(12)転生少女は、相棒に名前をつける
商人は深々と頭を下げて退出した。
部屋には豪華な装飾品と、私たちだけが残される。
私はそっと窓の外へ視線を向けた。庭の噴水が夕陽に照らされ、金色に輝いている。
「クロエ、どう?」
フィオナお姉ちゃんが、優雅に問いかけてくる。
私は手のひらに乗せた銀の腕輪をじっと見つめた。腕輪はわずかに温もりを帯び、まるで生き物のように脈打っている気がする。
「すごく……いい感じ」
いい感じ。
うん、すごくいい感じだ。
今まで以上に、魔法が思い通りに扱えそうな気がする。
……お高いんだろうなぁ。
さすがに、プレゼントでもらった物の値段を聞くわけにもいかない。おそらくフィオナお姉ちゃん自身も正確な金額は知らないのだろう。このあとの交渉は侍従たちの仕事で、公爵家には専任の購買担当者がいて、契約や支払いの詳細を取り決めるらしい。
うーん。
お貴族様の買い物感覚、まったく分からん!
……まあ、気にしても仕方ないか。
私は手に入れたばかりの銀白色の杖を高く掲げる。
左手首の腕輪から魔力を抜き取ると、掲げた杖は淡く光り、そのまま腕輪の中へと収納された。
そして再び魔力を込めて――出す。
私は、買ってもらったおもちゃが嬉しくてはしゃぐ子どものように、何度も出し入れを繰り返した。
うん!
素晴らしい。素晴らしいぞぉ!
「それにしても、素敵な杖ね。名前はつけなくていいの?」
フィオナお姉ちゃんが、好奇心いっぱいの目で尋ねてくる。
名前……か。
「名前を与えられた杖は、持ち主との親和性がより高まると言われております」
セシアが補足する。
「へぇ、そうなんだ。みんな、どんな名前をつけてるんだろう」
「魔法の四大元素に由来する名前が多いですね」
「四大元素……?」
「火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノーム……それぞれ精霊を表す名です。他にも宝石や星の名前を与える方もおります」
私はふと思い出して聞いてみた。
「ちなみに、フィオナお姉ちゃんの杖には名前があるの?」
「私の杖?」
フィオナお姉ちゃんはふわりと微笑み、立ち上がると壁際に掛けられていた細長い物体を手に取った。
それは一般的な杖よりもはるかに長く、鋭利な印象を受ける。鈍い銀色の金属で覆われ、先端は槍の穂先のように尖っていた。中央には螺旋状の紋様、握りには複雑な魔力導線が走っている。
「この子の名前はミスティルテイン。雷を司る古い神様から取った名前よ」
へぇ……神様の名前か。
私は少し考え込む。
四属性に対応させるなら、四聖獣なんてどうだろう?朱雀、青龍、白虎、玄武……。
――ん?
ちょっと待って。
「でも、それだと単一属性寄りというか……そもそも私は全部の属性が使えるし」
セシアが、はっとしたように頷いた。
「確かに。クロエ様はエンシェント……すべての属性を扱えますからね」
すると、フィオナお姉ちゃんがぱっと顔を輝かせる。
「だったらね!アトムなんてどう?全ての元素を司るって意味だし!」
なるほど……確かに理屈は合っている。
……でも。
「アトム……かっこいいけど……ちょっと違うかも」
転生者の私としては、どうしても鉄腕の少年ロボットが脳裏をよぎってしまうのだ。
私が曖昧に首を振ると、今度はセシアが助け舟を出してくれた。
「未来のクロエ様は、杖を使っていらっしゃらなかったのですか?」
「そういえば、クロエ先生が杖を使ってるところ、見たことないわね」
未来……。
未来か……。
時間と空間、宇宙の秘密……。
そういえば、アカシックレコードという概念が――。
「……『アーカーシャ』なんてどうかな?」
一瞬の静寂のあと、
「おぉ……」
と、感嘆の声が上がった。
フィオナお姉ちゃんは、目をきらきらさせて尋ねてくる。
「アーカーシャ?どんな意味なの?」
「えーっと……たしか、宇宙の記録庫みたいな意味だったと思う」
「へぇ〜!クロエらしい、壮大な名前ね!」
私は改めて杖を手に取った。
名前を与えたことで、不思議と距離が縮まった気がする。銀白色の杖が、さっきよりも一段と輝いて見えた。
「よし。君は今日から――【アーカーシャ】ね」
そう語りかけると、名前を与えられた杖は応えるように、私の手の中で温かな存在感を放った。




