お風呂
先輩「あなたって騙されやすいよね」
後輩「そんなことないですよ」
先輩「あなたって騙されやすいよね」
後輩「からかわないくださいってば」
先輩「あなたって騙されやすいよね」
後輩「…………見えますか?」
先輩「嘘よ」
後輩「驚かさないでくださいよ」
「夢ですね」
「いやいや、本当に見たんですよ。でっかいトカゲ」
ことの始まりはお風呂を沸かしにいったことに始まります。すっかり今日がその日だということを忘れていて、休みだからとだらけていたら友達に指摘され慌てて浴場へと向かいました。
今日は年に4回ある入浴の日、水汲みとしては一番忙しい日です。なんせ10人は入れるだろ浴槽の水汲みはもちろんですが、気持ちよくはいるために浴室から浴槽まですべての掃除をしなければならないのです。一応は自分たちで沸かす分にはいつでも入れるのですが、その広さから浴槽に水をためるだけでも水路から浴槽までを何十回も往復しなくちゃいけませんし、入る前と入った後で掃除もしなければならないので滅多なことがなければ入ろうとはしません。
ただ1つ救いがあるとすれば近くに炉があるため、そこで湯を沸かすことができます。炉で焼いた石を浴槽の一角に放り込んでいきますが、魔王さんの自慢の石というだけあっていきなり冷やしても割れたりはせず、しばらくしたらトングで拾いあげてまた焼いて、という工程を繰り返します。
この作業をするときは、スカートを紐できっちりと縛り、木と鉄で作られた靴をはかなければなりません。濡れた床を靴で歩くのは滑って危ないのですが、焼けた石や熱湯を零したときに備えてだそうです。どうにも以前、服の裾を燃やしたうえに石を足に落とした方がいたとかで、その事故を踏まえての対策らしいです。
そんなわけで過去に3度、今日で4度目となる入浴日なのですが夜勤組がいるため本来ならば朝から沸かさなければなりません。しかしすっかり忘れていた私は夜勤のみんなに謝りました。二人とも笑いながら許してくれましたが、「夜勤前に入れるようにね」と釘をさされてしまいます。もちろんそのつもりですが、手をぬくつもりもありません。
そして私は水のつまった樽を慎重に転がしながら脱衣室に到着しました。この運搬を何度もおこなわなければならないのですが、すでに調理や掃除が本格的に始まってしまっているので移動にも人をよけなければならないので往復だけでも一苦労でした。しかもしばらくすると私の代わりに水汲みをしてる先輩と水の奪い合いが始まりますので、今のうちに貯められるだけ水をためておく必要があります。今までは先輩が手伝ってくれていたので、火の番と運搬係と分割できましたが今日は私しかいませんので考えてうごかなければなりません。
どちらにせよまずは掃除です、広いとはいっても今までみたいに他の仕事との並行作業ではないので時間的な余裕はありますし、もともとあまり汚れにくい作りをしているらしく、それほど手間もかかりません。それでも前の時にふき取りが不十分ですとカビが生えてたりするので油断はできません。
「それで扉開けたらでっかいトカゲが入ってたんですよ」
「今は?」
「逃げたみたいです」
「入ってたというには炉に火を入れた形跡も、水気もまったくありませんが?」
「でも」
いくらいっても寝ぼけていただけだ、として信じて貰えませんでした。先輩と一緒に確認しましたが、誰かが入ってたような感じはしませんし、他に水を運んだ子を見たという話も聞けませんでした。幸いにも浴場はシミひとつない綺麗なままでしたのでお湯を入れるだけで済むので、私は腑に落ちていませんが急いで風呂の準備を再開し、どうにか夕飯前には完了しました。
あとは半分お祭り騒ぎで、サッサと出てしまう先輩もいますし最初から最後まで入ってる先輩もいます。一度開いてしまえばあとの管理はみんなで行うため私も一緒になって入りますが、あのトカゲのことが気になって仕方ありません。
先輩がたにそれとなく聞いてみますが、そんなトカゲなんて見たことはないと笑われてしまいました。というか湯気で顔がよく見えませんし、そもそも仕事服を着てないと誰に話しかけて平気かわからないのはちょっと不便でした。
……夢だったんでしょうか?
2015/06/13 15:05に前書き変更