(7)転生少女は、入学試験で注目されてしまう
朝霧が王都を薄く包み込む時間帯。
私は公爵家の一室にあるベッドの上で目を覚ました。
寝心地は最高だ。さすがは公爵家のベッドと言うべきか。
……なのだけれど、昨晩はなかなか寝付けなかった。
今日は、いよいよガリア王立高等魔法学院の入学試験当日なのだ。
公爵邸で暮らすことになり、フィオナお姉ちゃんによる厳しい「お姉ちゃん教育」が始まってから、早くも一か月半。
貴族の作法、ダンス、地理や歴史の授業……正直、死ぬかと思った。
試験の結果に関係なく入学できるとはいえ、そこはまったく手を抜いてもらえなかった。
まあ、これからの生活を考えれば必要な知識なのだろうけど。
「おはようございます、クロエ様」
控えめなノックの音とともに、メイドが部屋に入ってくる。
セシア・リーンハート。
屋敷に来て以来、私専属で世話を焼いてくれている十五歳の少女だ。キリッとした目元が印象的で、フィオナお姉ちゃんと同年代なのに、どこか年上の貫禄がある。
「お召し物はすでに準備しております。試験会場までは私が同行しますので、ご安心を」
いつも通りのテキパキとした口調で告げると、用意されていた服を差し出してきた。
白を基調とした、動きやすそうなワンピース風の装いだ。
最初はドレスを用意されたのだが、試験を受けに行くのにドレスは論外だと必死に訴えた結果、これに落ち着いた。
「ありがとう……セシア」
彼女は小さく頷くだけで、多くを語らない。
けれど、その瞳には確かな信頼が宿っている。
出会った当初は少し距離を感じたが、今では頼れる存在だ。
特に筆記試験の勉強では何度も叱咤激励されたし……いや、思い出したくない。
朝食を終え、私たちは馬車で学院へ向かった。
やがて、城塞のような灰色の巨大建造物が視界に入ってくる。
石造りの塔がいくつもそびえ立ち、中央には荘厳な尖塔が聳えていた。
その威容に、思わず息を飲む。
「緊張していますか?」
セシアが静かに問いかけてくる。
「うん……結構」
「クロエ様は推薦枠ですから、試験結果が合否に影響しないと聞いております。リラックスして臨まれるのがよろしいかと」
「そうなんだけどね……」
そうなんだ。そうなんだけど。
試験というものは、どうしてこんなにも人を緊張させるのだろうか。
王立高等魔法学院の校門前に到着した。
試験会場は普段、一般公開されていないらしく、門前には騎士が二名立っていた。
セシアが堂々と名を告げると、彼らは即座に敬礼し、道を開ける。
「クロエ・エルヴェール様ですね。どうぞこちらへ」
案内役の、若い教師らしき青年が現れ、私たちは静謐な石畳の廊下を進んでいく。
壁には魔法陣や精霊の壁画が施され、学院全体が厳かな雰囲気に包まれていた。
やがて、重厚な木製扉の前で足を止める。
「本日は筆記試験と実技試験の両方をご用意しております。まずは筆記試験の教室へご案内します」
試験場は、講堂のような広間だった。
長机と椅子が規則正しく並び、百人近い受験者がすでに待機している。
……みんな、私より年上だ。
私は案内された席へ向かいながら、周囲を見渡した。
十代半ばから後半と思しき少年少女が圧倒的多数派だ。
制服のような同じ服装をした集団は、貴族学校からの編入組だろうか。彼らが一番落ち着いて見える。
魔法学院の入学適齢期は、おおよそ十二歳前後と聞いていたので納得だ。
……ただ、その標準から明らかに外れた受験者たちもいる。
まず目についたのは、三十代後半から四十代と思しき男性たちだ。
顔つきは精悍で、手練の冒険者か、あるいは地方から来た熟練魔術師かもしれない。
中には、試験官と小声で話し込んでいる壮年の女性もいた。
保護者か関係者かは分からないが、とにかく年齢層が極端に高いグループが存在するのは確かだ。
一方で、自分と同じくらいの年恰好の子どもを探してみると――
……いない。
小柄な背丈の受験者は、どうやら私だけらしい。
むう……これ、目立たないようにするのは無理じゃない?
