脱走者
「自由とはなんですか?」
「割れた卵の中身のことです」
今日、1人塔を抜け出しました。ふだん私の倍近く食べる子なのに、ここ最近は私と同じぐらいしか食べないので気にはなっていました。
備品の確認をさせると彼女の着替えとシーツ2枚、水袋が消えていることが判明、おそらくチーズや干し肉など食料を包むために持ち出したのでしょう。
彼女が夜警だったことから抜け出したのは警戒が最も緩くなる深夜と思われますが、分かったことからは彼女なりに入念に考えられた計画だったことが容易に想像できます。
そんな彼女の計画を知っていたのでしょうか、それとも彼女を心配からでしょうか、同室だった子は顔が青ざめていました。でもそんなことは私に知るわけもありませんので追求するのは先送りにします。
抜け出したことを彼女の経歴に関する書類を渡しながら報告すると、あの人は「そうか」と興味なさそうに答えます。
今読んでいる本が読み終わるまでに戻ってくればよし。しかしそれまでに戻って来なければ、彼女の関係者がどうなるかは私にもわかりません。
気まぐれで助かるかも知れませんし、故郷丸ごと焼き払われてしまうかも知れません。
それよりも長雨の影響にによる食材の腐敗、ローパーの出現、たまりにたまった洗濯物、この忙しいタイミングで人手とやる気を削がれたのは痛いですが、そこは私がどうにか埋め合わせるしかありません。
残りのことはあの人に任せて私は部屋をあとにします。
彼女の気持ちは私にはよく分かります。
私だけでなく、ここに来た殆どの子は分かるはずです。
縄で縛られているわけでもなく、鎖でつなぎ止められているわけでもなく、檻に入れられてるわけでも監視されているわけでも扉が閉ざされているわけでもありません。
ちょっと扉を押し開けばそこには自由が待っているのです。
ですが捕まれば命の保証はありませんし、外に出られたとしても行くあてなどありません。以前は商人に拐かされた子もいましたが、噂がキチンと回ったためかそんな危険を負う商人もめっきり減りました。
仮に運良く誰かに拾われたとしても、ここの使用人だとわかれば匿おうなんて命知らずはいないはずです。
この先のことを考えているといつの間にか広間へ着いていて、私を見つけた何人か走り寄ってきました。
私は心配している彼女たちをなだめ、大丈夫だと勇気づけて仕事に送り返します。
そんな私を見て楽しそうにしている方もいますが仕方ありません、なんせ私も逃げ出した1人なんですから。
特に私の場合は抜け出して、森でローパーに囲まれたあげく、塔まで逃げ帰ってきた。そんな私が諭しているのがおかしく見えるのは当然です。
……怒られたり食事を抜かれるのも辛いけど、今まで通りに働かなくちゃいけないってそれはそれでつらいんですよね。