ライゼル・ファム・ガリア――三年前の夏の夜
ライゼル・ファム・ガリア
三年前の夏の夜――私にとって、忘れられない日でした。
あの日は異様に暑く、なかなか寝付けなかったのです。本来、私の部屋は常に快適な温度が保たれているのですが、その日だけはどういうわけか、寝苦しくて仕方がありませんでした。
「少しだけ……外に出ようかな」
侍女の目を盗み、私はそっとバルコニーへ忍び出ました。
夜風が肌に心地よく感じられる季節で、星々が瞬く夜空を見上げていると――
突如、天が裂けたかのような眩い閃光が迸りました。
「うわぁっ!?」
声をあげた瞬間、閃光は地に降り注ぎ、私の眼前で光の奔流となって爆ぜたのです。
私は咄嗟に顔を覆いながらも、恐怖に縫い止められたように目を見開いていました。
やがて光が収まると……そこには、一人の女性が佇んでいました。
見たことのない衣服を纏い、黒い髪を夜風になびかせ、深遠な瞳で私を見つめている――そんな人物でした。彼女はゆっくりと周囲を見渡すと、
「やはり駄目だったか……仕方がない。プランBだな」
そう小さく呟いたのです。
私は困惑しながらも、思わず問いかけました。
「あなたは……誰ですか?」
すると彼女は不敵な笑みを浮かべ、
「ライゼル・ファム・ガリアだな」
と言い放ったのです。
突然、名を呼ばれ、心臓が大きく跳ね上がりました。
どこか懐かしく、温かい感触が胸に広がる一方で、強烈な圧迫感も同時に感じていました。
――直感で分かりました。この方は、只者ではない。
緊張で身体を強張らせていると、彼女はゆっくりと歩み寄り、私の肩に手を置きました。
ビクリと震えましたが、逃げ出すことはできませんでした。その手は、異様なほど熱を帯びていて――彼女は耳元で囁いたのです。
「わけあって、お前に魔法を教えてやる。断ることは許さない」
私は茫然としました。
初対面の相手に、いきなり魔法を教えると言われても困惑するばかりです。そもそも、魔法の教師ならすでに王宮に揃っています。
「わ、私はもう家庭教師の方々に教えていただいております」
「拒否権はない。これは決定事項だ」
彼女はそう言い切りました。横暴な物言いでしたが、不思議と反論できない説得力がありました。
その直後、衛兵たちが駆けつけてきました。当然のことです。ここは王城であり、未知の人物が侵入してきたのですから。
「何者だ!」
「不審者だ! 捕らえよ!」
剣を抜く兵士たちを前に、私は息を呑みました。
しかし彼女は眉一つ動かさず、
「邪魔立てするなら、容赦しない」
その瞬間、轟音とともに巨大な炎の壁が立ち上がりました。
兵士たちは慌てふためき、後退します。
彼女の放った魔法の威力は、圧倒的でした。
十二歳の私でさえ、その異常さがはっきりと分かるほどに。
「今のは、ただの警告よ。次は本気で燃やす」
凄まじい魔力と冷静な口調に、兵士たちは完全に威圧されました。
やがて国王陛下に報告が上がり、事態は収拾しましたが――父上は、この不可思議な訪問者を追い払うことなく、「監視下での滞在許可」を与えたのです。
こうして、私の運命の歯車は回り始めました。
翌日から始まった彼女の魔法授業は、衝撃の連続でした。
「古い魔法理論は複雑すぎる。本質は、もっとシンプルだ」
そう言いながら、彼女は指先ひとつで水球を生み出し、空中を自在に操ってみせました。それまで教師たちは、長い詠唱が必要だと教えていたというのに。
「この世界の人間は、魔法をイメージで使う。だが、私は違う」
そう言って、彼女は奇妙な文字――見たこともない魔法体系を私に教えてくれました。
それによって私は、複数の魔法を同時に操れるようになったのです。
彼女は次々と新しい技法を編み出し、その知識量と実践力は魔法学院の教授陣すら凌駕していました。
いつしか私は彼女を「先生」と慕うようになり、未来の知識を持つ彼女から学ぶ時間は、私にとって至福のひとときとなっていました。
――しかし、出会いの鮮烈さとは裏腹に、別れは唐突でした。
三年が経った、ある日のこと。
「もう十分だな。私の役割は終わった」
突然の宣告に、私は言葉を失いました。
彼女は微笑を湛えたまま、静かに続けます。
「お前には、まだまだ伸びしろがある。これからも努力を怠るなよ」
そして――
「この時代の『私』を頼む」
その言葉を最後に、彼女は再び天へと跳躍し、夜空の彼方へと消えていきました。
残された私は、彼女の真意を測りかねながらも、確かな使命感を胸に刻み、今日という日を迎えたのです。
クロエ――
未来のあなたが私に託した夢と希望。
そして、現在のあなたへの期待。
私はその想いを胸に秘め、あなたに会いに行きましょう。