隣の席の少年など、優に百六十センチは超えているだろう。
視線に気づいたのか、こちらを一瞥したあと微笑みかけてきたので、軽く会釈しておいた。
「君も推薦枠かい?」
「あ、はい。クロエ・エルヴェールです」
「ああ、君があのエルヴェール公爵家の……。僕はカイル・フォン・ブルームガルト。辺境伯爵家の三男さ」
赤毛の少年――カイルは、エルヴェールの名を出すと納得したように頷いた。
辺境とはいえ伯爵家。それにしても、まったく偉そうなところがない。むしろ爽やかな好青年という印象だ。
「はい、皆さん。注目してください」
試験監督を務める教師が教壇に上がると、場が一気に静まり返った。
彼の胸元には複数の徽章が輝いている。魔法省の高官であることを示すものだろう。
厳格な表情ながら、声には不思議な包容力があった。
「本日の試験は『筆記』と『実技』の二部構成となります」
チョークが軽快に鳴り、黒板に大きく文字が書かれる。
――筆記試験
――実技試験
その間に、問題用紙が配られた。
「全員に配り終えましたね。それでは筆記試験を開始します。制限時間は二時間。開始!」
試験用紙を捲ると、問題文が目に飛び込んでくる。
【第一問】四大魔法の相互関係を答えよ。
【第二問】現在の国王の名を答えよ。
【第三問】王立高等魔法学院の創設者と、その功績を答えよ。
【第四問】――
あらゆる分野にわたる出題内容だ。
この国の人間にとっては一般常識なのだろうが、私にとっては異文化の塊である。
思わず唸りつつ、一問ずつ丁寧に解いていくが……正直、難しい。
ちらりと隣を見ると、カイルくんはさらさらとペンを走らせていた。
やっぱり優秀なんだなぁ。
制限時間が迫る中、必死に問題を解き続け、なんとかギリギリ全問に回答することはできた。
――正解しているとは言っていない。
ふう……。
フィオナお姉ちゃんとの猛特訓のおかげで何とか食らいつけたものの、歴史や地理の範囲は予想以上に広かった。
特に北方諸国の古代王朝に関する設問には、頭を抱えるしかなかった。
そんなん知らんがなー。
試験が終わった頃には、すでに頭痛がしていた。
「はぁ……思ったより難しかったですね」
「ん? まあ、そうだね。だが、本番は実技だから」
思わずこぼした愚痴に、カイルくんは軽く肩をすくめて答えた。
実技試験かぁ……。
そういえば、実技に関してはほとんど対策をしていない。フィオナお姉ちゃんも「クロエなら余裕ですよー」と笑っているだけで、具体的な指導は一切なかったのだ。
筆記試験会場を後にし、実技試験の会場へと案内される。
廊下を曲がると、実技試験場と思しき大広間が視界に入ってきた。
天井の高い円形の空間には、すでに十数人の受験生が集まっている。
「皆さん、筆記試験お疲れ様でした。これより実技試験に移ります」
試験官と思しき女性が、壇上から淡々と告げた。
「まずは基礎魔力量の測定を行います。こちらの水晶玉に手をかざしてください」
「えっ? それだけ?」
思わず声が出る。
すると、隣にいたカイルくんが小声で補足してくれた。
「あの水晶は、術者の魔力量を測定する高位魔導具さ」
へえ……そんな便利なものがあるんだ。
感心している間にも列は進んでいく。
私の順番が近づいた、そのときだった。
水晶玉が、突如として激しく輝いた。
「おお……」
周囲からどよめきが起こる。気になってちらりと前を見ると、そこには明らかに場違いな巨漢の少年が立っていた。
筋骨隆々とした体格に、革のジャケット姿。
杖よりも剣のほうが似合いそうな風貌だ。
彼の手に触れた水晶玉は、炎のようなオレンジ色に煌々と輝いている。
どうやら、相当な魔力量らしい。
「あれは……ギルバート・ドンケルハイマー男爵だな。ドンケルハイマー家といえば、武の名門だ」
カイルくんが小声で教えてくれる。
彼の話によると、ギルバート・ドンケルハイマーは北辺を守る男爵家の次男坊。
代々武将を輩出する一族で、父親は王国騎士団の副団長を務めているという。
本人も幼少期から剣術を叩き込まれていたが、最近になって魔法の才能が開花し、急遽学院への入学を決めたらしい。
「戦闘狂って噂もあるし……あまり関わらない方がいいかもしれないな」
確かに、怖そうな顔にムキムキの筋肉。
特別な敵意は感じないけれど、近寄りがたい雰囲気はある。
……うん。できるだけ距離を置こう。
そんなことを考えているうちに、カイルくんの番になった。
彼が水晶玉にそっと手を触れると、淡い水色の光が灯る。
ただし、その光は切れかけの蛍光灯のように、チラチラと不安定に揺れていた。
カイルくんは、少し苦々しげな表情を浮かべている。
「では、次の方。前へ」
――とうとう、私の番だ。
正直なところ、自分の魔力量など測ったことがない。
どれくらいあるのか分からず、ドキドキしながら水晶玉に手を乗せた。
すると――
「え……?」
轟っ!!!
眩い銀色の閃光が弾けた。
思わず目を閉じ、反射的に手を引っ込めてしまう。
周囲からも、教授たちの驚きの声が上がった。
な、なにこれ……?
爆発とかしないよね……?
試験官の女性は慌てた様子で、手元の資料をめくっている。
「あっ……! あなたがエルヴェール公爵家の……なるほど、納得です」
「えっと……それって、どういう……?」
「あ、気にしないでください。次の方、どうぞ」
あっさり流された。
……いや、めちゃくちゃ気になるんですけど?
周囲の受験生たちもざわついている。
ふと視線を感じてそちらを見ると――ドンケルハイマー家のおぼっちゃまが、明らかに殺気立った目でこちらを睨んでいた。
自分の魔力量を超えた存在を警戒しているのだろうか。
いや、別に敵対する気なんて、これっぽっちもないんだけど……。
それでも、胸の奥にじわりと嫌な予感が広がる。
……これ、絶対に面倒なことになるやつだ。




