(25)平民少女は、不安の中で一歩を踏み出す
ルーナ・ブラッドリー
私、ルーナ・ブラッドリーは貧民街出身の平民だ。
だが魔法の才能を見出され、ブラッドリー男爵家に引き取られた。そして魔法学院に通うことになった。
正直、魔法学院に合格できるとは思っていなかった。
私が男爵家に迎え入れられたのは、あくまで魔法の才能を買われてのことだ。魔法使いとして結果を出せなければ、お屋敷に帰る顔がない。
だから必死に勉強した。
寝る間も惜しんで、わからないところは何度も読み返して――その結果、なんとか合格することができた。
合否以外の成績は公表されない。
けれど、手応えから考えて、決して良い成績ではなかったと思う。それでも合格できたことに安堵する一方で、これからどうすればいいのかという不安が、胸の奥に重くのしかかっていた。
男爵家の人たちは優しい。
夫妻も「よくやった」と褒めてくれた。
……でも、その期待が重い。
私なんかが貴族社会に馴染めるのだろうか。
日々の生活も戸惑うことばかりだ。
それでも、魔法使いとして強くならなければ――。
そう思うのに、私にできるのはせいぜい土属性魔法くらいで、威力も精度も、他の人と比べるまでもなく劣っていると感じている。
そんな折、芽吹き(ブライニス)クラスでの実戦訓練が発表された。
私が、実戦……?
不安に思う暇もなく、訓練参加メンバーに選ばれてしまった。
正直、まったく自信がない。
でも男爵様への恩返しのためにも、退学するわけにはいかない。
だからこうして実戦訓練に参加しているのだけれど……本当に来てよかったのだろうかと、後悔の気持ちが拭えなかった。
そもそも私は攻撃的な魔法が不得手だ。
得意なのは防御系の魔法。
土属性は防御系の魔法が多彩で、障害物を作ったり、相手の動きを阻害したりすることができる。
だが、この訓練は積極的に魔物を狩るものだ。
――仕留めなければならない。
ごくりと喉を鳴らし、周囲の茂みに注意を払いながら進む。
恐る恐る歩を進めた、その時――
カサッ。
「ひっ……!?」
反射的に杖を構える。
小さな影が、ぴょんと飛び出してきた。
額に橙色の小さな魔石が埋まった、ウサギのような生き物。
だが大きさは私の膝丈ほどもあり、口元には牙、鋭い爪、そして頭には角まで生えている。
……間違いなく、魔物だ。
震える手で、杖を強く握りしめる。
(落ち着け……魔法学院に入ったばかりだけど、基礎魔法は使える……)
そう自分に言い聞かせても、鼓動は一向に収まらない。
手も足も震えているのが、はっきりとわかる。
「土よ、我が意志に応えよ……穿つ力を与えん!!《ストーンバレット》!」
詠唱とともに、数個の岩礫が浮かび上がり、放たれる。
だが――外れた。
どれもコントロールが甘く、魔物に掠りもしない。
それどころか、魔物の跳躍の方が速い!
「あ、あわわ……!」
後ずさるが、もう遅い。
魔物が跳びかかってくる瞬間――反射的に杖を振る。
「土よ、我が敵を阻め! 堅牢なる盾となれ!!《アースウォール》!」
目の前に厚い土壁が隆起し、魔物の突進を受け止めた。
ドンッ。
鈍い衝撃に、壁が大きく揺れる。
怖くて目をつぶってしまうが……反撃しなければ。
「つ、土よ……我が意志に応えよ……穿つ力を……!《ストーンバレット》!」
今度こそ、正確に放たれた礫が魔物の胴体を捉えた。
「ギャウンッ!」
甲高い鳴き声とともに、魔物が弾き飛ばされる。
動きが一瞬、鈍った。
――今だ。
「大地に根付きし命よ! 我に仇なす者を縛り付けよ!!《アースバインド》!」
地面が盛り上がり、無数の土の触手が伸びる。
それらが魔物を絡め取り、宙吊りにした。
だが、これは時間稼ぎに過ぎない。
早く、仕留めなければ……!
「土よ、我が望む形に姿を変えよ……そして――貫け!!《ピアースソイル》!」
杖先から、螺旋状に捻れた杭が高速で射出される。
杭が魔物の腹部を貫いた瞬間、魔物はビクンと痙攣し――
数秒後、崩れるように倒れ、塵となって霧散した。
……終わった。
残された魔石を拾い上げ、ようやく安堵の息を吐く。
なんとかなった。
けれど、この森にいる魔物は弱いと聞いている。
それなのに、ここまで苦戦するなんて……。
(この調子で、訓練を乗り切れるの……?)
不安が、胸いっぱいに広がる。
(まだ一体目……もう、帰りたい……)
それでも、泣き言を言っていても仕方がない。
自分の頬を軽く叩き、気持ちを奮い立たせる。
杖を握り直し、次の魔物を探すため、再び歩き出した。




