祭りのあと
翌日私は昨日の夏祭りの事を思い出していた。
思考力に自信は無いが運動神経には自信があったため、昨日の自分はまぬけだったように思えて苦笑した。
避けられる状況では無かったのだが、皆に迷惑をかけたと本当に申し訳なく思っていたからだ。
そして誰かに見せたかったという訳ではないが、せっかく浴衣を着て髪も苦労して可愛らしくアップに決めていたのがぐちゃぐちゃになってしまった事もショックだった。
「こんな事なら真田君から隠れないで少しでも見てもらえば良かった。」
そう考えてから、そもそも隣に冴子ちゃんがいるのにそのように私を見る訳が無い事に気付き、情けなく思いまた少し笑った。
このまま気持ちが落ちる事を避けたい私は優子と宮本を思い出す事にした。
昨夜優子はしゃくりあげて泣いた。
少し落ち着くとすぐに
「もー本当に無事で良かった。」
とまた泣いてしまうのだ。
今日のお昼頃優子に電話をしたところ、昨日は宮本に送ってもらい無事に帰宅したと話していた。
今日の優子は私に
「本当に大丈夫なの!?」
と言ってからは、またいつもの口調に戻っていた。
優子は今日の祭りも参加すると言っていた。
「来年は地元にいないかもしれないしね。」
と話していた。
寂しくなり気持ちがどんどんマイナスの方向へ流れているようで、これはいけないと再び思考をリセットして良い事を思い出そうとする。
ここにきてようやく思考力無し娘は真田君が私を抱え起こそうとしてくれた事を思い出しうろたえる。
何故あそこで私を助けたのか。
友人思いの彼なので放ってはおけなかったのだろうか。
私は元彼女だが友人として過ごす事を許されるのか。
色々考えてから最後に、冴子ちゃんは何を思いながらそれを見ていたのかと頭をよぎった。
しかし私が手引きした事では無いのだが悪い事をしたような気分になり、あげくに嫉妬心が溢れそうだったので冴子ちゃんの事を考えるのをやめた。
そして私はベッドの上でタオルケットに包まれ横に転がった。
「そうだ。
真田君が助けてくれたんだ。」
そう思いながら、当時朦朧としていた意識の記憶を一生懸命掘り起こし、私の背中と肩にかけられた彼の腕と手の温もりを思い出した。
体を包んでいるタオルケットをぎゅっと握り、似ても似つかないタオルケットにその時の彼の腕と手の感触を探す。
私は目を閉じた。
恐らくもう二度と触る事が許されない彼なのだから、私はこの感触を宝物にしよう。
そして何度も何度もその瞬間を思い出した。
「思い出だけで生きていけそうな気がする。」
そんな事を考えつつもやはり私は彼の腕と手を探し、そして
「大丈夫。
これで私は真田君を思い出にできる。サヨナラだ。」
と心に思った。
思えば初めてちゃんとサヨナラを直視した気がする。
こんなに穏やかにサヨナラと向き合う事ができたのは、恐らく支えてくれた皆のおかげだろう。
そんな事を思いながら私はそのまま眠ってしまった。
しばらく眠っていると玄関のチャイムの音がして目がさめた。
玄関を開けただろう母が
「あらあら!お久しぶりね!」
と賑やかに対応をしている。
私は寝汗で汗だくのまま、またタオルケットをぎゅっと握り寝返りを打って目を閉じた。
どんなに汗だくになろうと、今の私にタオルケットを離す事は出来なかったのだ。
母が二階の私の部屋に入ってきた。
ベッドの上で汗だくの私に驚き
「あらやだ!クーラーでもつけたら。」
と言い、窓を閉めて部屋のクーラーを起動させてくれた。
私はクーラーの風があまり好きではないので使用する機会は少なかった。
そして母は
「真田君が来てるから汗拭いたら下りておいで。」
と言い階下へ下りて行った。
少し間を開けて私は飛び起きた。
思考は全く働かなかった。
まさかと思いながら部活動で使っていたタオルをクローゼットから出して顔や首を大急ぎで拭いて鏡を見た。
残念ながらあまり見せたい状況ではないが待たせるといけないので手櫛で髪を整えると落ち着きなく階下へ向かった。
玄関には本当に真田君が立っていた。
「は?え?どどぅうしたの?え?」
本当にそんな感じに訊ねた。
真田君は都合悪そうに下を向きながら
「少し話したいと思ったんだ。」
といつかバス停で聞いたような言葉を口にした。
私は真田君と冴子ちゃんに何かあったのだろうと察した。
そして、まだ聞く事ができるか分からないが、わざわざ私の所に来るのには理由があるばずだと考えた。
私は少し自分に鞭を打ち、何を聞こうとも冷静を保とうと覚悟を決めた。
飲み物を持って私達は私の部屋へ向かった。
「どうぞ。」
とテーブルを挟んで向かい側に促した。
ここで思考力ゼロの私は、真田君が私にトドメを刺しに来たのだとしたらどうしようと青くなり、部屋に通した事を後悔し始める。
沈黙していると母が
「ちょっと出掛けてくるねー。」
と私達に声をかけて外出した。
高校は夏休みだが世間では平日なので父は仕事に行っていた。
弟は出かけていて祭りが終わるまで帰ってこない。
これもまた前に似たシチュエーションがあったと思い出した。
真田君が口を開いた。
「冴子と別れてきた。」
私はかなり驚いた。
私と山崎君との関係を壊してまで進んだ二人で、その結束は固いと思っていたからだ。
昨日も夏祭りに二人で来ていたのだ。
まさか昨日夏祭りで何かがあり喧嘩でもしたのだろうか。
いや、何かあったのか?など他人事ではない出来事があったではないか。
私を助けようとした事で喧嘩になったのだろうか。
それで私の元に来て、私達の関係はちゃんと切れているという説明を冴子ちゃんにして欲しいという事だろうか。
私は無い思考力でぐるぐる考えた。
最早冷静ではなかった。
真田君は下を向いて話し始めた。
「色々あって俺は冴子を助けたかった。
だから育実を嫌いで別れたわけではない。
でも冴子を助けるには冴子と付き合うべきだと思った。」
私は黙って聞いた。
「でも昨日育実が倒れた時気付いたんだ。
育実は皆に支えられて助けられた。
でも自分が育実の側にいられないのは辛かった。」
私の弱小思考力が導き出す予測からは明後日の方向に真田君の言葉は向かい、一言一言に驚いて聞いていた。
もしかすると後にも先にも彼がこれほど自分の思いを語る事は無かったように思う。
「もう一度付き合って欲しい。
勝手な事ばかり言ってごめん。」
彼は私に頭を下げた。




