旅立ちの前
卒業式が近付いたある日、街を歩いていると佐久間君に会った。
懐かしく思い少し立ち話をした。
彼は卒業後仙台へ行くらしい。
「こういう時彼女いないと必要以上に身軽だな。」
と言って笑っていた。
私の方はどうかと聞かれ、私は地元に彼は神奈川へ行くと答えた。
「行って欲しくないって言った?」
と聞かれたが、相変わらずの思考力は
「なぜ?」
と答えてしまった。
佐久間君は笑って
「育実はなんでも受け身のイメージだからそう思っただけだよ。」
と言った。
彼とは10分程立ち話をしてお互いの健闘を約束して別れた。
そう言えば私は真田君に
「行かないで。」
と言った事がない。
そもそも言うべきではないと考えていた。
彼の人生は彼のもので、勿論いつか私達の人生が交わるなら嬉しいし、そのために遠距離になっても頑張る事を決めたが、私が指図する事ではない。
でも改めて考えるととても寂しくなった。
私は地元を離れる友人達が多すぎて麻痺しているのかもしれない。
思えば地元に残る仲の良い友達は、クラスの子を含めても、秋世と宮本と大谷君と秋世の彼氏位しかいない。
幸は東京へ、優子は北海道へ、加奈子は仙台へ行く事が決まった。
クラスで仲良くなった他の人達も一番近くて隣の県だ。
それが私達の普通なのだが、本当に普通なのか。
その時期私と秋世と宮本はその寂しさを埋めるかのようによく遊んだ。
高校へは卒業式を控え、もう登校してはいなかった。
ひとつの言葉で笑い転げる程にテンションを高く過ごした。
罰ゲームで雪に埋められ頭しか出ていない秋世の顔面に、中学時代野球部の宮本の直球がクリーンヒットして鼻血が出た時は流石に焦ったが、秋世は鼻血を流しながら宮本はそれを指さしながら大笑いしていた。
ある日の午後に幸から電話がきた。
幸は東京で新生活の準備をしていたのだが卒業式に合わせて帰ってきたのだ。
真田君も含め、県外へ出る人達はこの時期はそのように地元を一度離れる人が多い。
皆出来る限り早くから新生活の準備をするのには理由がある。
この時期から新居物件を探すなどのスタートを切るのでは遅すぎて、目ぼしい物件を見付けるのはまず不可能なのだ。
なので早い人は合否に関係なく本命の進学先を定めると部屋探しを始め一度契約してしまう事もある。
それでも競争率は高く、より良い物を求めるならばこまめにキャンセル物件を確認する必要があり、インターネットがまだ浸透していない時代では足を使う方が多かった。
幸も東京にいるお姉さんの所へ何度も足を運び、通学しやすい場所の物件を探し歩いた。
「暇だったら高校へ遊びに行こうよ。」
ということで、私と幸は高校へ行く事にした。
夕方だったが部活動の練習のため、多くの生徒がまだ学校にいた。
私達はバレーボール部を見に行った。
後輩達は笑顔で私達の元に集合してくれた。
普段は厳しい監督も、笑顔で私達に挨拶をしてくれた。
私達は壁際で監督と後輩達の上達ぶりを話しながら、練習を眺めた。
監督は
「お前達もよく頑張った。
楽しかった事も辛かった事も本当によく頑張ったな。
この高校生活でバレーボールを三年間続けた頑張りは自信になるぞ。
胸を張って歩いていけ。」
と言っていた。
帰り際に二年生達が
「先輩達の練習着とか指定ジャージが欲しいので、卒業式には持ってきて下さい。」
と言ってきたので驚いた。
「後輩から申し出るなんて、私達の時とは時代が違うな。」
と幸が笑って、私達は持ってくる事を約束した。
その後私達は一年生の教室と二年生の教室を覗いて歩いた。
そこにはたくさんの思い出が詰まっていて、あんな事やこんな事があったと話しながら、笑ったり怒ったりしながら歩いた。
懐かしい教室の前で私達は足に根がはえた。
一年生の時、部活動後幸とよくお喋りした教室は、私達がいた頃とは同じ風景のはずなのに空気が違っていた。
今このクラスの一年生は、どんな思いの中何を頑張っているのだろうと思った。
私はこの教室で真田君と言葉を交わすようになった。
隣を見ると幸は目を細めて少し微笑んでいる。
彼女は何を重ねてこの風景を見ているのだろう。
その日私は幸の家に泊まった。
幸の家は学校からはかなり遠く、電車でいくつもの駅を越えなければならなかった。
「この景色も卒業式で見納めか。」
と、車窓から見える移り行く景色を眺めながら、幸は少し寂しそうに微笑んでいた。
「行かないでよ。」
と心に強く思ったが、それは私に言える事ではない。
大好きな彼氏と話して決裂しても尚彼女は東京へ行くと決めたのだ。
彼女の決意は固く、彼女は一度決めたなら絶対に貫き通す人だと私は知っている。
少し泣きそうになったが、ぐっとこらえた。
その日は朝まで話し込んだ。
卒業式の直前、私は真田君と初めて外泊をした。
自宅以外で二人きりのデートをあまりしてこなかった事もあったので、妙に緊張をして新鮮だった。
真田君は忙しい合間に頑張って運転免許をとっていた。
校則としては違反なのだが、お母さんから車を借りて少しだけドライブをした。
やはりあまり慣れていないせいか、父が運転する時よりどきどきしたが、彼が車を運転する姿は新鮮で嬉しかった。
宿泊先の部屋で真田君は嬉しそうに写真を見せてくれた。
「父さんのところに行ったら再婚後に生まれた腹違いの弟がいたんだ。」写真には真田君のお父さんと可愛らしい小学校低学年位の男の子が写っていた。
一年生の頃の真田君の面影があって私は不思議な感動を覚えた。
「あっちに移住したらまた会いに行くんだ。」
彼は見た事のない笑顔で話してくれた。
この時の彼の笑顔はクラスメイトに見せるものとも、私に見せるものとも違った。
私はそこに共にいられない現実を考えると一抹の寂しさを覚え、そして言いたかったけど言えなくなった言葉をぐっと飲み込んだ。
少し顔に出てしまった。
彼はそれに気付いて優しい目でこちらを見てから、私の髪をすくいあげてキスをした。
彼と一夜を共にするのは初めてだった。
私は彼に、言葉にできない言葉を全身で訴えた。
行かないで
行かないで
行かないで
気付いたら私は少し泣いていたようで、真田君は驚いて固まった。
私はそれまで泣いている事に気付いていなかったため、自分の状態に驚いて
「ああごめん。
何でもないよ。
何でもない。」
と言った。
彼は優しい目で私を見つめてから、頬と目尻にキスをして、ギュッと抱き締めてくれた。
私はいつもより集中して彼を思った。
間違いだけと正解であって欲しい底なし沼に沈みながら
「彼の子どもが欲しい」
と心から思った。
初めて私は、大好きな大好きな人と一夜を過ごした。
私は結局
「行かないで。」
と口にできなかった。




