フィオナ・エルヴェール――雷の覚醒
フィオナ・エルヴェール
三年前――私がまだ十歳になったばかりの春のことだった。
「また……ダメだった……」
その日も私は魔法の練習室の片隅で膝を抱えていた。父の悲しそうな顔。母の焦燥に満ちた声。家庭教師の魔法使いが何度も首を振り、とうとう王宮の賢者さえも「原因不明」と匙を投げた。
「どうして……私はみんなみたいに魔法を使えないの?」
火炎が燃え上がらず。水弾が弾け散る。風は頬を撫でるだけで……大地さえも動かない。魔力は高いと測定された。周りからも期待された。けれど肝心の魔法は掌を通過するだけ。
努力は空回りし、自信だけが削られていく。王侯貴族の子女たちが魔法披露会で華麗な術を見せ合うたびに胸が締めつけられた。
そんな暗闇を照らす閃光となったのが――
「初めまして……でいいかしらね。あなたがフィオナね」
黒髪に黒の瞳。でも……私の知る誰とも違う不思議な空気を持つ女性だった。未来から来たという彼女が私の前に現れた日のことを、今でも鮮明に覚えている。
その日は王宮から使者が訪れ、王子が新しい魔法教師を迎えると知らされた日だった。
「……殿下だけずるいわ。私も新しい先生に教えてほしい」
そんな小さな嫉妬から始まった。こっそりと王城の練習場の陰に隠れて覗き見した。そして出会ったのだ。
「火よ舞え」
「風よ薙げ」
彼女――未来のクロエさんの紡ぐ詠唱は古風で美しく、宙に描く魔法陣も見たことのない幾何学模様だった。普通は空中に浮かぶ光の糸や紋様で編まれるものなのに……。
「これが『起源式』の基礎よ。物質界に干渉する『術式』はこうして立体的に構築するの」
まるで絵を描くように指先で空間を切り取り、そこに淡い粒子が集まっていく。火は星のように爆ぜ、水は螺旋を描き、風は目に見える霧状の竜巻へと変貌し、土は微細な砂塵を帯びて舞い上がる。
「すごい……」
無意識に漏れた声に気づかれた。「見つかった?」と恐怖で固まった私に、彼女は柔らかく微笑みながら近づいてきた。
「あなた……フィオナね。まだ小さくて可愛いわ」
「は、はい?」
「まだ覚醒してないのね」
「覚醒?」
未来のクロエさんはしゃがみ込み、私の手をそっと包み込んだ。掌から微かな脈動が伝わる。
「あなたの魔力は特別。普通の回路では受け止めきれないほど濃密。だから四元素が溢れ出て安定しないの」
彼女は私の額に指を添え、静かに目を閉じた。途端に体内を電流が走るような衝撃に襲われた。
「っ!?」
全身の毛穴が逆立つような感覚。だが不快感は一瞬で過ぎ去り、代わりに――私の頭の中に『文字』が浮かび上がってきたのです。
「雷よ」
「雷……?」
彼女が呟くと同時に、練習場に小さな稲妻が走った。パチリ。バチッと空気が震える。私の手のひらに生まれたのは、丸く収束した雷の珠だった。
「……できた? 私、魔法が……」
「あなたの魔力は確かに強い。でもね……おそらく『鍵』が違うの」
「鍵……?」
「そう。四つの基本属性――火・水・風・土――これらは自然界の均衡を表す『環』なの。けれど時折……この輪から外れた魔力を持つ者が生まれる」
彼女は私の手を優しく包んだ。熱くも冷たくもないのに不思議と心が落ち着く感触だった。
「フィオナの魔力は『雷』に親和性があるわ。雷は『循環と衝撃』の象徴。自然界の均衡を乱しながらも再生させる存在。とても稀有で――怖がらないで」
彼女は誇らしげに私の頭を撫でた。頬を伝う涙の熱さと、指先に灯る冷たい電流。相反する感覚が、私が求めていた「魔法」という確かな輪郭を刻んだ瞬間だった。
これがクロエ様との出会い。そして魔法との出会いの記憶




