(8)転生少女は、四属性で試験官を黙らせる
次に案内されたのは、床一面に精緻な魔法陣が描かれた部屋だった。
そこに立っていたのは、試験官の老婆。
おそらく相当なお偉いさんなのだろう。格式の高そうなシルバーのローブを纏い、痩せこけた顔には深い皺が刻まれている。
「簡単な魔法発動テストだよ。属性の魔力球を出してもらおう」
魔力球?
何それ、と思った次の瞬間――。
老婆は手にしていた杖を、床にポンと軽く打ち付けた。
すると一瞬で、彼女の目の前に拳大の炎の塊が出現する。
……ああ、なるほど。
あれが魔力球か。それなら大丈夫だ。
「己の属性魔力を集中させ、拳大ほどの魔力球を生成せよ」
受験生たちは緊張した面持ちで、順番に魔法陣の中へ入っていく。
燃え盛る炎球。
静かに輝く水泡。
疾風を纏う風塊。
それぞれが自身の属性魔法で魔力球を生成していくが、形は実に様々だ。
歪んでいたり、棘が生えていたり、とても“球”とは言えないものも多い。
……魔力球にも個性が出るんだなぁ。
「拳大ほど」と指定されてはいるものの、実際には大きさもまちまちだ。
カイルくんは、歪んだピンポン玉ほどの魔力球を冷や汗をかきながら維持しているし、ギルバートくんに至っては――
直径五十センチはあろうかという、トゲトゲの超大型魔力球。
「ガハハハッ!」
豪快に笑う姿に、周囲がどよめく。
そんな中――
「おお……!」という感嘆の声が上がった。
視線の先には、一人の女子学生。
彼女は赤と青、二つの魔力球を同時に浮かべていた。
「おいおい、あの子……二属性持ちか?」
「ウィッチか……しかも火と水?」
「相克属性を同時に扱うとか、すげえな……」
周囲から感嘆の声が上がる。
二属性を使えるのは珍しい、って言ってたっけ。
確かに、二つの魔力球は拳大ほどの綺麗な球体を保っている。
ただ――同時使用のせいか、火球と水球の間が波打つように歪んでいる。
本人も、少し苦しそうだ。
「ああ、誰かと思えばアリサか。相変わらず凄いな」
近くにいたカイルくんが呟く。
アリサ・フォン・ヴィントシュタット。
カイルくんの隣家である、ヴィントシュタット辺境伯家の令嬢らしい。
縦ロールの金髪が印象的で、気品あふれる容姿。
相克属性の二属性持ちは希少なため、王家からも注目されているとか。
「まあ、アリサは昔から天才肌だからね。俺なんか、到底及ばないよ」
カイルくんは肩をすくめた。
無事に試験を終え、賞賛を浴びながら微笑んでいたアリサさんは、ふとこちらに視線を向け――
私とカイルくんが話しているのを見た瞬間、目を見開いた。
そして。
「カイル!! あなた何してるのよ!!」
「えっ、い、いや……」
「こんな時に他の女と仲良くして!!」
ズカズカと詰め寄るアリサさん。
カイルくんは完全にたじたじだ。
「べ、別に何もしてないよ! ただ話してただけで……」
「あなたが、こんな小さな子が好みだったなんて思わなかったわ!」
ぎゃんぎゃんと責め立てるアリサさんに、私はどうしていいかわからず成り行きを見守るしかなかった。
……なるほど。
なんとなく、二人の関係が見えてきた。
アリサさん、かなり独占欲が強い。
恋愛感情か、それ以上の執着かは分からないけど……相当だ。
「こ、こちらはクロエ・エルヴェール嬢だよ。ほら、あの……」
「エルヴェール? ええっ!? あの公爵家の……」
アリサさんの表情が一変する。
一瞬、驚きと動揺が浮かぶが、すぐに平静を取り戻した。
……さすが伯爵令嬢。切り替えが早い。
「失礼いたしました、クロエ様。
わたくし、アリサ・フォン・ヴィントシュタットと申します。どうぞお見知りおきを」
さっきまでの騒ぎが嘘のような、完璧な淑女ムーブ。
むしろ、こちらの方が戸惑ってしまう。
「えっと……私はクロエ・エルヴェールです。私のこと、ご存じで?」
「はい。ライゼル殿下のご推薦で入学される方がいると伺っておりますわ。
そのためにエルヴェール公爵家が養女としてお迎えした、と」
……なるほど。
貴族社会、情報の回りが早すぎる。
公爵家が養女を迎えるだけでも大事件なのに、王太子殿下の推薦付き。
これはもう、知られていない方がおかしい。
