№1 「ネオンマーメイド」
先日、ビルの影によって作られた日陰を見た時、自分にはそれが小さな水たまりのように見えた。
周囲の明るさに拒絶され、そこだけポッカリと穴があいているようにも見える暗闇が、暑さのためかゆらゆらと水面のように揺れて見えるからだ。
自分は、こういう時限定で発動するたちの悪い妄想癖を抱えている。
この時も例に漏れず、自分の中の妄想がムクムクと膨張し始め、制御が効かなくなっていた。
ああ、この水の中にはどんな生物が生活しているのだろうか。
✱
ネオンマーメイドという妖精がいる。
体長は20cmにも満たず、寿命も短いが、皆例外無く可愛らしい顔立ちをした少女の上半身と、逞しい魚の下半身を持っている。
彼女達は太陽光のなかでは生きられない。彼女達が生活できるのは闇の中だけなのだ。
彼女達は闇をまるで水のように扱い、その中を自在に泳ぐ。しかし逆に日向に打ち上げられてしまうともはや手も足もでず、干からびて消えてしまうのだ。
だから彼女達は夜を待つ。昼はひたすら屋内や日陰の闇に身を潜め、世界が闇に染まるまでじっと耐えるのだ。
そして夜が来ると、彼女達は一斉に闇から飛び出す。
祭りの時間だ。
体内に備えた特殊な器官を鮮やかに光らせ、ネオンマーメイドは泳ぐ。
歌うような光の点滅で、遠くの仲間を呼び寄せる。
仲間が集まると、彼女達は思い思いに光を発し始める。
赤、青、緑……異なる色が重なり、新たな色が闇に広がると、そこから次の世代のネオンマーメイドが生まれるのだ。
彼女達は食事を必要としない。また、彼女達にはそもそも「仲間を増やしたい」という本能がないらしい。
それにもかかわらず、何故彼女達は毎晩のように光を浴びせ、新たな仲間を生み出すのだろうか。
そういえば聞いたことがある。異なる光を重ねていくと、徐々に白に近づいていく。彼女達は白い光を―無色の光を作りたいのでは?
もしかしたら彼女達は、自分たちが決して見ることのできない、朝日の色を作り上げようとしているのかもしれない。
ネオンマーメイドは、今夜も踊る。
暗闇の中に、朝を見出すために。
✱
ここまで考えて、自分は妄想をやめた。
マーメイドまではいいとして、そこを可愛い少女にしてしまうあたり自分も大分ダメになってきているのかもしれない。
しかし、本当にいるのなら見てみたいな。
そういえば、今年はまだ花火を見ていない。