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チーズ

 私はその日、お昼の十二時から夜の二十二時までバイトだった。


 夕方、十七時。いつものように、三十分の休憩をもらって、私はいつものように、近くの某有名ハンバーガー・ショップに入った。


 特に重労働なんかはしていないとはいえ、十時間立ちっぱなしは正直ツライものがある。私は残りの四時間半を乗り越えるため、なるべく金額的に安く、それでいて腹持ちの良さそうなものを注文した。「プレミアムローストコーヒーのS、ホットで。砂糖とミルクは一つづつ。あと、チキンクリスプ一つ。あと――



 チーズバーガー。一つ。以上で」



 いつもどおりの注文を終えた私は硬くなった肩を上下させたりなんかして、注文した飲食物が出来上がるのを少し待つ。“ファスト・フード”というだけあって、それはあっ、という間に出来上がる。


 それの載ったお盆を受け取って、私はカウンターに座った。出口近くしか空いていなくて、冷たい風が背中に当たったりもしたのだけれど、コーヒーが温かいから気にはならなかった。蓋を開け、砂糖とミルクを入れて、プラスチックのマドラーでかき混ぜる。そして、チキンクリスプを口に運びながら、TwitterのTLをスクロールさせる。コーヒーを少しずつ飲みつつ、私は――しつこいようではあるが、いつものとおりに(・・・・・・・・)、チキンクリスプを六口で食べ終わった。それが私にとって大切な、毎週のように行われている回復のための儀式なのであって、これで私は残りの時間を乗り越えることができるのである。


 私はチキンクリスプの包まれていた紙をキレイに、半分に、半分にと折りたたみきると、次の獲物に取りかかった。言わずもがな、チーズバーガーである。


 包みを開いた時点で、私は薄々、違和感に気付きかけていた。でも、私は一口、かぶりついて、もぐもぐとした。Twitterを見ていた。――が。視線を、チーズバーガーに向ける。――いや。……それは――チーズバーガーではなかった。



 下から、バンズ、ハンバーグ、ケチャップ、マスタード、オニオン、ピクルス、バンズ。あれ……?バンズハンバーグケチャップマスタードオニオンピクルスバンズ……。何度も視線を上下させた。……しかし、無いのである。どこにも見当たらないのである。チーズバーガーがチーズバーガーたり得る由縁。……




 チ ー ズ が ! 無いのである!




 チーズバーガーに。チーズが入っていないのであれば。それはチーズバーガーではなく。ただのハンバーガーである。私は、ただのハンバーガーを咀嚼していたのである。


 包みを見た。黄色いそれは、チーズバーガーを包むためのものであった。お盆の上を見ると、レシートにはちゃんと、“チーズバーガー”と書かれている。『チーズバーガー 133 1コ ¥133』。つまり、言い間違いではなかったことがわかる。



 どうしたものか。私はゆっくり、咀嚼しながら思った。次に執る行動の一つとして、まず真っ先に浮かんだものは、『店員にそれを告げる』であった。


 言い方のバリエーションもいくつか考えられる。まず『怒り』。キレる。「オイ! チーズが入ってネェんだよ! チーズがよぉ!」。


 まぁ、怒るのもオカシくはない。なぜなら普通のハンバーガー(100円)より33円高いチーズバーガーをわざわざ頼んだのにも関わらず、チーズが入っていなかったのだから。道理にかなっている。しかし。私はそんなことはしない。『怒り』という感情は直感的であり、衝動的であり、暴力的であり、優しさや思いやり、理性、慈愛に欠ける。私は『怒り』という感情が、あまりすきではない。時にそれが大きな力を伴って、行動力、実行力、勇気につながることもあるが、今はそれを使うべき時じゃない。それに、怒ってばっかの人はバカに見える。


