詐欺
借金取り「そろそろ貸した金を返してもらおうか」
商人「返してしまったら私たちは死んでしまいます」
しばしば大金をせしめようとして良からぬ人がやってきます。
もちろん騙される私たちが悪いわけで、それぐらいで管理人は動いたりはしません。
あの日も「お使いのナイフの刃が傷んではいませんか?今なら格安で研ぎますよ」
と研ぎ師が持ちかけてきました。
それに同意してナイフや包丁を渡してしまうと研ぎ師は煙のように消えてしまうという寸法です。
もちろん私たちはその手口を予め知っていたため預けようなんて声は出ませんでしたし、そもそも手入れを欠かしていないためそんな必要は殆どありません。
しかし、たまたま食堂にいたある住人の方が「それは面白そうだ」と、研ぎ師を玄関で待たせてナイフを取りにいきました。
白髪の老人は見慣れない方でしたので誰だかわかりませんでしたが、そもそも見慣れた人は数えるほどしかいません。
しばらくしてその老人が1本のナイフを渡そうとしたので、私は詐欺の可能性を指摘しました。
しかし問題ないと笑いながらそれを預けてしまったのです。
もちろん研ぎ師は消え、ナイフも戻って来ません。そればかりか研ぎ料として金貨を1枚渡し、何枚かの銀貨を受け取っていたのを私は見ていました。
そのお釣りも明らかに少なかったはずですが、そんなことは気にもとめていないみたいです。
研ぎ師を追いかけようにも門扉は出入りを難しくしているため叶いません。
もちろん金貨もナイフも私たちの物ではありませんが、ここで詐欺が行われたという事実が私には悔しくてたまりませんでした。
それが貴族の戯れと呼ばれるようなものであったとしても、どこか私たちがバカにされたような気がして我慢なりませんでした。
気がついた時には私は彼に詰問するように騙されたことを告げていました。
私は幸いにも手には何も持っていませんでしたのでそこまで大事にはなりませんでしたが、それでもみんなにいっぱい怒られました。
すっかり忘れてましたが、上階と階下の見えない壁はここでも存在しています。
床に抑えつけられた私を見た彼は一瞬目を丸くして、それから楽しそうに笑いながら被っていた外套を脱ぎ捨てます。
そして口元につけていたヒゲをはがし、ランプによって照らされたのはよく見慣れた顔でした。
「やられた」と私は言葉に出さずにはいられません。
いったい何をしたのかは分かりませんが騙されていたのは彼ではなく、研ぎ師と私たちだったことだけは分かります。
ハリスさんは手にしていた銀貨を私に握らせ、それから追加の注文を頼みました。
そしていつものようにみんなでカードを挑み、1人残らず身ぐるみを剥がされた頃になってようやく
「金貨もナイフも詐欺師の馬車から盗み出したもの」ということを教えてもらいました。
どうやってここを抜け出たのかは教えては貰えませんでしたが、彼にとってはここを出ることも入ることも難しくないのでしょう。
そもそもここに入った正式な記録がないため、200年以上いなければならない義務は彼を縛ることもできません。
ひとまず、自由に出入りできるような抜け穴がある可能性を、管理人の耳に通しておかないといけませんね。
管理人もハリスさんに関しては諦めてる感じもしますが……
借金取り「そろそろ貸した金を返してもらおうか」
商人「もっと貸さなきゃ返せなくなるぞ」