(9)転生少女は、入学試験を物理的に終わらせる
そんな時、周囲の空気がピリッと引き締まった。どうやら次の課題が始まるようだ。
紫色の立派なローブを羽織った、人のよさそうな小太りのおじさんが前に出てくる。
「えー、次は初級魔法の試験を行う。前方にある目標に向かって、得意な魔法を使って当ててくれ」
指差された先を見ると、そこには三メートルほどのゴーレムらしき岩塊が鎮座していた。どうやらあれが標的らしい。
「破壊力を見るのが目的じゃないからね。当てるだけでいいよ」
そう言いながら、三十メートルほど離れた位置にラインが引かれる。
……当てるだけって言うけど、普通に考えてかなり飛ばさないと届かないよね?
受験生たちは何箇所かに散らばり、杖を構える。
あ。杖、持ってくるの忘れた。まあ、いいか。
「風よ、我が意思に応えよ。疾風となりて敵を切り裂け――《エア・エッジ》!」
先頭の受験生が叫ぶと同時に、杖から風の刃が放たれた。
狙いは正確でゴーレムの胸部に命中したが、傷がついた様子はない。
「よーし、次」
試験官の合図で、次々と魔法が放たれていく。
盛大に外したり、威力不足だったりする者もいるけれど、概ね成功しているようだ。
……やっぱり、この程度なら普通にできるみたい。
やがて、カイルくんの番が来た。
彼は深く息を吸い込む。細身の身体がわずかに震え、両手で握りしめた杖が汗でしっとりと濡れているのが見えた。相当プレッシャーを感じているらしい。
「水よ、我が意志に応えよ。穿つ力を与えん――《ウォーターブリット》」
杖先から水礫が勢いよく発射されたが、すぐに失速する。それでもなんとかゴーレムの足元に命中した。
カイルくんは、ほっとしたように肩の力を抜いた。
次いで、アリサさんが前に出る。
青白い肌は緊張でさらに蒼褪めているが、その瞳だけは決意に満ちて燃えていた。
長い金色の髪が陽光を反射し、どこか神々しさすら感じさせる。
「水よ、我が手の中に集い給え。刃となりて敵を切り裂け――《アクア・ラピッドソード》」
アリサの杖から鮮やかな青い光が溢れ、水滴が彼女の周囲を旋回し始める。
やがて研ぎ澄まされた水流が凝縮され、杖先で渦巻く透明な刃が、一本の光の糸のように伸びた。
「はっ!」
掛け声とともに放たれた水の刃は、音もなく一直線にゴーレムへと向かう。
あまりに速く、目で追えないほどだ。
――次の瞬間。
カンッ!
甲高い衝撃音とともに、魔法は霧散した。
初級攻撃魔法とは思えない精度だったけれど、ゴーレムには傷一つついていない。
……でも、すごい集中力。
アリサさんって、魔法を使う時だけ別人みたいに凛々しくなるんだね。
「流石はアリサだな。初級攻撃魔法で、あの速度と精度は恐れ入るよ」
「ありがとう、カイル。でも、まだまだよ」
そう言って、彼女はカイルくんの隣に戻っていく。
……二人とも仲良しだなぁ。
続いて、私はギルバートくんの様子を伺った。
あの厳つい体格からは想像できないほど、長くて細い杖を持っている。
杖には緻密な彫刻が施されており、相当な魔力増幅効果がありそうだ。
「俺様の力を見せつけてやるぜ」
野太い声で宣言すると、彼の杖を中心に熱気が渦巻き始める。
炎のような赤いオーラが全身から立ち昇り、鍛え上げられた筋肉が動くたびに揺らめいた。
「我が剛毅なる憤怒よ。業火となれ。万物を焼き尽くす力を、この手に――《フレイムランス》!」
呪文が完成した瞬間、地面がわずかに揺れた気がした。
彼の周囲に、成人男性の腕ほどもある炎の槍が三本出現し、回転しながら巨大化していく。
「行けぇっ!!」
咆哮とともに、三本の炎槍が一斉に射出された。
灼熱の軌跡を描き、ゴーレムへと殺到する。
ドカァン!!
ガシャァン!!
バキィイイン!!
轟音が連続して響き渡った。
しかし、命中したのは一本だけで、残り二本は的を外れて爆発する。
……まあ、あの威力なら仕方ないかな。
「ふん!」
ギルバートくんは得意げに鼻を鳴らした。
「あれ、中級攻撃魔法じゃない? 初級って言われてたのに……」
アリサさんが呆れたように呟く。
確かに、かなり大きな魔法だったけど……本人は気づいていないみたい。
……ん?
よく考えたら、私も初級とか中級とか、よく知らないや。
まあ、当てればいいんだよね。
「さて、最後はクロエ・エルヴェール嬢の番だね。殿下の推薦枠の実力、見せてもらおうかな」
試験官に促され、私は気づく。
……あれ? 最後?
いつの間にか、私だけ残っていたらしい。
「最後だし、壊しちゃっていいよ」
少し挑発するような言葉に、私はゴーレムを見る。
……壊していいと言われても、あれ、めちゃくちゃ堅そうなんだけど。
ゴーレムってことは土魔法?
土に対しては風が有効って聞いたけど、他の人の風魔法、あんまり効いてなかったし……
他の鉱物と混ぜてるとか?
うーん……わからん!
じゃあ、攻撃力が高い魔法といえば――火、だよね。
そう思って前に出ようとしたところで、アリサさんが袖を引っ張った。
「クロエ様、杖はどうされました?」
「ああ、忘れちゃって」
「えっ!? では、どうするんですの!?」
「大丈夫、大丈夫。平気平気」
「でも、杖がないと魔法効率が……」
忠告を聞きながら、私は目標を見据える。
あのサイズなら火球? でも大きすぎると威力が分散するし……。
――よし、決まり。
指定の位置に立つと、周囲から囁き声が聞こえてきた。
「ふん。あれが王太子殿下の推薦枠か」
「あの小さな娘が? できるわけないだろ」
「コネだな、きっと」
「おい、お前、前の試験見てなかったのかよ!」
……まあ、コネだと思われても仕方ないよね。
見た目が見た目だし。
私は人差し指の先に魔力を集め始める。
流れを意識し、圧縮するイメージを重ねると、掌ほどの火球が形を成した。
さらに圧縮。
もっと小さく。
もっと密に。
魔力を注ぎ込み続けると、火球は直径十センチほどまで収縮する。
……うん、こんなもんかな。
私は人差し指を、拳銃のように突き出した。
「炎よ!!――《超縮炎弾》!!」
ドンッ!!
衝撃波が走る。
指先から放たれた炎弾は一筋の光線となり、ゴーレムへと突き進んだ。
ギュインッ!!
接触した瞬間、閃光が走り、円盤状の穴が穿たれる。
まるで溶けた飴細工のように、直径三十センチほどの孔が一瞬で貫通していた。
周囲は、息を呑む音だけが支配する。
「……は?」
試験官も絶句している。
ふふーん、どうよ! あの堅そうなゴーレムを貫く炎弾!
威力は十分でしょ!
……あれ?
ちょっと、やりすぎた?
試験官は咳払いをし、苦々しい顔で口を開いた。
「あー……クロエ嬢。壊していいとは言いましたが……少々、やりすぎでは……」
そう言って、ゴーレムの後方を指差す。
そこには壁一面に穴が空き、その向こうに青空が見えていた。
「ご、ごめんなさぁぁぁい!!」
私の絶叫とともに、魔法学院の入学試験は幕を閉じたのだった。




