丸井精米店
家に帰るとすぐに母さんの姿があった。お玉を持って仁王立ちしている。表情は微笑んでるように見えるがドス黒いオーラが見える。
「うっ……た、ただいま」
「おかえりなさい陽太。さぁ、こんな時間まで何をしていたのか薄情しなさいな」
いつもは甘い癖に怒った時はもう別の人間のように見える。そんな時は素直に謝る事が大切だ。
「ごめんなさい」
「もぅ……許しちゃう」
そう甘い声で抱き付いて来る。簡単な話し昔から、謝れば何をやっても許して貰えた。それは一人息子だからかは知らないが小さい頃はよくイタズラをして遊んだものだ。
米を買い忘れた俺はもう一度商店街に向かった。さっきはお昼頃だった為、人が多かったが夕方になれば少ないし涼しいから楽だ。
「こんにちは」
丸井精米店と書かれた店の前で足を止める。ここも昔からの知り合いがいる所だ。俺は奥に向かって声を出した。
「はーい」
そんな返事が聞こえて奥の襖が開いたと同時に若いと言っても俺と同じ歳ぐらいの女子が出てきた。服は露出が多く、目のやり場に困る。
「あの、米を買いたいんだけど」
「……え?こっ 米ね」
女子は俺を見て明らかに気が動転している。気のせいか顔が赤い。あっちは俺を知っているみたいだ。
「……お前、俺を知ってるか?」
「…!」
俺の言葉に女子は運んでた米の袋を落とした。というかこの女子に何かしてしまったんじゃないかというぐらい心配になる。
「ひ、酷い!昔は私だって一緒に遊んでたじゃない なのに普通私だけ忘れる!?」
酷いと言われても俺には見覚えがないんだ。昔って事はゆっちゃん達と遊んでた頃か?でもこんな子、いたか?
「いや、すまん。人違いだ」
「違う!絶対人違いじゃないもん。だって私がひー君を間違える筈ない」
今……確かに俺をひー君と呼んだ。その呼び方で呼ばれるのは数少なく幼馴染み達だ。もしかして本当に俺を知っているのか。
「…ううっ」
女子を見る。顔を赤くさせて今にも泣きそうだ。俺の服をバッチリ掴んで真っ直ぐ俺を見つめる。この状況に恥ずかしくなって俺まで赤くなった。このままじゃダメだな。
まずは頭を働かせる。こいつは丸井精米店の店の中、家の中から出てきたという事は名字は丸井。丸井……丸井……。
「━━━…っ!お前、丸美か」
「いやっ」
せっかく思い出したというのにビンタされてしまった。丸美というのはあだ名で丸はその名の通り太っていたからで美は女子だから そして丸美というあだ名が誕生した。
「お前なっ!ビンタはないだろ」
「だっ、だって安藤が丸美って呼ぶからでしょ!その呼び方嫌いなの もう呼ばないでよね」
だからってビンタするか普通?まぁ、でもこの場合は俺が悪いのか。
「…それで丸美 いや丸井は確か小さい頃に転校したよな?まだ小学生の頃」
「うん。そぅ…でも中学生の時にまた戻ってきたの。それで杏と律は元気?」
丸井は微笑む。ゆっちゃんの名前が出てこないという事は死んだ事、知ってるのか。
「さぁな 杏と律とはあの頃からずっと会ってない。でも元気なんじゃないか?杏はお嬢様で律は運動が得意だったよな、で丸井は米屋か」
「…ちょっと、私だけ米屋は無いでしょ」
あれ……今、普通に話せてる。懐かしい話しが出たな!幼馴染みと話すのは楽しい…楽しい…でも俺だけ楽しんで良いのか?
「……安藤?」
「あっ…あぁ。もうそろそろ帰るな 今日は色々話せて良かったよ またな」
「うん」
気が付けば夜。重い米の袋を持って俺は家路を急ぐ。風は冷たく過ぎていく。まるでゆっちゃんが怒っているかのように。