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記憶の開閉

 私の新しい生活は決して順風満帆ではなかった。


 女子短大に入学したのだが、高校時代私に災厄をもたらした彼女が入学時から絶好調に動き回っていたのだ。

 そのため誤解を解き、仲が良くなるまでに時を要した友人が数多くいた。

 最終的に真実を受け止めてもらえる事で短大生活の終わりに私は皆と笑っていて、ここでも一生の友達が出来るのだが。


 高校入学式の初日に母とファミレスへ行った藤田君が、偶然にもその短大の友人の一人と出会い結婚した時はとても驚いて嬉しかった。






 私と真田君は最初のうちは遠距離でもどうにか連絡を取り合い過ごしていた。


 しかし携帯電話がそれほど普及されていない時代のため、次第に連絡をとる事は容易ではなくなった。

 さらに彼自身も忙しいので特に4月以降は連絡をとる事がかなり少くなった。


 子どもが欲しいと願った私の思いは叶わず少し残念に思ったが、今思うとその願いをもし真田君が知ったら恐怖を感じてしまうのではないだろうかと苦笑する。




 以前のように私を信用してくれる友人がいない中で、私は新しい学校生活に最初から躓き、学校が終わると脱力するほど疲れきっていた。

 そして卒業時に貰った彼のサッカー部時代の練習着を手にとり、遠距離恋愛の不安と苦しさと悲しさを実感する。


 高校時代とは違い彼の気配はどこにもないのだ。

 彼の情報も入ってこない。




 こんな時は気持ちが悪い方向へ進んでしまう。


 私達はもっと会話をするべきだったとようやく反省した。

 言わなくても良い、聞かなくても良いではなかった。

 話さないと当然分からないのだ。


 私の中には真田君が災厄の人と二人で過ごしていた時の空白のしこりがあり、現状は私の近くにいる彼女の言葉しか耳に入らない状態だった。

 そして真田君とは中々連絡がとれない。


 彼女の言葉を丸飲みはしたくないが、その言葉に僅かでも真実があるのだとしたら、今この時も彼は他の女性といるのではないか。



「真田君も男だから違う女を知りたくなって私と寝たんだよ。」




 嘘かもしれないし本当かもしれないし、男子の性を以前考えさせられた時少し頭を過った事でもある。

 という事はやはり冴子ちゃんとも体の関係があったのだろうか。




 何故私はちゃんと話をしなかったのか、でも聞いていたら真田君と笑い合えなかったのではないか。

 そもそも信じると話さないはイコールではない事に今さら気付くなんて。




 学校生活の追い討ちが手伝って心が潰れそうだった。


 同じ新生活を頑張る秋世と宮本に遠慮をしないで会いに行っていたら違っていたのだろうか。






 そんなある日私は冴子ちゃんが

「人に話すべきではない」

と悩んでいた事についてちゃんと理解をする。






 私は件の人間に暴行されたのだ。




 突然の出来事だった。


 その人は

「頼まれた物渡したいんだけど。」

そう言って私に声をかけた。


 母へだろうか、まさか真田君からだろうか。




 そんなもの最初から無かった。




 突き飛ばされ頭を殴られ首を絞められ馬乗りになったその人の顔を、私は怖くて見る事ができなかった。


 そしてこのような恐怖がこの世にある事に絶望した。






 今思うと性癖では片付けられない病的なものではないかとさえ感じる。

 相手は誰でもよくて、たまたま声をかけやすかった私に矛先が向いたのではないだろうか。




 高校三年生の夏、冴子ちゃんは高圧的なDVや暴行を通して求められるようになる事で、例え相手が好きな彼であっても辛く悲しい表情になってしまっていた。

 真田君は何かしらをきっかけにそれを知り、冴子ちゃんを助けたかった。


 それが冴子ちゃんの誰にも言えない苦しみだったのだ。






 女性の性は気持ちから入る人が多い。

 冴子ちゃんもそうだが、この状態の私などの心は簡単に壊れた。






 私はこの時期に心労で10キロ程体重が落ちた。

 幸がたまたま法事のために地元に帰ってきた時に共に写した写真があり見せてもらったのだが、私はその写真の自分を自分とは分からない姿と表情で写っていた事に驚いた。




 怖くて辛くて悲しくて苦しくて、でも口にしたく無かった。


 そんな出来事があったなど認めたくも思い出したくも無かった。


 心が壊れた私は、私を守るために全てを忘れたかった。


 真田君を思いやる余裕も無かった。

 彼の事を思うと申し訳なさと情けなさと寂しさと悲しさがわきだして、私は私でいられなくなった。






 そして私はようやくかかってきた真田君からの電話で一方的に別れを告げて、この悪夢と彼との高校生活の多くの記憶を閉じた。






 こうしないと私は自分を立たせる事ができなかった。

 真田君を思い出す事も辛く苦しく、彼を忘れるにはそこまでするしか無かった。




 全ての苦しみから解放されたかった。




 真田君から連絡をもらった秋世が説得に来たが、私は聞く耳を持てなかった。


 何かを察した秋世と宮本は、それからも私の近くにいてくれたが高校の話をしなくなった。






 真田君とはそれ以来連絡をとっていない。




 こうして私の高校生活の青春は幸のタイムボックスでのみ眠り続けた。








―――――




 それから8年後に私はある男性と出会い結婚を約束するのだが、彼には私のトラウマを思い出させる性的趣向があり、それを婚約後に知る事で私はまた壊れてしまう。


 病的ではなくあくまでも趣向の一部だったのだが、たった一度のそれで結婚を考える程好きになった男性を見ると、恐怖で体が震えて動悸がして死にたくなる自分と向き合うのは相当な苦痛だった。


 彼も同じく辛かっただろう。


 記憶を閉じた私は何故ここまでおかしくなってしまったのか自分でも理解できずに苦しんだ。




 彼は何度も私を受けとめようと頑張ってくれた。

 しかし頭では分かっていても、彼に会うと震えも動悸も死にたくなる程の恐怖感も去る事は無かった。


そして私は彼と破局した。




 これが記憶を閉ざした後の私が犯した最大の間違いで罪である。




 この時の私を一生懸命支えてくれたのは、秋世と宮本と弟の卓だった。






 その後私は高校の夏からの腰の痛みに耐え兼ね保育士という仕事を辞め、運良く中堅の金融関係の企業の仕事に携わる事になる。


 そして仕事の異動の関係で私は皆からは大分遅れて東京へ移り住む事になった。






 そして先日

 秋世の結婚式をきっかけに、幸のタイムボックスと幸の記憶のおかげで、10年以上たった今、ようやく私の高校時代の青春の記憶は色鮮やかに甦り、私の人生においての罪と苦しみが繋がった。




 全てを思い出すのにはかなりの負担が心身にかかった。


 だが私は思い出せて良かったと心から思う。






 当時埋まらなかった真田君の数々の真意を知ったのもようやくこの時だった。


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