今日のゆびならし
今日のゆびならし
雨が降るような音を聞いた気がしたんだけど、実際にはそんなことはなくて、起きてみると晴天だった。
八時半。クーラーを消す。平日だったら七時半起きだけど、昨日はいつもより一時間遅く、二時に寝たからピッタリ一時間押し。体内時計は正常そのものだ。
一時間くらいそのままボォ、っとテレビを見た。たまたまつけたらNHKのニュースで、無駄なBGMも、演出も、スーパーも無く、淡々と流れるニュースはいつも見てる民放のそれとは全然違くて、テキトーなこと言ってるコメンテーターもいないから、NHKもいいなぁと思った。そんな自分に気付いて、(俺も歳をとったなぁ)と、思った。
歳をとったと言えば――俺は二十二歳を超えてから小学生ぶりに特撮ヒーロー熱が再燃して、日曜の朝は毎週録画してるんだけど、そのまま「題名のない音楽会」も録るようになったんだよね。
子どもの頃なんて、クラシックになんか興味も無かったし、子どもどころか二十歳近くになっても興味は無かったけど、なんだか最近興味があって、(俺もオトナになったなぁ)と、思った。
(これはモチロン、『特撮ヒーロー番組とプリキュアまで毎週楽しく観といて、なぁにが「オトナになったなぁ」だ!』っていうツッコミ待ちなんだよ)
毎年年越しの時にも、友人宅で「ガキ使」と「紅白」をチョコチョコ回しながら観て、日付が変わるその何分か前になると、テレ東に回してクラシックを聴くんだ。ここ数年はそう。曲の終わりのその瞬間に年が越すように、指揮者ががんばるんだよね。あれはイイ。
ラヴェルのボレロの年なんかは特に良かった。クラシックに興味を持ち始めたのは、あれがキッカケだったのかもしれない。『ジャッ、ジャジャジャジャッ、ジャジャジャジャッ、ジャッジャッ、ジャジャジャジャッ、ジャジャジャジャッ、ジャッジャッ』ってやつ。アレね。
最後なんて『パラパーーーーーーパパラパラパパン! (曲終わり!)パァン! (クラッカー!)ハッピー・ニュー・イヤー! 』って感じでね。アツかったね。アレは。
「題名のない音楽会」は最近毎週観てて、俺はクラシックに関する知識は全く無いし、クラシックどころか音符も読めないんだけど、あれは楽しい。曲もそりゃあ聴いててそれだけでイイんだけど、それだけじゃなくって、指揮者を見てるのがすき。一生懸命に、感情たっぷりにタクトを振る感じがなんともカッコイイし、プロの凄みみたいなものを感じる。みんなスーツを着てるのもいいよね。俺はスーツ萌えだから、見てて素敵だなぁと思う。
でも、懸命だから汗だくなんだよね。その感じがまたイイ。演奏してる人達もモチロン素敵だ。名前は覚えてないんだけど、ナントカ、ってオーケストラで、それはやっぱ日本でもトップクラスの人達が集まってるオーケストラなんだよね。たぶん。その人達を見てると、やっぱすごいなぁ、って思う。その人達、一人一人が人生を送ってきていて、その楽器の演奏に人生をかけて、やってるんだなぁ、って。緊張したであろう舞台も数知れず経験しているのだろうし、そのオーケストラに入る為にだって、試験があったのだろうし。その技量を試されたのだろうし。そうやって集まったプロフェッショナル達。そう思うと、やっぱり、否定するわけじゃ無いけど、ボーカロイドの歌とかとは違う、重みみたいなものを感じる。
……イヤイヤ、ボーカロイドを否定しているわけじゃあないよ。あれはあれでね。すきな人はたくさんいるし、携わってる人達だって懸命に、必死に仕事しているのだと思うよ。それはわかってる。でも、俺が言いたいのはそうゆうことじゃあなくってね。なんつーか、人がね。あの一発録りの緊張感の中で、みんなで生で音楽を創ってる感じがね……。
あぁ、やっぱりあんな比較をするんじゃあなかった。何かを褒めるために、それとは違うものを比較対象として持ってくると、貶めたみたいな感じになるよね。それをすきな誰かを傷つけてしまうよね。失敗したわ。
……まぁとにかくね。俺は女性がバイオリンを優雅に弾きこなしてる姿がとってもとてもすきだよ、ってことで。
書いていると、書くつもりもなかったことを書いてしまうね。
俺はニュースを見た後、なんだか寝違えたみたいだったからアンメルツヨコヨコを両肩に塗った。座り仕事だから肩がコッてしょうがなくって、最近は毎日アンメルツヨコヨコか湿布を肩に貼ったりしてる。液が背中をツゥッ、と流れて、くすぐったかった。
