(11)転生少女は、相棒となる杖を選ぶ
「クロエ、試験お疲れさま。よく頑張ったわね」
入学式を無事に終え、数日が経ったある日の昼下がり。
フィオナお姉ちゃんはそう言って微笑みながら、ぎゅっと私に抱きついてきた。
試験終了から、すでに一週間ほどが過ぎている。
合格通知も無事に届き、ようやく本当に一息つけるようになったところだ。
「ありがとう、フィオナお姉ちゃん。おかげさまで合格できました」
「まあ、推薦枠だから合格自体は決まっていたけどね。でも、ちゃんと通知が届くまでは落ち着かないものよ」
そう言いながら、お姉ちゃんは優しく私の頭を撫でてくれる。
えへえへ。
撫でられるの、大好き。
中身は二十歳どころか、とっくに過ぎているのに――こういう時ばかりは、素直に子供に戻ってしまう。
「それでね。お祝いに、クロエちゃんへプレゼントを用意したの」
「え? プレゼントですか?」
思わず聞き返すと、フィオナお姉ちゃんは得意げに頷いた。
「そうよ。入学の記念に、杖を贈ろうと思って」
「杖!?」
「ええ。魔法使いにとって杖は、半身とも言える大切な道具でしょう? せっかくだもの、きちんとしたものを選んであげたいの」
そう言って、にっこりと微笑む。
魔法使いの必須アイテム――杖。
私なら杖がなくても……なんて野暮なことは、もちろん言わない。入学を機に、きちんとしたものを持とうと、すでにセシアにも相談していたところだった。
まさか、フィオナお姉ちゃんから贈ってもらえるなんて。
「すごい……! 本当にいいの?」
「もちろんよ。これから一生使うかもしれないものだもの。妥協はできないわ」
わあ、感激!
前世の記憶が刺激され、杖を手にする自分の姿が頭に浮かぶ。
やっぱり魔法使いといえば杖だよね。
「それじゃあ、行きましょうか。もう商人を呼んであるから」
「……え?」
今、なんて?
「商人を、呼んだ?」
「ええ。王都でも有名な魔道具商を公爵邸に招いたの。あなたに一番合う、最高の杖を選んでもらいたくて」
フィオナお姉ちゃんは、至極当然といった様子で言う。
うーん……。
これが貴族、というものなのだろうか。
お店に行くのではなく、商人の方から来てもらう――そんな発想、前世では一度もなかった。
まあ、私が庶民感覚すぎるだけかもしれないけれど。
ーーー
「ご用命ありがとうございます。ディプロマティック商会のマーチン・グリスウェルと申します」
恰幅のよい紳士が、畏まって深々と頭を下げた。
室内には二十を超える装飾箱が並び、その一つひとつに見事な杖が収められている。伝統的な木製のものはもちろん、光沢を放つ金属製のものまで、実に多彩だ。
「これは……豪華ですね」
思わず感嘆の声が漏れる。
フィオナお姉ちゃんは、どこからか取り出した扇を閉じながら「素晴らしい品揃えね。期待以上だわ」と満足そうに頷いた。
「ありがたきお言葉。魔道具貿易に携わる者として、心より感謝いたします。まずは古式ゆかしい伝統の品からご覧くださいませ」
マーチン氏が指し示したのは、一見すると質素なオーク材の杖だった。
しかし近づくと、年代物特有の風格と、行き届いた手入れが一目で分かる。
「こちらはエルフの森の老木から切り出した素材を、五十年以上熟成させた逸品でございます。持ち主の魔力を穏やかに増幅し、安定させる効果がございます」
そっと手に取ってみる。
予想よりずしりと重いが、不思議と手に馴染む。握り手には精巧な彫刻が施され、長い年月に磨かれた艶が美しい。
「素敵ですね……」
続いて、マーチン氏は銀製の杖を恭しく差し出した。
鏡のように輝く表面、柄に刻まれた緻密な魔法陣が目を引く。
