高校1年生 秋
高校一年生の秋には髪の毛が肩まで伸びた。
元々切りに行くのが面倒な不精なのと、ハリコシが強すぎるストレートの髪の毛を短くすると、寝癖がついてしまった日の朝は悲劇だったためその対策だ。
一応私も年頃なので、流石に寝癖のまま学校へ行くのは嫌だった。
しかし一度寝癖がついてしまうと水で髪の毛を濡らす程度では何も変わらず、遅刻覚悟でシャワーを浴びるしか対処方法が無かったのだ。
その点、結ったりする事で寝癖を誤魔化す事が出来るロングヘアは、私にとって最適で画期的なヘアスタイルだった。
また部活動の際もゴムで纏める事で、ショートヘアの時より髪の毛が汗で顔に張り付く事が少なくなる事実に気付き、思えばこの頃からロングヘアが私の中の至上となったのだと思う。
しかもこれには大きな付加価値がついた。
なんと髪がカ―テンとなり、その後の学校生活で居眠りを一度も指摘されずに過ごす事ができたという優れものだったのだ。
このカーテンは宮本達男衆に散々ずるいと言われた。
バレーボールに明け暮れているうちに、気付いたら秋も過ぎようとしていた。
三年生が抜けたレギュラーの穴に私と幸が入る事になった。
私はアタッカーとして、幸はセッター兼レシーバーとして、抜けた三年生以上の働きをしようと頑張った。
当然のように風当たりが強くなり、結果を出す事で正統性を示そうと二人で奮起した。
さらに時が過ぎると、次第に部活動後の下校中に自転車で浴びる三十分間の風が冷たく辛いものになってきた。
冬が近付くにつれて日が短くなると、この地域は雪が降り出しそうな緊張感のある透き通った空気に変わる。
雪が降ると自転車が使えなくなるので私はバス通学になる。
この頃から幸のクラスメイトとも会話をするようになった。
女子とは大分世間話をするようになり、男子とは挨拶程度がほとんどだが、大谷君あたりは豪快に絡んでくるようになった。
実はこの時期の幸のクラスには宮本もいたのだが、お互いの1年生の記憶が無いところをみると当時は関わりを持たなかったのだろう。
また私は同時期に、忙しい合間を縫って他校生徒との交流があった。
もちろんろくでもない思考力の元で動く私は、やはり間違いをするわけなのだが。
他校のサッカー部とグループでの交流があり、その中の一人と仲が良くなった。
地元の高校サッカーは雪が降り始めるとグラウンドが使えなくなるため、大抵の学校はそれ以外の約半年は部活動休みがほぼ無く、休日返上で頻繁に大会や練習試合が行われていた。
私はその男子達が参加する試合や大会をよく友人と連れ立って見に行ったのだが、なんと自分の高校を応援していたのだ。
部活動を三年生が引退した事で一年生レギュラーになった私は、サッカー部の試合で同じ境遇の一年生達を見つけて応援したくなってしまったのだ。
幸のクラスメイトで挨拶をしてくれる男子も試合に出ていて、同級男子がサッカーをする姿を初めて見たことで感動し非常に興奮していた。
幸と同じクラスのその男子は、身長が一回り小さく華奢な体で、身長が高くガッシリしている人達に囲まれながら頑張っていた。
私はその姿に共感を覚えた。
何しろ私も157センチという身長で決して高くはなく、体格には恵まれていないバレーボール選手なのだ。
アタッカーとしてやっていくにはそれなりに苦労をしているので、その男子の姿を応援せずにはいられなかった。
こうして良い雰囲気の関係の他校男子に対して本当に失礼で気の毒な事をしていたのだ。
しかし、思考力無しで初恋もまだとくると、情けない事に他校男子の気持ちを頭の片隅にも留めず純粋に自分の高校の応援に全力を注いでいた。
さらに我が高校のサッカー部はどうやらそこそこの強豪チームのようで、毎回勝利後に大喜びしては選手側にいる冴子ちゃんとVサインを交わすという私の姿が恒例になっていた。
私がこのように空気を読まないおめでたい状態だというのに良い雰囲気という表現は違う気もするのだが、端からはそう見えたらしい。
私と仲が良くなった他校の男子は佐久間君という人で、とても柔らかいリアクションをする優しい男子だった。
しかし私はこの様なので、折角好意を抱いてくれた素敵男子に件の先輩と似たような不安を与えていたのだった。
彼はある時私にこんな話題をふってきた。
「俺この間、俺をフったはずの元彼女から寄りを戻したいって泣き付かれたんだ。」
この内容は嘘だったのだと、真実について聞くのは大分後になる。
当時彼は、仲は良いが私の感情はいかなるものなのかを知りたく、しかしグループで仲良くしているからできれば関係を壊すべきではないだろう、という考えの元にこの言葉を発したのだった。
おめでたい娘は恋愛感情が分からなければ、駆け引きというものの存在も存在意義も分からなかった。
私は
「モテモテじゃん!
佐久間君良い人だしね。やっと気付いたんだね。
どうしたいの?悩みがあるなら相談に乗るよ。」
と答えた。
佐久間君は大笑いした後
「聞いてくれてありがとうな。
育実も何かあったらいつでも言えよ。
俺は育実の味方だからな。」
と言った。
それから彼らとは少しずつ疎遠になっていき、雪が積もった頃にはグループ同士は連絡を取り合っていなかった。
グループの中には交際している人達もいたのだが、雪が積もる事で移動手段に限りが出てきたという障害の下、気付いたら皆別れてしまっていた。
遠距離とは到底言えない距離であっても、自転車移動が基本であるこの地域の高校生達にとっては、雪が積もるととても遠く感じるのだ。
同じ地元同士でも少し距離が離れた所に住む恋人がいる人達が、「冬だから遠距離恋愛中」と言っていたのは、満更嘘ではないと思う。
それでも佐久間君は忘れた頃に電話をくれた。
下らない話と近況報告がほとんどだが、件の真実について聞いたのはもう少し後の出来事だ。
当時の事を幸はよく覚えていて、私の暴走っぷりを笑いながら語ってくれた。
こんな私が突然初恋を覚えるのだから人生って何があるか分からない。