深夜の会話
捜し物は近くにあるほど見つからないものである。
「ハリスさん対策会議!」
深夜の食堂を利用する方は殆ど人がおらず、しかも夜中なせいか気分が不安定になって調理場の空気はかなり危険な状態になります。
お湯を沸かしてますし、刃物を扱いますし、火も油もあります。
ちょっと喧嘩でもあれば大怪我も死人も出たっておかしくありません。
そんなわけで、いつからか何かしら話題を決めた会話で朝までヒマを潰してますが、今回の話題は何かと問題児であるハリスさんについて。
うん、これまで何度も話題になりましたが、まともな解決策が出たかどうかはお察しの通り。
「私たちはこれまで散々脱がされてきましたがそれもこれも今日までです」
ハリスさん会議には様々な議題が出てきますが、その中でも必ず出てくる議題がそれです。
しかし今回の姐さんは随分と自信があるように見えます。
何か必勝法でも見つけたのでしょうか?
「私たちがこれまで敗北を味わわされた理由、それはハリスさんが提案したゲームだからです!」
いや、こちらからもゲームをもちかけてます。
料理の隠し味当てとか、洗い物勝負とか、覚えてないだけで色々やってますよね。
ほとんど負けてますが。
「だから私たちが必ず勝てるゲームを考えましょう」
「おー」
あ、これは一番ダメなパターンです。
そもそもイカサマ勝負では勝ち目がありませんし、生半可なゲームではあっという間に穴を見つけられていつもどおりです。
途中で新作料理に挑戦し始めたり、野菜彫刻が始まったり、だいたいそんな感じに道を外れる感じです。
というか、ハリスさんは多芸多才過ぎるんです。
歌は上手く、楽器もだいたい弾けて、料理も掃除にも精通していて、言葉の壁もハリスさんにとってヒョイと跨げてしまうようなものです。
「姐さん、ちょっと疑問があるっす」
「なんだい」
おや、珍しく横槍が入りました。
昼間なら怒鳴られているところですが、姐さんにもろくな考えがなかったぽく話題を変えます。
「ハリスさんの部屋ってどんな感じっすか?」
「どんな感じ、ってそれは本が沢山あるんじゃないんですか?」
「そもそも部屋がどこか知らないんですけど」
言われてみれば他の住人の方々の部屋はいくらかは知ってますし、外階段から見ればどの家からやってきたかを判断することもできます。
掃除や洗濯のために部屋に立ち入ることもありますし、外部から手紙や差し入れがあれば顔を合わせることだってあります。
もちろんキッチンメイドである私が上にいく機会はそれほどありませんが、人手が不足しがちなハウスメイドの仕事は何かと手伝うことはそう珍しくはありません。
ですがあれだけ好き勝手やってるハリスさんの部屋を誰も知らないというのはなんかモヤモヤします。
「あー、でも前に20階あたりで降りてきたハリスさんと合流した見たって子が」
「でも他の住人の部屋から出てきたって可能性もありますよね」
あまりお互いに繋がりを持とうとはしない方々で、顔を合わせては口論が始まることもしばしみかけますが、ハリスさんだけはどの住人ともそれなりに友好的な関係を築いているように思います。
あのハリスさんなら他の部屋で寝とまりしていてもなんら不自然はありません。
聞いてみたら案外素直に教えてくれそうですが、そんな当たり前な意見を今のみんなは聞いてきれるとは思えません。
「じゃぁ今度、みんなで探しだそー」
「「「おー」」」
それは面白そうですね。私もぜひ参加したいと思います。
「わたし、カードに関する本がたくさんあると思うんですよ」
「物語本も読んでる感じがします」
あー、どちらも分かります。ですがカードに関する本なんてあるのでしょうか?
いえ、無いとは思いませんが、料理と違って役にたたなそうなそんな本を書こうなんて人がどれだけいるのでしょうか。
本を作るのにどれだけ時間と手間、それに費用がかかるかはわかりませんが、決して安いものではないでしょう。
「もしハリスさんに見つかったらどうしますか?確か契約ではそういった行為は禁止されてましたが、マスターさんに怒られますよ」
「うぐっ、確かにそうだが」
「いっそ、ハリスさんにかくれんぼを挑むというのはどうでしょう」
「それだ!」
結局そのまま朝まで利用者はおらず、朝番が来た時点での話題は早口言葉勝負になっていて、たぶん私以外はかくれんぼのことなんて覚えてないと思います。
それでもふとした拍子に思い出すかもしれませんので、こんどハリスさんには報告しなくちゃですね。