「こちらは近年流行の金属製の杖です。魔力伝導性に優れ、特に攻撃魔法との相性が良好。ただし、繊細な制御には不向きとされています」
私はいくつもの杖を手に取り、想像を巡らせた。
木製杖は身体の一部のように自然に魔力が馴染み、金属製は電流のように鋭く反応する。
どちらが自分に合うのか……正直、迷ってしまう。
「あまり重いものだと、クロエには少し扱いづらいかもしれないわね」
隣でセシアがメモを取りながら補足する。
「とはいえ、近年は金属製の杖を使う学生も増えているそうよ」
フィオナお姉ちゃんは「どれも良いわね」と言いながら、セシアと意見を交わしている。
私は興味津々で次々と杖を試した。
魔力の流れ方がまるで違うのが面白い。
「お嬢様は、どのような魔法を得意とされているのでしょうか?」
マーチン氏が問いかける。
私が口を開くより早く、フィオナお姉ちゃんが身を乗り出した。
「聞いてちょうだい!妹はエンシェントなの!なんと四属性を使いこなす天才よ!」
「な、なんと……!」
商人の目が大きく見開かれる。
セシアが軽く咳払いし、
「ですので、属性に偏らないバランスの良い杖が望ましいかと。クロエ様でも扱いやすいものを」
と、冷静に補足した。
その時――
装飾箱の片隅に置かれた、銀色の腕輪が目に留まった。
大きな宝石が一つ嵌め込まれている以外は、驚くほどシンプルな造り。
全体が、淡く光を帯びているようにも見える。
「マーチンさん。この腕輪は何でしょう?」
そう尋ねると、彼は満面の笑みを浮かべた。
「お目が高い!実はそれも杖なのです。ぜひお試しください」
「え? 腕輪なのに?」
半信半疑で手に取る。
軽く、滑らかな質感。内側には見慣れない文字が刻まれている。
恐る恐る左腕に通すと――驚くほどぴったりと収まった。
「魔力を通してみてください」
言われるまま、魔力を流し込む。
……あれ? 思ったより多く必要?
じゃあ、もう少し――
ブゥン……
腕輪が微かに震え、淡い光を放つ。
次の瞬間、私の手には一本の杖が握られていた。
「わぁ……すごーい!」
思わず声が弾む。
私の背丈ほどの長さの銀白色の杖。丸みを帯びた握りはしっくりと手に馴染み、先端には美しい魔法陣が刻まれている。
「素晴らしい……!まさにクロエ様のために用意されたと言っても過言ではありません!」
マーチン氏は感極まった様子で拍手する。
私は腕輪と杖を見比べた。
「どういうことですか?」
「これは最新の魔道具でして。『収納腕輪』と呼ばれております。別の時空に物体を収納できるのです」
……別の時空?
い、いけない。
その単語を聞くと、どうしても過敏に反応してしまう。まさか未来の私が――いや、考えすぎだ。
「ただし、この腕輪……」
マーチン氏は声を潜める。
「通常の魔力では起動できません。最低でも上級魔法師並みの魔力が必要なのです」
なるほど。
画期的だけど、使い手を選ぶ道具というわけか。
「発動できれば、今ご覧の通り杖を収納し、必要な時に即座に取り出せます。戦闘時や緊急時に非常に有用でしょう。そして今お持ちなのが、この腕輪と対になる杖です。職人曰く、この腕輪を起動できる者こそが、持つにふさわしい存在だと」
銀色の杖が、私の手の中で静かに煌めく。
――まるで、私を主と認めているみたいだ。
「……うん! 私、これにする!」
思わず叫んでしまった。
フィオナお姉ちゃんは微笑み、迷いなく頷く。
「クロエが気に入ったのなら、それが一番ね。マーチンさん、こちらを頂きますわ」
「誠にありがとうございます!」
商人は深々と頭を下げた。
私は新しい杖をじっと見つめる。
これから長く付き合うことになる相棒――
そう直感できるほど、胸が高鳴っていた。




