高校2年生 夏
高校生男子の成長期は凄い。
高校二年生の夏には真田君の身長が175センチに届きそうだった。
忘れていたが、気付いたら身長15センチ差カップルだ。
顔つきもどんどん大人っぽくなって、本人かどうか思わず二度見する事がある。
ふとした時に何度も惚れ直してしまうのは刺激的で、彼の成長期に付き合えた事が凄く嬉しかった。
こうなると成長が止まった童顔の私は奮起せざるを得ない。
とはいえ所詮思考力ゼロ女子高校生。
髪型や白粉やシャンプーの香りや肌のお手入れ、制汗剤あたりが限界である。
自分なりの一番大きい変化は、ここにきて初めて制服に着手したことだ。
流行りの着方や可愛い着方というものがあるのだが、自分に似合うかどうかが問題だった。
色々試したのだが、結局童顔女子に似合う着方はネクタイもブラウスもブレザーも着崩さず、スカートを短くするのみだった。
美人だったり個性的であったりする女子が羨ましく思った。
思考錯誤の末、結局このスタイルのまま卒業までいく事になる。
そんな私の努力も少しは変化をもたらしているのか、なんと先日野球部の先輩に告白されたのだ。
ただの物好きの可能性の方が高いのだが、人に好かれるのは単純に嬉しかった。
しかし肝心の真田君へ効果が発揮されているのかが分からない。
ただでさえ私といる時は口数が少なくあまり笑わない真田君。
そんな彼から褒められるのは至難なのだが、そこで効果が出ていないと私の努力は本末転倒なのだ。
夏が近付くにつれ、どの部活動も夏の大会に向けて忙しくなり、私と真田君も大会が終わるまで一緒に帰るのを止めた。
皆遅くまで練習をし、全国を狙うサッカー部野球部ラグビー部あたりは夏の大会前に遠征や合宿もある。
全国常連クラスの強豪運動部は県外へ試合行脚をするため、しばらく登校しない事もある。
私と幸のバレーボール部も一生懸命練習をした。
運も手伝って県のベスト8が今のチームの記録なのだが、チーム最後の大会はその記録を更新したいのだ。
毎日限界まで疲れて、家に着くと部屋に行く事もできずに暫く玄関に倒れこむような状態だった。
なので電話をする事もあまり無い。
何しろたまに電話をしても、電話中にどちらかが寝てしまう事がデフォルトになってしまったのだ。
そこで無理をせずにお互い体を休める事を優先にした。
この頃から私は、会話ができない分授業中に書いたちょっとした手紙を真田君へ渡すようになった。
他愛もない内容で昨日の出来事や部活動頑張ろうとか、そのような物だった。
交換日記ならず一方通行日記だ。
これも後々間違いなのか正解なのか考えさせられる。
ある休日の午後、部活動を終えてから日頃の疲れを癒そうと家でのんびりしていたところに真田君から電話がきた。
サッカー部監督の身内に不幸があったそうで、急に練習が無くなったのだ。
こうして私は自宅で初めて真田君とデートをする事になった。
この日の我が家は弟も野球の夏季大会を控え練習に出ていて、父は休日出勤していた。
母に彼氏がくる旨を話すと喜んで
「お父さんも卓もいなくて良かったね。」
と笑っていた。
「お邪魔します」
と真田君が母に一礼した後に、私は飲み物を持って彼を二階の部屋へ促した。
最近ろくに会話をしていなかったので、真田君の話を聞く事ができるのは嬉しくて楽しかった。
しかし元々口数が少ない彼の話だけを聞くのでは間がもたない。
かと言って私の方も手紙で話のネタを放出済みなので間がもたない。
ここにきて手紙の後遺症が少しずつ出てきた。
少し悩んで、いつも役にたたない私の思考力が、珍しくそれなりの答えを弾き出した。
写真である。
