転生ヒロインがどう考えてもガチ独裁者な件について
「リリアーヌこそが、この腐りきった学園の、いや、国の救世主だ!」
目の前で、この国の第一王子が熱狂的に叫んでいる。
その隣で、リリアーヌ様は慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。彼女の足元には、数日前まで学園の頂点に君臨していた公爵令嬢が、まるでゴミ屑のように地面に伏している。
……おかしい。
つい一ヶ月前まで、リリアーヌ様は「高飛車な悪役令嬢にいじめられる、健気で無害な平民出身の少女」だったはずだ。
「……リリアーヌ様、その方はもう十分に反省していますわ。そろそろ……」
私が震えながら進言すると、リリアーヌ様はゆっくりとこちらを振り向いた。その瞳は、春の陽だまりのように温かい。けれど、その奥には底知れない冷徹な「意志」が渦巻いていた。
「あら、これは慈悲深い言葉ですこと。でも、必要ありませんわ。不純物は、健全な土壌を維持するために取り除かねばなりません。それが……『全体最適』というものです」
――リリアーヌ様が転入してきた当初、学園は荒れていた。
名門ゆえの腐敗、横暴な悪役令嬢によるカースト支配。誰もが閉塞感を感じていた。
そんな中、平民出身の彼女は「愛と平和」を説いて現れた。
最初は、誰もが彼女を「健気ないじめられっ子」だと思っていた。
だが、彼女が始めた『学園最適化計画』が、すべてを変えた。
まず彼女は、放課後の「強制労働」と化していた居残り掃除を、独自の効率化で一掃した。
「みんな、私に付いてきて。効率的な清掃は、心の清浄に繋がりますわ!」
彼女の指示通りに動くだけで、学園は見違えるほど美しくなった。これは生徒たちにとって、リリアーヌが起こした「目に見える実績」となった。
次に彼女は、『リリアーヌ・ユーゲント(生徒相互扶助会)』を組織した。
お揃いの制服の着こなし、揃いの挨拶、そして放課後の集団レクリエーション。
孤独だった生徒たちは「居場所」を与えられ、熱狂的に彼女を支持した。
そして極めつけは、あの「中庭の演説」だ。
悪役令嬢に突き飛ばされた彼女は、泥を払うこともせず、壇上に上がって震える声で叫んだ。
「私は、私を貶める彼女を憎みません! 私が悲しいのは、この学園に『不一致』があることです! 学園を一つに! 我々の意志を一つに!」
泣きながらの訴えに、生徒たちは拳を突き上げて応えた。その熱狂は、第一王子をも飲み込んだ。
……その時、私は震えが止まらなくなった。
彼女のやり方は、あまりにも「あの日」の歴史の教科書で見た光景と重なる。
広場を埋め尽くす群衆、感情を揺さぶるジェスチャー、そして「敵」を明確に設定することで生まれる異常な団結力。
慈愛に満ちた笑みのまま、彼女の唇が音もなく動く。
(――全会一致こそが、至高ですわ)
この人、ただの乙女ゲームの転生ヒロインなんかじゃない。
中身は、一国を恐怖と熱狂で支配した、前世がガチの独裁者だ。
それからの学園は、白か黒かになった。
かつて君臨していた公爵令嬢は、全生徒による「糾弾集会」にかけられ、一晩で居場所を失った。
「彼女もまた、不適合なピースだっただけ。適切な場所へ『再配置』されるべきですわ」
リリアーヌ様の優しい声と共に、公爵令嬢は学園から物理的に消えた。殺されたわけではない。流石にね。
そして、彼女の演説に拍手を送らなかった私もまた、「適性検査」の対象になったのである。
「みんなの笑顔のために」と称した彼女の演説は、瞬く間に学園を、そして王子を魅了した。彼女に反対する者は「全体の幸福を阻害する敵」として、社会的に、あるいは物理的に消えていく。
