがあります。
だから、部外者な私があまり多くを語れないのです。
それから私たちは再び食堂へと戻りました。
ハウスメイドの話はその道中、掃除をしたり掃除をしたり掃除をしたり。
いえ、実際には各住人の洗濯物を回収して、食事を届け、ゴミを集めたり、あっちこっちを移動します。
それには上階への移動が欠かせないのですが、あの狭い内階段をこんな人数を連れて歩いたら途中で道が詰まります。
だから、ハウスメイドの仕事についてはハウスキーパーのおっかさんに任せることにしました。
それから、今までの3部署以外にも特殊な仕事を任せられているメイドも何人かいます。
絵を描くのがうまかったり、物の整理がうまかったり、刃物を研ぐのが得意だったりと、何かしら一芸に秀でてます。
そうなると使用人としての業務をある程度免除されますが、それを決めるのはここの運営者の仕事です。
あぁそうだ、大切な事を忘れてました。
「そこにいるハリスさんは色々と話しかけてきますが、手癖が悪いので気をつけてください」
「それはちょっと酷い説明だと思うぞ、嬢ちゃん」
準備万端とばかりにカードとサイコロを机に並べ、金貨や銀貨を積み上げています。
ここしばらく静かだと思っていましたが、まさかこのタイミングを伺ってたとか言いませんよね?
彼女たちには住人の遊び相手になるのも一応は業務であることを告げ、彼の元へと送り出しました。
結果は、まあいつもどおりですね。