ある男性達が、なぜ女性は写真を見たがったり見せたりするのかについて話していたのを聞いた事があるのだが、半分くらいは「間をもたせるため」ではないだろうかと思う。
整理されたアルバムと卒業アルバムとバラバラに補完しているスナップ写真を出した。
中学の卒業アルバムは結構盛り上がった。
私の中学のサッカー部は市内では強かったので、真田君の記憶に残る人が多かったのだ。
他にも同じ高校に進んだ子の写真を関心しながら見たり話したりしていた。
珍しく真田君がクラスメイトに見せるような顔で笑った。
暫くすると階下から
「ちょっと買い物行ってくるねー。
真田君ゆっくりしていってねー。」
という母の声と、玄関の鍵がかけられた音がした。
私達は返事をしてからまたすぐにアルバムと写真で談笑をはじめた。
真田君は中学の卒業アルバムに食いついているので、私は中学時代のスナップ写真からネタを探そうと漁りはじめた。
正直なところ油断していた。
いっぱい笑いすぎて、写真を漁りながらもニヤニヤ笑ってもいた。
しかも写真には魔力があって、一枚ずつ見る度にその時の思い出が溢れてくる。
うっかり写真漁りに集中してしまったのだ。
真田君の動きが止まっていた事に気付くまでに時間がかかってしまった。
真田君をおいてきぼりにして自分だけで楽しんでしまった。
これは間違ったと思った。
スナップ写真のある下を向いたままどうフォローするべきか考えたのだが、私のゼロ思考力は明後日の方向へ向かった。
今度は真田君のアルバムを見てみたいという思いが沸々とわいてきたのだ。
そこで一言謝ってから伺ってみようと思い、顔をあげて真田君の方を向き
「私ばかりごめんね」
まで言いかけたところで唇が塞がった。
私はどうやらキスをしているのだ。
初めてのキスでも、人の顔が近付くと 反射的に目は閉じるらしい。
など考える暇はなかった。
頭が真っ白になった。
少ししてから真田君は少しだけ顔を離して私を見つめた。
彼の目はやっぱりとても優しい。
普段無口で何も言わなくても、この目が私に向いてくれただけで私は満たされるのだ。
いつもと少しだけ違うのは、彼の目の優しさの中に、今にも泣き出しそうな切なさを少し感じた。
彼はもう一度私に口付けた。
その瞬間、私はあまりに緊張してドキドキしたのでほんの少しだけ後ろへ体を引いて逃げてしまったのだが、彼はしっかり私を捉えた。
今度は頭の先から足の先まで電流のようなものが流れた。
完全に自分の意識と体が分離した。
長めのキス。
私達はキスに没頭した。
何も考えられなかった。
心臓が爆発しそうだ。
真田君が愛しくて愛しくて、身体中に電流が流れたまま気づいたら私は押し倒されていた。
身体中に広がってしまった甘い電流は私を蝕み、彼を見上げながら全く動けない。
彼は私を見下ろしながら髪や頬を撫でる。
彼の目は、さっき感じた泣き出しそうな切なさみたいなものが強くなった目だった。
大人っぽくなってきた顔だちもあって、真田君じゃないような不思議な感覚を覚えた。
それをもまた私は愛しく思い、そしてまた電流が流れる。
「やばいとまらない。」
一体どこへ向かうのか、果たして向かってしまうのか。
とその時、玄関の鍵が開く音と母が元気に「ただいま。」と言う声がした。
私と真田君は我に帰って体を起こした。
私はお菓子でも持ってくると言い、身だしなみを整え階下へ向かった。
母と話しながらお菓子を準備した。
お陰でかなり冷静になった。
部屋へ向かう途中に真田君がいた。
「遅くなると悪いし今日は帰るよ。」
流石に今日ばかりは私も心臓が持たないので、実はほっとした。
彼は帰り際珍しく微笑んでいた。
母が
「あの子もてそうだね。
あんた大変だ。」
と言った。
ファーストキスの感想は、筋肉弛緩剤だった。
高校二年生の夏だった。