「あなたは、少し個性が強すぎるようですわね」
ある日、リリアーヌ様は私にそう告げた。
彼女の指す「個性」とは、彼女の思想に心酔しきれない私の「冷めた視線」のことだった。
私は即座に「再教育対象」として、旧校舎の地下へと叩き込まれた。
地下には、私と同じように「適合」できなかったはみ出し者たちがいた。
元悪役令嬢、理屈っぽいオタク、規律を守れない不良。彼らは絶望の淵で、私を救世主のように見つめた。
「あんた……あの女の眼力に耐えて、真っ向から異を唱えたんだってな」
「いいえ、ただビビって固まってただけで……」
「謙遜するな! 俺たちを導いてくれ、『戦争の聖女』!」
なぜか私は、彼らのリーダーに祭り上げられてしまった。
私が「もう嫌だ、帰りたい」と泣けば、「現状に満足せず、理想の故郷を求める気高い魂の叫びだ!」と誤解される始末。
そして今日。
リリアーヌ様率いる「秩序軍」と、私が担ぎ上げられた「自由革命軍」が、校庭で対峙することになった。
リリアーヌ様は軍服風のドレスに身を包み、王子が率いる親衛隊を従えて高らかに宣言する。
「親愛なる生徒諸君! 今日、我々は真の平和を手に入れるのです! 反抗勢力という名の病原菌を、根絶やしにすることによって!」
その圧倒的なカリスマ性に、一般生徒たちが熱狂の声を上げる。
対する我が軍は、今にも逃げ出しそうな私を、無理やり台座に乗せて最前線に押し出していた。
「なんで私がこんなことにぃぃ!! 私はただ、お菓子食べて昼寝して、モブとして平穏に生きたかっただけなのにぃぃ!!」
私の魂の絶叫が、拡声魔法で国中に響き渡る。
すると、あろうことか民衆の間に動揺が走った。
「見ろ……彼女は、あんなにボロボロになりながら、我々の『日常』のために泣いておられる……!」
「あんな少女に、あそこまで言わせるなんて……リリアーヌ様は、少しやりすぎなんじゃないか?」
リリアーヌ様は、計算外の反応に初めて眉をひそめた。しかし、すぐにまた完璧な微笑を浮かべる。
「安心してください。その見苦しい足掻きも想定済みです。……あなたは私の完璧な帝国における、最後の『生贄』という役割を全うするのです」
「話が通じないどころか、もう脚本ができてる系独裁者だこれー!!」
私が叫んだ瞬間、背後の地下住人たちが一斉に地面に膝をついた。
その視線は私ではなく、リリアーヌ様の後ろ――校門を突き破って現れた、隣国の「冷徹皇子」に向けられていた。
彼はリリアーヌ様の「最適化」によって乙女ゲームから追放されたはずの、このゲームの隠し攻略対象だ。
「……遅くなったな、我が光よ。君がこの狂った学園を正すために、地下で牙を研いでいたことは聞き及んでいる」
「いえ、ただ寝てただけで……っていうか私とあなた初対面ですよね?」
「謙遜するな。君のその『涙』が、我らを動かしたのだ」
彼は私の手を取り、リリアーヌ様を冷たく射抜いた。
リリアーヌ様は、初めて計算が狂ったように瞳を揺らす。だが、その唇が歪に吊り上がった。
「あら……面白いですわ。私の『完璧な世界』を壊しに来るのが、唯一私を拒絶したあなただなんて。――ますます、壊したく(愛したく)なりましたわ」
「待って。リリアーヌ様、今『愛したい』って言った!? 公爵様、なんで私のために戦争一歩手前の軍勢連れてきたの!?」
リリアーヌ様は、陶酔しきった目で私を見つめ、高らかに宣言する。
「全生徒、及び軍勢に告ぐ! これより、私の愛する『抵抗者』を奪い合う、聖戦を開始しますわ!!」
――神様。私、ただのモブとして平穏に生きたかっただけなんですけど!?
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