ギルバート・ドンケルハイマー――規格外を見てしまった男
学院の門を出た瞬間、全身に纏わりつく不快な汗の感触を振り払うように、ギルバートは大きく首を振った。
「……畜生」
誰にも聞こえないほど低く、吐き捨てる。
筆記試験用の筆箱を強く握り締めながら、思考を巡らせた。
出来は悪くないはずだ。――いや、悪いわけがない。
まあいい。本番は実技なのだから。
そう自分に言い聞かせていた。
実際、最初の魔力量判定は満足のいく出来だった。水晶の中で揺らめく火炎を見たとき、胸の奥に確かな手応えを感じていた。あの時はまだ、“勝利”を疑ってなどいなかったのだ。
だが――
「――まさか、あんな奴が現れるとはな……」
思い出しただけで、喉の奥がざらつく。
クロエ・エルヴェール。
小柄で黒髪の少女。明らかに自分よりも幼い外見だった。
第一印象は単純だ。「弱そう」「小さい」――それだけ。
推薦枠だという噂も耳にしていた。「コネで入ろうとする連中には負けん」
そう、内心で軽く見下していた。
だが、魔力量判定の水晶玉に彼女が触れた瞬間――
「……嘘だろ」
光が、飽和した。
文字通り白濁し、限界を超えた魔力が溢れ出す。周囲の視線が一斉に集まり、胸の奥で何かが歪む音がした。
水晶玉越しに彼女を見据える。
無邪気な笑顔。まるで自分の力量を疑ってすらいないような、その表情が腹立たしかった。
――こんな、ガキが?
この時点では、まだ対抗心で済んでいた。
次は魔力球の生成試験。
こんなもの、誰がやっても大差はない――そう思っていた。
だが、またしても予想は裏切られる。
二属性――ウィッチが現れた時点で衝撃だったというのに、その直後、四属性――エンシェントが確認された。
四属性。
それは伝説の存在だ。
それが――あんな、ガキだと?
理解が追いつかず、困惑することしかできなかった。
そして、攻撃魔法の実技。
試験官は「命中すればいい」などと生温いことを言ったが――そういう場合は、壊しても構わないという意味だ。
そう解釈した俺は、得意の火炎槍を全力で放った。
二本は逸れたが、一本は確実に直撃させた。
――ちっ。三本とも当てていれば、破壊できたものを。
周囲が唖然とこちらを見ている。
ざまあみろ、と内心で嗤った、その瞬間だった。
クロエの番が来た。
杖すら持たず、ふらりと試験線に立つその姿を見て、嘲笑が込み上げた。
――次の瞬間、すべてが吹き飛んだ。
人差し指を向けた、その刹那。
空間そのものが歪むような圧が襲い、そして――光った。
ゴーレムを貫通し、その背後の壁までも粉砕。
崩れた壁の向こうに、青空が覗いていた。
あれはゴーレムだ。
しかも、試験用に強度を高められているはずのものだ。それを貫き、さらに壁まで破壊するなど――。
「……なんなんだ……あのガキ……」
声にならなかった。
喉が、張り付いたように動かない。
周囲も同じだった。
誰一人、言葉を発せず、ただ沈黙が支配していた。
あの瞬間、胸に湧き上がった感情は――敗北感ではない。
もっと根源的なもの。
本能が告げる、
――“畏れ”だった。




