高校1年生 春夏
高校の入学式はとても良い天気だった。
雪が溶けた後のアスファルトと土の香りが柔らかい春の風に乗り、埃っぽくも温かくなる兆しを感じさせていた。
この地域では入学式前後に桜はまだ咲かない。
テレビなどでは入学式や卒業式の背景に桜の花をよく見たものだが、この地域は長い間雪に埋もれていたアスファルトや土が顔を出した香りが、入学式の桜の代わりを演じる。
私は高校の入学式がとても楽しみだった。
中学生から見た高校生は、制服も雰囲気も行動も凄く大人だった。
大人の1歳2歳違いはあまり変わらないのに、中学生と高校生では別次元だった。
男女のカップルや集団で笑っている姿も様になり、母と買い物袋を下げて歩きながら羨望し、何を話しているのだろうかと気になったものだった。
とりわけ身長も高くない童顔な私は、中学の制服を着ていると大抵学年を下に見られてきた。
だから「早く大人になりたい」「大人っぽく見られたい」という思いが強く、高校生活には憧れと同時に期待も抱いていた。
もちろんまだ未成年だと分かっていたが、この入学式は私も大人の仲間入りをしたという妙な胸の高鳴りを感じさせた。
浮かれ過ぎて校長先生の言葉も耳に入らず、全員がお辞儀をしている時にぼんやり突っ立っている始末だった。
入学式の帰りは、母が意気投合した同じクラスの山崎君と藤田君とそのお母さん達と6人でファミレスへ寄って帰った。
山崎君と藤田君のお母さんは
「育実ちゃん可愛いわね―。」
などと声をかけてくれた。
しかし可愛い=幼いという図式が私の頭の中にはあり、つまり子どもだと言われたのだとしか受けとめなかった。
当時から思考力が弱い私は、今思うとお世辞という礼儀を施してくれた可能性を考えられないおめでたい娘だった。
この高校を選んだ理由は頑張らなくて良い学校だったからだ。
将来的に就きたい仕事は決まっていて、指定校推薦で次はそのための学校へ向かおうという考えだった。
つまりこの高校は、そこそこ進学校というところだ。
いざ高校生活が始まると、結局中学とそれ程変わりはなかった。
つい先日まで中学生だったのだから当たり前だ。
違う所としては、様々な中学から集まった皆が初々しくクラスに馴染もうとしている光景と、中学では見ない大人っぽいお洒落を感じさせる子が僅かにいる事。
なんだかんだ言いつつ私もそれに漏れずクラスの様子を暫く探っていた。
せっかくの高校生活を共に楽しむ友人が欲しかったのだ。
それと同時に私は運動部へ入部した。
中学の頃から続けている女子バレーボール部だった。
この高校は一応進学校だが、部活動も盛んだったのだ。
今思うと、所謂大人っぽい高校生活を謳歌したいと強く願いながら運動部に入るあたり、やはり思考力が弱いというか心底子どもだったのだと笑う所である。
高校生活で一番最初に仲が良くなったのは同じバレーボール部で隣のクラスの幸だった。
バレーボールは中学で経験した者とそうではない者とでは最初の頃の差が大きく、それぞれバレーボール強豪中学出身の私と幸は、自然とペアで行動する事が多かった。
早々に二人でユニフォ―ムを着る事となり、先輩や同期からのやっかみに多少傷付いたりしたが二人で支え合った。
私はよく幸のクラスへ遊びに行った。
部活動での練習の話やバレーボールの全日本選手の話、気付いたら私生活の話もよくするようになった。
こうして入学早々、大人っぽい高校生活ではなくバレーボール生活を謳歌していたため、平日の帰宅はいつも暗くなってからだった。
そんな時にクラス内に初めて冴子ちゃんという親しい友人が出来た。
冴子ちゃんはサッカー部のマネジャーだった。
サッカー部も遅くまで練習をしていたため、下校時間が同じ頃になる事が多かった。
冴子ちゃんは入学して直ぐあたりから、同じサッカー部の山崎君と付き合い始めた。
母達とファミレスに寄った日に山崎君を大人っぽいと思ったが、冴子ちゃんにもお姉さんがいたためか、同じ高校一年生でも随分大人っぽく見えた。
身長は私と同じ位なのだが、全く違う雰囲気と佇まいに憧れを抱いた。
そんな冴子ちゃんへの憧れからか大人な高校生活を送りたい私の気持ちは増大し、そのための活動の一つとして男子生徒との引き合いの場に参加した。
所謂合コンと呼ばれる集いだ。
そこでぶち当たった壁は思いの他大きかった。
健全で童顔な子どもの私は、そういう話を耳にした事はあっても疎かった。
思考力の無さも手伝って、私はここでも間違いをする。
私は合コンの流れから、ある男子の先輩と仲良くなり付き合う事になった。
同じ部活動の先輩で、プレーが上手く憧れたのは確かだが、後から思うと恋愛感情は無かった。
そして私は彼氏という存在ができた事に興奮し喜んでいたのだが、いざ二人きりになった時に驚いて逃げ出してしまったのだ。
あげくそれ以来その先輩を避けてしまい
「あいつガキだから全然だめ。
させてくれないし無理だし。」
といった具合にフラれたのだ。
この言い方は先輩に対して罪悪感を感じるのだが、もちろん私は泣かなかった。
むしろいきなり押し倒されたこちらの身にもなって欲しいと憤った。
それを聞いた冴子ちゃんは笑って
「本当に好きだと許しちゃうけど育はそうじゃなかったんだね。
それしか考えていないような人かもしれないし、きっとこれで良かったんだよ。」
と言っていた。
今だから分かるが私も相当酷い娘だった。
私が自分に恋愛感情を持っていない事に気付いた時、先輩は傷付かないとでも思ったのだろうか。
当時先輩に対し、なんて酷い事を言う人なのだと思ったが、お前が言うなという話である。
そもそもこれまでにも仲良くなった男子はいた。
しかしそれだけだった事の理由を考えていればこの間違いを防ぐ事が出来たはずだった。
ほとんど無い思考力で考え自分の理屈で動く私は凄く自分勝手で、だから私の青春には間違いが多い。
できる事なら皆に謝って歩きたい程だ。
冴子ちゃんの話を聞いてから色々考えたのだが、その時点の私の思考力では冴子ちゃんの話をちゃんと理解する糸口が見えなかった。
結局自分はまだまだ子どもで、恋人のような大人な存在は暫くできないのだろうと落胆した。
後から分かるのだが、この時の私は初恋すら経験していなかったのだから仕方のない話でもある。
それからは大人になりたいと思う事が少なくなったように思う。
私は世間的に失恋し、バレーボールに打ち込んだ。
自分には憧れの高校生活は早かったのだという落胆の反動もあるため、全く気にしていないのとは少し違うが、落ち込む事は無くいつも以上にバレーボールを楽しんだ。
恋に恋するという言葉を良く耳にするが、情けないかな自分もそうだったのだろう。
そんな自分をクールダウンさせるにはバレーボールは最適だった。
高校一年生の夏頃だった。