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感傷的な夜に

「君が辞めて、一番困るのは結局、俺なんだよ」



 責任者は言った。



「本当に、反省しています」



 いくら怒りが沸き立ったとしても、私は一店員としてレジに立っていたのだし、いい歳して思春期真っ只中の高校生みたいな、あの態度はいけなかったと。この一ヶ月で、そこまで思えるようになっていた。



「この一件は、いろいろなことを考え直すキッカケになったと思っています。気付くのが遅かったですけど、これからの人生に活かしたいです」



 本心で、言っていた。



「それと、おれ、前から言われてたように、もうちょっと笑顔でいることにしたんです」



 彼からは以前、「レジに立っている時は笑顔でいて」と言われたことがあった。


 そんなこと言われたって……。おれだって好き好んでこの顔で生まれてきたんじゃないやい。


 そんな風に、私は子どもみたいに拗ねた。


 媚びるような態度を、誰彼構わず、とりたくなかったのだ。



 でも。



 この一件は私の頑ななこだわりと、猜疑心、怒りが生んだ出来事だ。



「笑う門には福来たる、って言うし」



 そう言って私がエヘヘと笑うと、彼も笑った。





 最後に彼と和解できたことは、良かった。


 後腐れなく、辞めれると思った。



 あと一ヶ月、となった時。私は力を抜き、適当に仕事をして過ごして、適当に辞めることだってできたのだけれども。


 私はあえて、今まで以上に真剣に、繊細にハキハキと仕事をした。



 結果的に、それは良かったと思う。


 不甲斐ない辞め方だったけれど、気持ち良く辞めることができたと思う。



 ……まぁ、本当は。


 今まで以上に役に立って、いざ私がいなくなった時に、喪失感を感じさせたいと。思っていたんだけれど。




 最後にレジに立って、夜の窓ガラスに映る自分を見て、少し感傷的になった。


 もう、この自分のエプロン姿を見ることは、二度とないのかと。



 六年間着たエプロンは実はボロボロで、ポケットの縫い目がほつれ、左右のポケットが中で繋がっていた。



 このあとエプロンを脱いだなら、それは洗って返すでなく、捨てていいことになっていた。



 名札も壊れていて、セロハンテープでかろうじてくっついていた。



 バックヤードで私は、壊れた名札を分別して捨てた。


 中の紙は燃えるゴミ。


 プラスチック部分は燃えないゴミ。


 そして、エプロンは燃えるゴミ。



 来月のシフト表には、私の名前が無かった。


 ロッカーも片付けると、あっという間に私の居場所は無くなった。



 自分の居場所は自分で創るんだよ、って、どこかで誰かが言っていた。



 何ヶ月か前に、身近な人が亡くなった時に思った。その人にとっても全てであった世界も、その人が亡くなったって、何事も無かったかのように続くんだなぁ、って。



 一時的に無職になった私の時間も、何事も無く訪れた。



 一つ、居場所を無くした私は、湿っぽい梅雨の夜、自分の部屋へと帰った。



 感傷的な夜だった。

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