……下手なことはできないな。
「お待たせ。そっちの人も始めてくれるかい?」
「あっ、はい! すみません!」
試験官に促され、慌てて魔法陣の中心へ。
得意な属性……うーん。
特にないから、無難に四属性でいいかな。雷はまだ不安定だし。
私は軽く深呼吸し、右手を前に伸ばす。
人差し指を立てる。
ポゥ……
橙色の小さな魔力球。
火属性だ。少し小さいけど、私の手も小さいし問題ないだろう。
続いて、中指。
シュウゥ……
淡い水色の魔力球が現れる。
同じ大きさを維持するの、意外と難しい。
二属性同時使用は、バランス調整が必要だ。
「ちょ、ちょっと……何してるの……?」
「え……あの子、二属性……?」
後ろがざわつき始める。
気にせず、さらに薬指。
ブオォォ……
緑色の魔力球が風を伴って出現する。
風属性。これも拳大で制御。
「なあ……三属性同時じゃね?」
「三属性……ウイザード……?」
「二属性でも凄いのに……」
さらに騒がしくなる。
……まあ、殿下の推薦枠だし。
これくらいできないと申し訳ないよね。
最後に、小指。
ゴゴゴゴ……
地響きの錯覚。
茶褐色の魔力球――土属性。
四つの魔力球が、私の頭上をふわふわと漂っている。
……うん。
我ながら、いい出来。
「…………」
逆に、周囲が静まり返った。
沈黙の中、試験官の老婆がカッカッカッと笑いながら近づいてくる。
その目は、明らかに楽しそうだ。
「おやおや……やっぱりね。
あんたがクロエ嬢かい。未来のあんたには、ずいぶん世話になったよ」
「えっ? 知ってるんですか?」
「私だけじゃないさ。世話になった連中は、山ほどいる」
そう言って、彼女は私を値踏みするように眺める。
「それにしても……その歳でエンシェントとはね」
「エンシェント?」
「四属性以上を操れる魔術師の呼び名さ」
老婆は指を立てて説明する。
「単属性はコモン。
二属性はウィッチ。
三属性がウイザード。
だが四属性以上は――伝説級だ」
一拍置いて、にやりと笑う。
「敬意を込めて、エンシェントと呼ばれてるのさ」
「ほぇ……そうなんですか?」
老婆は肩をすくめた。
「未来のあんたと同じで、一般常識には疎いみたいだね。
火と水を同時に使ってたアリサはウィッチ。あの歳で大したもんさ」
なるほど。
ウィッチって俗称じゃなくて、分類名だったのか。
「ウイザードですら、この二十年は見ていない。
エンシェントに至っては、三百年ぶりだと言われてたんだ」
「……でも、単属性が普通って不思議ですけど」
「あんたにとっちゃな。凡才にとっては、一属性だけで数年かかるんだよ」
……やっぱり、私とこの世界の感覚はズレてる。
「まあいいさ。ほら、まだ試験は残ってる。行った行った」
追い払うように手を振られ、魔法陣を出る。
周囲の受験生たちは、完全にフリーズしていた。
ただ一人――例外はアリサさん。
「クロエ様! 本当に素晴らしいですわ!」
「い、いえ……そんな……」
「憧れます! わたくしも、もっと修行しなくては!」
純粋な尊敬の眼差し。
……この人とは、仲良くなれそうだ。
そこへ、カイルくんも追いついてきた。
「信じられないよ……アリサですら凄いのに……エンシェントなんて……」
でも、その表情に否定はない。
むしろ、尊敬すら感じる。
……よかった。
殿下の顔に泥を塗ることはなさそうだ。
「やれやれ、僕の推薦とはえらい違いだ」
「どういうことですか?」
自嘲気味に笑うカイルくん。
辺境では武力が重視され、自分は評価されにくいのだという。
それでも父親が期待してくれたから、推薦された――。
遠い目をする彼に、声をかけようとした瞬間。
「またそういう後ろ向きなことを言って!」
アリサさんが即座に叱った。
「あなたは頭が良いのよ。それを活かせばいいじゃない!」
「……アリサがそう言ってくれるなら」
苦笑しながら頷くカイルくん。
「わたくしは、いつでもあなたの味方ですわ。だから自信を持って!」
……はいはい。
これはもう、ほぼ答え合わせですね。
ふと視線を感じて振り返ると――
ギルバートくんが、困惑した表情でこちらを見ていた。
うん、その調子で。
どんどん困っててくれたまえ。