 他の言い方として自分の中に候補として挙がり、最も有力だったものはこれだった。ヘラヘラしながら、「あのぅ……これ、チーズ入ってなかったんすけど……」。


 これは、『チーズバーガーにチーズが入っていなかったということ』を、自分の中で『些細なことである』と自覚しつつも、それでもやっぱり言うべきであることであると思い至って言いに来ましたよ。こんなことで手間を取らせてしまって、逆になんかサーセン、といった気持ちがこもっている。そう、考えてみれば、たかがチーズなのである。たかが33円の差なのである。


 ……しかしだ。一応言っておくと、私はあなたが思っているよりずっと、チーズがすきだ。だいすきだ。モッツァレラも、カマンベールも、ゴーダも、クセの強い、ブルーでさえも。ロッピーも、“裂ける”のも、“とろける”のも、ベルキューブも。だいすきなのである。だからチーズバーガーを頼んだのである。33円高くとも。そしてわざわざ先にチキンクリスプを食べ、チーズバーガーをあえて残しておいたというのももちろん楽しみにしていたからであったし、もっと言えば、“蒸らし”ていたのである。ハンバーガーの熱が包みの中でこもって、チーズがよりやわらかく、うまくなるように、時間を置いておいたのである。そこまで楽しみにしていたのだ! 私は! そしてその33円ですら、私の時間と労力をお金に変えて得た33円なのである。……言おう。やはり言おう。そう思い、私は振り返った。


 レジには、新たなお客さんが二人、並んでいた。


 うぅん……。私は躊躇した。このお客さんが並んでいる中レジカウンターに詰め寄り、「あのぅ……これチーズバーガーにチーズはいってなかったんすけど……」。ニヘラニヘラ。いや、そんなん恥ずい。恥ずかしすぎる。それはもう辱めだ。レジに立つお姉さんは「申し訳ありませんでした」といって、ちゃんとチーズの入ったチーズバーガーを代わりにくれるだろう。でも、じゃあこの私が一口食べたハンバーガーはどうなる? 捨てられてしまうのだろうか。食べ物を粗末にすることはいけないことだ。もともとこのハンバーガーだって生命を宿していたものたちの集合体なのだから。しかし、私がもしそのことを告白してしまえば、このハンバーガーは捨てられてしまい、お姉さんには(コイツ……チーズごときでガタガタぬかしてんじゃねぇよこのスカタン)とか思われてしまうだろうし、レジで待つ次のお客さんも(うわコイツチーズバーガーにチーズ入れ忘れられてやがんのww)と草生やすことは間違いないだろう。思うだけだ。言われることはない。でも、思われてしまったなら! 言われなくとも、思われてしまったなら終わりだ。それは言われなかったというだけで、思われてしまっているのだから。


 それに、レジのお姉さんは「申し訳ありませんでした」と言うだろうが、お姉さんのミスではないのだ。それはわかっているのだ。「イヤ、あなたのミスでないことはわかっているのですよ」と。厨房の中にいるとぼけたソイツのミスなんだと。


 まぁそれに、人はミスをしてしまう生き物である。ロボットではないのだから。完璧な人間など、いないのだから。……勘違いしてほしくはないのだが、こんなことを書いていると「コイツはチーズバーガーにチーズが入っていなかったことを店員に言うこともできなかった小心者だ」などと思われてしまいそうなので、先手を打って弁明しておきたいのだが、私は人の些細な過ちをも許せるような、広い心を持った人間になりたいのだ。


 「そんなことを思っている時点で広い心を持った人間などではない」とも思われてしまいそうなのでこちらも先手を打っておくと、私は理想の話をしている。『こう生きたい』、『こういう人に、私はなりたい』という話をしているのだと、ダメ押しで言っておく。これからの私の成長のための話。人の過ちを赦す優しさを持って、私は生きてゆこうと思ったのだ。



 私はその後、前に向き直って、ハンバーガーを食べた。



 余談だが、その時イヤホンから流れていたのは、尾崎豊の「太陽の破片」だった。

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