(17)転生少女は、自己紹介で目立ってしまう
私が教室に着いたときには、すでに大半の新入生が席についていた。
教室を見渡すと、見知った顔もいくつかある。斜め前の席にはアリサさんの姿があり、こちらに気づくと小さく手を振ってくれた。
――知っている顔がいると、それだけで心強い。
教室内は緊張感に満ちていた。
新しい環境への期待と不安が入り混じった表情が、あちこちに見える。私も例外ではない。今世では初めての学校生活。それも異世界の魔法学院だ。未知の要素が多すぎて、緊張しない方が無理というものだ。
しばらくすると、教室の扉が開いた。
入ってきたのは一人の女性だった。
年齢は二十代後半といったところだろう。深い紫色の髪をきっちりとまとめ、蒼い瞳が凛とした光を宿している。長身で引き締まった体躯は、教師というより騎士を思わせる雰囲気だ。
彼女が一歩教室に足を踏み入れただけで、空気が引き締まるのを感じた。
「皆さん、初めまして。今年度、あなた方Aクラスの担任を務めます――メリッサ・アッシュフォードです」
澄んだ声が、教室全体に響き渡る。
教壇に立つと、生徒たちを一通り見渡してから、軽く息を整えた。
「まだまだ若輩者ですが、魔法理論の研究歴は十年以上あります。専門は古代魔法史ですが、他分野も修めています。疑問があれば、遠慮なく質問してください」
その声には、揺るぎない自信が込められていた。
実力に裏打ちされた自信――それがはっきりと伝わってくる。
「では、何か質問はありますか? 学業のことでも、個人的なことでも、答えられる範囲でお答えします」
そう促され、しばし沈黙が流れる。
やがて、一人の少年がおずおずと手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「あの……先生は、何属性なんですか?」
「私は火と風の二属性を扱えます。ウィッチですね」
そう言うと、両手に小さな火球と風の渦を同時に生み出してみせた。
「おお……!」
教室中から感嘆の声が上がる。
ウィッチに到達できる魔法使いは、熟練者の中でも一握りと聞いている。それを、この若さで――さすがは王立高等魔法学院の教師だ。
「ですが、魔法使いの目標が必ずしもウィッチである必要はありません」
メリッサ先生は淡々と、しかしはっきりと続ける。
「コモンでも優秀な魔法使いは数多くいます。重要なのは、自分の能力を理解し、それを最大限に引き出す努力をすることです」
その言葉に、教室の空気が再び引き締まる。
――確かに。
エンシェントだからといって最強とは限らない。希少属性を持っていても、それを使いこなせなければ意味がないのだ。
メリッサ先生は黒板に、チョークで一言だけ書いた。
『個性』
「属性の違いが、強さの決定要因ではありません。自分が使える魔法を、どこまで磨き上げられるか――それが大切なのです」
真剣な眼差しで生徒たちを見渡す。
私は小さく頷いた。エンシェントであることに胡坐をかくのではなく、それを活かす努力を怠らないこと。それが求められている。
「先生、質問があります!」
「はい、どうぞ」
今度はアリサさんが元気よく手を挙げた。
教室中の視線が、彼女に集まる。
「先生の好きな料理は何ですか?」
「……え?」
一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべるメリッサ先生。
しかしすぐに、くすりと笑った。
「突然ですね。好き嫌いはありませんが……強いて言うなら、魚料理でしょうか」
教室に和やかな拍手が広がる。
空気が一気に柔らいだ。隣の席の男子生徒も、思わずといった様子で笑みを浮かべている。
「今のような質問でも構いませんよ。他にありますか?」
「はい! 先生のご趣味は?」
「読書と、古代遺跡の探索ですね」
その瞬間だけ、メリッサ先生の表情が少し柔らいだ。
――考古学好き、なのかな。
「はい! 先生はもう結婚されてるんですか!?」
……教室が凍りついた。
