(6)転生少女は、雷を真似てしまう
それから数日が過ぎた。
エルヴェール公爵家の養女となった私は、専属の家庭教師を付けられ、朝から晩まで貴族としての心得や礼儀作法、さらには魔法学の基礎知識といった詰め込み教育を受けていた。
そこにフィオナお姉ちゃんも合流しては、
「ここは、こうでなきゃダメなのよ」
「クロエなら、すぐ覚えられるわ」
と、甲斐甲斐しく教えてくれるものだから、なかなかにハードな毎日だった。
「クロエー! 午後の授業まで、少し休憩しましょう!」
「はーい」
フィオナお姉ちゃんの明るい声に救われつつも、私の頭はすでにパンク寸前だ。
昼食のスープを口に運んでいると、屋敷の執事が急ぎ足で食堂に入ってきた。
「お食事中に失礼いたします。ライゼル殿下がお越しになりました」
「な、なんですって!?」
フィオナお姉ちゃんが、今にもスプーンを落としそうになりながら叫んだ。
一緒に食事をしていたアルフレッド公爵は、冷静に立ち上がり、
「やれやれ……殿下も人を驚かせるのがお好きだな」
と苦笑して、そのまま席を後にした。
ライゼル殿下……。
いずれは挨拶に行かなければならないと思っていたけれど、まさか向こうから来てくれるとは思わなかった。
―――
客間に通されたライゼル殿下は、この前と同じく、意匠に凝った煌びやかな騎士服姿だった。
眩しいほど爽やかな笑顔を浮かべる殿下の横には、寄り添うように立つフィオナお姉ちゃん。
しかも彼女は、いつも以上にキラキラした目で殿下を見つめている。
「ライゼル殿下! お久しぶりですわ!」
「ああ、フィオナ。変わりないようで何よりだ」
ライゼル殿下が穏やかに微笑むと、フィオナお姉ちゃんはぱっと頬を赤らめ、そっと目を伏せた。
――あれ?
これ、もしかして……。
アルフレッド公爵が私の方を見て、小さく頷いたのを確認してから、私はそっと耳打ちする。
「あの……フィオナ様と、殿下って……」
「ふむ。フィオナは、殿下の婚約者候補の一人なんだ」
なるほど。年齢も近そうだし、そういう話があっても不思議じゃない。
……でも「候補」という言い方が、少し引っかかる。
「えっと……候補、ということは、まだ正式には決まっていないんですか?」
「うむ。そこが問題でな」
アルフレッド公爵の表情が、わずかに曇った。
「フィオナと殿下の仲は非常に良い。しかし、エルヴェール家が王族と強く結びつくことで、影響力が大きくなりすぎると懸念する貴族もいるのだよ」
王家の血を引き、なおかつ宰相家の権力も併せ持つ次世代――それが危険視されている、ということらしい。
うーん……政治って、やっぱり難しい。
「それで……フィオナ様は、そのことを……」
「もちろん承知の上だ。フィオナも貴族の娘だからな。覚悟はできているだろう。……もっとも、親としては好いている相手と結ばれてほしいと思うが」
大人の事情、ってやつだ。
殿下は、フィオナお姉ちゃんのことをどう思っているんだろう。
「クロエ嬢」
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
ライゼル殿下は、こちらをまっすぐ見据えていた。
「ふふ、久しぶりだね。王都での暮らしはどうかな」
「はい。フィオナ様に、とても良くしていただいています」
「それはよかった」
殿下は少し目を細め、柔らかく微笑んだ。
初めて会ったときより、ずっと親しみやすい表情だ。
「本当はもっと早く会いに来たかったのだが……政務が立て込んでいてね」
「殿下……お忙しい中、わざわざありがとうございます」
「いや、構わない。それに……」
言葉を区切り、ライゼル殿下は視線を横に向けた。
その先には、静かに佇むフィオナお姉ちゃん。
「フィオナを訪ねる口実も、できたしね」
「まあ……殿下ったら」
フィオナお姉ちゃんが、恥ずかしそうに俯く。
いつもなら「リア充め! さっさと結婚しろ!」と思うところだけど、さっきの話を聞いてしまったせいか、胸の奥が少しざわついた。
「ところで、クロエ嬢。試験勉強の方はどうかな?」
殿下の問いかけに、私は少し渋い顔になる。
「えっと……魔法理論と魔法史は、なんとか。でも、貴族の作法やマナーが全然で……」
「まあ、そのあたりは入学してからでも大丈夫だよ。学院には、平民から貴族になった人も多いしね。実技の方は心配していない」
「まあ……このくらいしかできませんが……」
そう言って、私は火の玉を五つほど生み出し、お手玉のように宙で回転させたり、分裂させたりしてみせた。
「おお……」
感嘆の声が上がる。
「さすがだね、クロエ嬢。僕の先生だけのことはある」
「先生なのは未来の私ですけどね」
「あはは、そうだったね。じゃあ……フィオナの方はどうだい?」
「私ですか?」
フィオナお姉ちゃんは得意げに微笑み、両手を前に突き出した。
次の瞬間、掌の上で電流が奔り、バチバチという音とともに小さな稲妻が生まれる。それはやがて、直径十センチほどの雷の球となって宙に浮かんだ。
すごい……!
これが雷属性魔法……!!
「おお……ここまで雷魔法を制御できるようになったんだね」
「ふふん。これくらいできなければ、魔法学院には入れませんもの」
フィオナお姉ちゃんは、三年前まで魔法が使えなかったらしい。
魔力が高いことは分かっていたが、誰が教えても発動しなかったという。
「どうやら私は、基本とされる四属性に適性がなかったみたいです。でも、その代わりに希少属性の雷に適性があったんです」
「火・水・風・土。ほとんどの人は、この四属性のどれかに適性があり、それがなければ魔法は使えない……それが定説だった。けれど、先生はその前提を覆した」
「私は、魔法学院には縁がないと半ば諦めていました。それが……クロエ先生に教えていただいたことで……」
そう言って雷を消した次の瞬間、彼女の全身から放電が始まった。
金髪が逆立ち、雷光が加速して部屋全体を明るく照らす。
彼女は纏う雷撃を自在に操り、様々な形へと変化させてみせた。
その姿は、思わず息を呑むほど神々しい。
「おお……ここまで制御できるようになったんだね」
「ですから、クロエには感謝してもしきれないんですよ」
そう言って、フィオナお姉ちゃんは私に抱きつき、頬ずりしてくる。
……それ、感謝する相手は未来の私なんだけどな。
でも、悪い気はしない。
それよりも――私は別のことを考えていた。
これが雷魔法か……。
指先に魔力を集中させると、親指と人差し指の間に、小さな雷の粒が生まれた。
……おお。
できた。
「えっ!? クロエ、それは……!!」
「ん? これ? 見てたら、できちゃった」
私は昔から、誰かが使う魔法を見ると、同じものを使えてしまう。
今使える四属性――火・水・風・土も、そうやって身につけたものだ。
雷属性は希少で、周囲に使い手がいなかったから、今まで機会がなかっただけ。
魔法はイメージが大事。そう教わってきた。
でも、魔法学の基礎を学ぶうちに、私は思うようになっていた。
――もしかして私は、魔法をまったく別の観点から行使しているんじゃないか?
「さすがクロエです! 私の先生!」
「僕の先生でもあるからね」
「それは未来の私ですってば」
二人の称賛に、思わず照れてしまう。
未来の私のこととはいえ、褒められるのはやっぱり嬉しい。
それにしても――面白い。
魔法って、本当に奥が深い。
まだ知らないことだらけだけど、これからもっと、たくさん学んでいこう。




