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支えてくれる人

 人は身に危険が近付くと時間がスローになると聞いた事があるが本当だ。


 何の気構えもない私の背中が凄い勢いと強さで押された時、前の人にぶつかるとまずいという事と、優子を巻き込まないようにしなければいけない事を考えた。

 倒れる事を避けられない私の視界と体は、優子がいる方とは反対前方の狭い人と人の間にあるスペースを目指した。


 自分が倒れる間の一瞬で確かにそこまで考え恐らく体も動いたのだ。




 こうしてついに複数の知らない大人達の下敷きになった。


 後から聞いた話だと10人位の大人が次々に転んだり躓いて倒れたりしたらしい。

 全員が私の上に重なった訳ではないと思うが、私の視界が直ぐに真っ暗になった事を思うと山積みのような形ができたのだろうか。






 段々耳が遠くなり耳鳴りがしてきた。

 優子が私の名前を叫んでいるのが遠くに聞こえる。


 頭も胸も痛いし重いし苦しい。

 足も腕も動かない。

 声も出せなければ息もできない。


 意識を保つのが辛くなりもうだめだと思った。




 その時遠くに

「おら!」

「おらどけよ!」

「早くよけろよ下に女の子いるんだよ!」

という声が聞こえてきた。


 何人かが私を助け出そうとしてくれているようだった。




 少しずつ体に乗っていた重さが軽くなっていった。

 私はようやく息ができるようになり周囲が明るくなったが、脳へ酸素が届いていなかったのか視界が悪いし言葉が出ない。

 それでも耳鳴りは小さくなり、ずっと叫びながら名前を呼んでくれていた優子の声が段々はっきりと聞こえるようになってきた。




 思った以上に体に負担がかかっていたようで、ようやく全ての重しがなくなった後も私は自分で動く事ができずに倒れたままだった。






 すると誰かが私に手を伸ばして体を仰向けにし、抱え起こそうとした。

 この時私は視界がまだ真っ白で、恐らく目を瞑っていたため誰が抱えてくれたのかは分からなかった。


 すると私の上半身が起きたところで違う人の手が私の体を支え

「お前もう関係ねえんだからあっち行ってろよ。」

と言い、先に私を抱え起こそうとした人の手から私の体を離し、その人を退けた。


 その瞬間視界が戻り、私を今支えてくれているのは大谷君で、最初に私を抱え起こしてくれたのは真田君なのだという事を理解した。


 ただ理解したとはいえ、先程まで意識が遠退いていてさらに思考力が弱い人間に、だから何だと思う事も考える事も出来なかった。


 そのすぐ後に秋世が私の側に駆け寄り大谷君とは逆の位置から私の腕を肩にかけ

「真田。冴子ちゃんが見てるから行きな。

 こっちは私らがいるから。」

と真田君に声をかけていた。




 まだ頭がふらふらする私の視界は、その後の真田君の動向まではとらえられなかった。




 私は大谷君と秋世に肩を借りたり腰を支えてもらうなどしながら半分引きずられて少し先の屋台の裏へ移動した。

 私を抱えての移動は二人でとはいえ、あの人ごみの中では大変だったはずだ。

 いつも豪快だったりおちゃらけたり大笑いしている二人は真剣な顔で私を運びながら

「怪我人通るからどいて。」

「ちょっと道あけて。」

と前方の人達に声をかけていた。


 二次災害が発生しないよう早目に人ごみを抜ける判断をしてくれたようだった。

 いつもクールな優子が私の名前を呼びながら

「大丈夫?本当に大丈夫?」

と何度も顔を覗きこんではぼろぼろに泣いて歩いていたのには正直驚いた。

 宮本は優子の肩をポンポンとしながら私の下駄を持って一緒に来てくれた。






 私達は屋台の裏から祭りの道を外れて裏路地に出て、今日はもう扉が閉じている病院の花壇の縁に座らせてもらい一息ついた。


 大谷君は私に冷たいジュースを買ってきてくれた。

 秋世は私の意識と、怪我の有無を確認していた。

 大惨事だったはずが怪我は擦り傷だけだった事に秋世はほっとして、私の乱れてしまった髪と帯を整えてくれた。


 優子はそれでも泣いていた。


 よほど驚かせてしまったのか少し申し訳ない気分になった。




 暫くして大谷君と秋世は

「大丈夫そうだから戻るわ。

 他のやつ達もいるしな。」

「育実は無理しない方が良いよ。

 私も他の子達が心配してると思うから戻る。

 宮本と優子に後頼んで良い?」

と言って祭りの方へ戻って行った。




 せっかくの祭りで名残惜しいが、私は二人に送られて帰る事にした。


 実はその頃になると私より優子のショックの方がよほど重症で、私を送った後優子と二人きりになった宮本の苦労が偲ばれる。


 しかしその時の優子の普段からは考えられないギャップに宮本が惚れたというので、それはそれで良かったのかもしれない。

 ただ二人の恋は成就しない。

 この後に優子は進路を国立医学部に変え、皆とも遊ぶ機会が減ってしまうのだ。

 宮本は優子に隙が無くなってしまう事で告白が出来なかったらしい。






 無事に帰宅し入浴などで一息ついた後、夜遅くに秋世から安否確認の電話がきた。

 二日間続く夏祭りなので皆明日も行くのだが私はどうするかと訊ねられ、残念だが今日の件もあり少し疲れているのでと明日の参加は断った。

 来年は二日間参加しようと約束をし電話を切った。




 実はこの祭り、私とはあまり相性が良くない。

 翌年は無い思考力を働かせ洋服で行ったのだが、今度はまだあまり慣れないヒールサンダルをはいて転ぶ事で足を骨折するのだ。

 本当に思考力が弱すぎて詰めが甘く呆れるばかりである。


 その時は、秋世達と仲が良くなって共に夏祭りに参加していた弟が私を背負って帰ってくれた。

 高校二年生になった弟は身長が180センチを超え、背中から見えた景色に弟の成長を実感したのは良い思い出である。

 弟にとっては疲れて汗だくになり大変な思い出のようだが。




 もしかするとこの年の祭りで運を使いきってしまったのかもしれない。


 一学期から大変な事が続いていたが、思えば私はまだ泣いていない。

 最後に泣いたのは高校総体の前だった。


 今日私を支えたり送ったりしてくれた人達が、これまで私が辛い時に支えてくれていた人達だと改めて気付き、私は皆に心から感謝を思う。




 翌日私は夏祭りを断る事でこの夏休み中には珍しく家にいるのだが、やはり悲しみに浸る間はあまり無かった。






 クリーニングから帰ってきた主将のブレザーが部屋にかけられていた。

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