そして、部屋の掃除をした。俺は掃除がすき。とはいえ、どこもかしこも綺麗にするわけじゃないよ。自分のパーソナル・スペースだけね。
リュックにブラシをかけた。なんで雨の日がキライかって、カバンとクツが濡れるからだ。カバンとクツが汚れるのは我慢ならない。許せるのは、子どもにアイスをこぼされたとか、そんなくらい。
しばらくすると、汗が噴き出てきた。八月一日。そりゃ暑い。肩に塗りたくったアンメルツヨコヨコが汗に反応して、炎をしょってるみたいだった。後悔した。
暑くてたまらなくて、ギタリストみたいに足で扇風機の風量を調節する。「強」にして、常に風が自分に当たるようにする。掃除をしながら、iPhoneを操作してプレイリストを作る。自分だけの、槇原敬之ベストを作ろうとする。
iPodで曲を聴いていると、曲名がよくわからなかったりする。だから、とりあえず槇原敬之の曲を全部プレイリストにぶちこんで、選定する。あまりすきじゃない曲を削除する。でもどれもすきだったりして、その基準が曖昧になる。一人でカラオケに行きたい。でも、平日に行きたい。バイトを変えたから、平日は仕事……。ジレンマだ。
肩にトン、と触れるものがあって、俺はビクリ、と振り返った。母だった。
母は言った。「墓参りに行くけど、行く?」
俺は戸惑った。思わず壁にかかった時計を見る。掃除を始めたばっかりだったし、あと一時間……半くらいはかかる。
俺は言った。「何時から?」「洗濯終わったらすぐ」
「『墓参りに行くけど、行く?』だなんて、そんな聞き方はずるいよ。断ったら、僕が薄情者みたいじゃないか。第一ね、行くなら行くでもっと早く言ってほしかったなぁ。僕だってバイトとはいえ週五で働いて、ようやく週末の休みなんだ。やりたい事、やっておきたい事だってたくさんある。なのに、このタイミングで言われたって困るよ。僕だってもう子どもじゃあないんだから。予定があるんだ」
……なぁんて、橋田壽賀子のドラマみたいな長ゼリフは、実際には言ってない。思ったけど。
俺は最初は「わかった」と言って、でも本当にやりたいことがたくさんあったから、しばらくして「やっぱり行かない」と言った。母はすんなり受け入れた。俺の表情を読んだのだと思う。
父にとっての父は、もちろん父を大切に思う俺にとっても大切な人だけど、俺が二歳の時に亡くなってるから俺は動く祖父を知らない。声も知らない。それに俺は宗教を信じていないから、天国も何も無くって、人は死んだら本当に無になるしかないんだって、心の底では思ってる。
だから、掃除をテキトウに切り上げて、一時間半かけて車で墓参りに行くのは、正直イヤだったんだ。
おじいちゃんごめんなさい。ちゃんと心ではあなたのことを想っています。
汗だくになって掃除を終えて、昼食をとった。そういえば最近、職を変えてからというものの、ラーメンを食べてない。カップラーメンですら。
だから、カップラーメンを食べた。録画した番組を見ながら。
マツコ・デラックスを二時間見た。まだ一般的に若いといえる年齢である俺ではあっても、人生的に残された時間は永遠ではないから――むしろ、もうあと数十年あればいい方だから、バラエティ番組好きな俺ではあるけれども、録る番組は厳選するようにしている。
そしたら、自分がおもしろいと思える番組を残していったら、マツコ・デラックスの番組ばかりになってしまった。
マツコ・デラックスのどこがおもしろく、すきなのかというと、その魅力は人間性にあると思う。彼……彼女は、とても正直で真摯な人だ。何かを食べておいしくなかったら、「おいしくない」という。普通だったら「普通」。それでいて気配りもできる人だから、作った本人がそばにいるのなら「私の口には合わなかったみたい。ごめんなさいね」と言う。そういうところが素敵だ。
全然興味がなかったら「興味がないわ」と言う。でも、知ってすごいと思えば「すごいわ、コレ」とちゃんと素直に感動を露わにするし、「さっきは言い過ぎたわ、ごめんなさいね」と言う。自分が悪いと思ったらすぐに非を認め、謝罪することができる。嘘をつかない。
見習いたい。そういう人に、俺はなりたい。
飯を食ったら、シャワーを浴びた。そして、友人の書いた小説を読んだ。
そして、今これを書いている。思っていたより書いた。
今日中にやりたいことは、まだたくさんある。




