高校2年生 冬
サッカー部の宣戦布告は、やはりサッカー部監督の発案だった。
「素人の男子に負けるような部ならば、勝てる外競技部の練習スペースを作るべきではないか。」
というわけで、成る程納得した職員室でその宣戦布告は了承されたのだ。
各室内競技部の顧問は
「これで負けるようなら練習なんてしなくて良い。」
と考えたらしい。
それにしても女子部にしか勝負を挑まないうえに、箝口令に奇襲となると少し理不尽さを感じた。
私は1セット目のサーブを気にしていたのだが、サッカー部的には2セット目が楽しかったようで、真田君との間に問題は発生しなかった。
幸から聞いた所によると、既に1セット目が勝てているのでバレー女子部には余裕があり、サッカー部に敢えてチャンスボールを与えて遊んでいたらしい。
サッカー部もボールが繋がるようになると楽しかったようで、交流会のような和気あいあいとした雰囲気になったとか。
通りで皆
「またやりたいね。」
「楽しかったね。」
とキャッキャしていたわけだ。
それは良かったと思いつつ、私も真田君と楽しみたかったとため息が出た。
幸は
「損な役回りだったね。」
と私の背中を叩きながら大笑いしていた。
卓球もバレーボールもバスケットボールも、結局素人との差は大きかったのだ。
ただ、高さで勝負ができるかもしれないと考えたサッカー部は、バスケ女子部にだけは何度か奇襲したようだった。
「全勝よ!」
とバスケ女子部キャプテンは笑顔でVサインを見せながら教えてくれた。
こうしてサッカー部の宣戦布告事件は幕を閉じた。
「仕方なかったんだよ。
でも体育館で練習したいとは思ったけど、結果がこれで良かった。」
と真田君は少し都合悪そうに話していた。
それからサッカー部は冬の間は外部の室内練習場をレンタルして、週の半分をそちらで過ごすようになった。
私達は雪が積もったので一緒に帰る事もなく、たまの電話のみで過ごしていた。
だが少しだけ楽しみもあった。
私は昨年と同様に雪のためにバス通学になったのだが、大谷君の家へ泊まりで遊びに行った真田君が、朝に同じバスに乗る機会がたまにあったのだ。
私は嬉しくて、大谷君が乗るバス亭にバスが着くといつも真田君を探した。
大谷君は真田君がいない時は
「残念でしたー。」
と舌をベロベロしながら私に朝の挨拶をしていた。
冬も深まった頃に大きな出来事があった。
私達は彼の部屋で結ばれたのだ。
そこで私達は初めて手を繋いだ。
制服やジャージを着ていると分からなかったが、彼の腕や足には部活動でできたという傷跡がたくさんあった。
サッカーも大変なのだと改めて思った。
鎖骨は骨折した方とそうではない方の太さが少し違った。
彼の肌は凄く滑らかで、私より良い肌なのではないかと思ったほどだった。
それでもやはり彼の体は私より大きく、重ねたり触れたり触れられたりすると、大きな波にのみ込まれるような、でも守られているような、不思議な幸せが広がり胸が切なく苦しくなった。
最初のうちはドキドキふわふわして、何がなんだかという状態でいたのだが、さすがに初めて同士はいざという時に悪戦苦闘したのだ。
もちろん大切に扱ってくれたのと、後は私が激しいスポーツをしていたのと体質もあるのか、私の方が噂ほど大変ではなかったのが救いだった。
何しろ成功した時に二人で顔を見合せ驚いた後に笑ったほどの悪戦苦闘だったのだ。
私はこうして初めて経験し、大人組女子の話を身をもって理解した。
ひとしきり笑ってから
彼は私を優しい目で見てくれた。
私も彼を見て大事にすると心から思った。
結婚するまでしないんじゃないの?と聞いたら、ばつが悪そうに
「好きだと我慢も大変なんだ。」
と言った。
女子も分からない事が多いが、男子も分からない事が多いなと思った。
真田君のお家はお母さんと妹の3人家族だった。
それからも何度かテスト期間などに真田君の家へ遊びに行った。
真田君の家は学校から近いので学校帰りに寄りやすかったのだ。
妹とはたまに彼の部屋で話をした。
度々真田君に追い出されていたが、少し仲良くなった。
お母さんは忙しそうにしていて滅多に会う事もなく、挨拶位しかできなかった。
私達は友達にこのような話をしなかった。
だから爽やかカップルという階級は健在であった。
爽やかカップルは爽やかなイメージのまま付き合ってから一年をこえ、春には熟年夫婦の扱いになる。
とはいえ、やはりスタンス的には変わらないので、端からは本当に付き合っているのかが分からなかった人も多かっただろう。
真田君は冬のうちにまた男らしくなった。
結ばれた事による私の気持ちの変化も関係あるかもしれない。
しかし彼女の欲目を差し引いて世間的に見てもかっこいいのではないだろうかと思いはじめた。
両親への罪悪感と、友人達への秘密と、彼を大事にしたい思い。
たくさんの思いが芽生えた冬だった。