メリッサ先生の眉が、ぴくりと動く。
質問した生徒は、明らかに“やってしまった”という顔で俯いた。
沈黙を破るように、先生は一度咳払いをする。
「……ごほん。まだ結婚はしていませんよ。誰か良い人がいたら、紹介してくださいね」
冗談めかした口調だったが――目が笑っていない。
その場にいた全員が、本能的に理解した。
――この話題は、地雷だ。
この世界では、女性は二十代前半で結婚するのが一般的だ。
早ければ十代で婚約が決まることも珍しくない。二十代後半となると、周囲からの視線も厳しくなるのだろう。
日本の感覚なら「結婚しなくてもいいじゃない」と思ってしまうが、この世界ではそうもいかない。
特に能力の高い女性ほど、血を残すことを期待される。
……先生、美人だし優秀そうなのに。
忙しすぎて出会いがないのだろうか。
――うん。
これ以上考えるのは、やめておこう。
その後もいくつか質問の時間が続き、メリッサ先生は淡々と、それでいて的確に答えていった。
専門分野についての質問には熱心に語り、個人的な話題には踏み込みすぎない――その距離感が心地いい。
「さて、質問タイムはここまでにしましょう。せっかくですから、皆さんにも自己紹介をしてもらいます」
そう言うと、メリッサ先生は黒板に「自己紹介」と書き、続けて項目を書き足していく。
――氏名
――得意属性
――趣味
――将来の目標
「一番前の席から、順番にお願いします。まずは名前からでいいですよ」
促され、生徒たちは緊張した面持ちで次々と立ち上がっていった。
最初の生徒はかなり緊張している様子で、声も少し震えている。それでも一生懸命に話す姿に、クラスメイトたちから温かい拍手が送られた。
そうして最前列から順に指名されていく。
アリサさんは、比較的早い順番で立ち上がった。
「アリサ・フォン・ヴィントシュタットです。火と水の二属性が使えます。趣味はダンスです。将来は、父の領地で領民を守れる魔法使いになりたいと思っています」
清楚な佇まいのままはっきりと挨拶するアリサさんに、メリッサ先生は満足そうに頷いた。
次に指名されたのは、彼女の隣に座る男子生徒。
入学式で新入生代表を務めていた、銀髪の少年だ。
「エイデン・フィンレイ。属性は水。趣味は読書と研究。目標は……ひとまず魔法学院を主席で卒業すること」
簡潔ながらも隙のない自己紹介。切れ長の目と落ち着いた話し方が、知的な印象を強く残す。
――うん。
実技ならともかく、学科では勝てる気がしないなぁ。
そして――ついに、私の順番が回ってきた。
うぇーん。
こういうの、本当に苦手だ。誰だ、私が目立ちたがり屋だとか言ってる未来の私は。絶対、別人だと思う。
「次の方、お願いします」
メリッサ先生に促され、私は深呼吸して立ち上がった。
「クロエ・エルヴェールです。火・水・土・風の四属性が使えます。趣味は……植物栽培と料理です。将来の目標は……禁書庫に入ること、です」
……言えた。
声は少し上ずったけれど、なんとか最後まで言えた。
教室内がざわつく。
でも、反応は意外にも悪くない。というか――微笑ましいものを見るような視線が多い。
……あ。
そっか。今の私は八歳で、背も低い。小さな女の子が一生懸命に自己紹介している、って見えてるんだ。
そう思うと、急に恥ずかしくなってくる。
いや、前世の年齢を足したら三十超えてるけど……それは考えない。考えないのが正解。
――あっ。そういえば雷属性も使えるようになったんだった。
いや、別に言わなくていいよね。自己紹介だし。
……それより、植物栽培って趣味でよかった?
野菜作りって、趣味じゃなくて生活だった気がするんだけど!?
――おおおおお……。
完全に脳内反省会に突入していると、先生の声が聞こえた。
「禁書庫、ですか……なかなか野心的な目標ですね」
意外そうな表情を浮かべながらも、メリッサ先生は優しく笑った。
その笑顔に、少し救われる。
周囲から向けられる視線も、好奇心混じりのものばかりだった。




