(1)転生少女は、田舎で暮らす
私はどうやら転生者だったらしい。
それに気づいたのは五歳の時だった。急に前世の記憶が蘇ったのだ。
前世では中流家庭で育ち、学業の傍らパソコンとオタク趣味に明け暮れた女子学生だった。高校卒業後は専門学校を経て、中小企業の経理部で働いていたのだけど……死因までは思い出せない。
まあいい。いや、あんまり良くはないが、文句を言ってもしかたがない。
現在は「クロエ」という名の女の子だ。
この世界での私の見た目は、黒髪に黒い瞳。前世を彷彿とさせる特徴だ。ただし、それは五歳の少女の体に収まっている。
水鏡に映る自分を見るたびに戸惑ってしまう。柔らかそうな頬と丸い輪郭、大きな瞳はいかにも子供らしい愛らしさを湛えている。でも中身は二十代半ばの精神年齢なのだ。このギャップがなんとも言えない違和感を生む。
村の誰かに会うたびに、「なんて可愛いお嬢さん!」とか「天使みたいね」と言われるのだが、内心では「いやいや、中身は結構年いってるよ?」と思ってしまう。
両親は流行病で他界し、唯一頼れる祖母も最近亡くなった。遺産はないものの、祖母が遺した小さな家があるため、住む場所には困っていない。小さな子が一人で暮らすのは大変だろうと孤児院に入るよう勧められたが断った。中身は大人なのだ。今さら小さな子に交じって共同生活する気になんてなれなかった。
私には住める家がある。小さいながらも庭があり、畑仕事をすることに抵抗はなかった。それに――魔法があった。
私はすべての魔法属性を高水準で扱える特殊な才能を持っていたのだ。
ーーー
太陽がまだ山の稜線にかかっている早朝。私は布団を跳ね上げて起き上がった。窓を開けると、露に濡れた草木の香りが部屋いっぱいに広がる。
「ふー、今日もいい天気だね」
伸びを一つすると、魔法の杖代わりの短い木の枝を手に取り、少し大きめの壺の前に立つ。
「水よ《水》」
静かな呪文と共に、壺の底から勢いよく透明な水柱が噴き出す。通常なら井戸まで往復しなければならない労力を、わずか数十秒で終わらせてしまった。そのまま水柱を操り、洗い物の入った大きな桶へ水を注ぐ。
「ふふん♪ 風よ吹け《風》」
柔らかな風が布地を包み込み、舞い上がった洗濯物が空中で踊るように汚れを落としていく。最後に強めの風で叩けば、シワも伸びる。
「ふふふ、洗濯職人として生きていけるかもねー?」
洗濯職人なんて職業がこの世界にあるかは知らないけど。
ーーー
正午過ぎ。庭先の畑には日差しが燦々と降り注いでいる。私は麦わら帽子を目深に被り、土に指を突っ込んだ。
「地よ潤え《土》」
乾き気味だった畝に、豊かな水分と養分が巡っていくのが肌でわかる。さらに――
「微風《風》」
そっと風を送れば、熟したトマトのような果実が籠へポトリと落ちる。ついでに虫除け用のハーブに栄養を与えたり、伸びすぎたツタをまとめたりするのも、魔法でちょちょいのチョイだ。
「うーん、美味しい!」
試しに摘んだ赤い果実を齧ると、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。よしよし、今年も順調ね!
ーーー
夕刻。籠を片手に近所の湖畔へ。私は湖の淵にしゃがみ込み、右手を水面に浸した。冷たい感触が伝わる。
「固まれ、固まれー《水》」
水中に無数の小さな水球が生まれる。その中心に空気の泡を作り――
「弾けろ!!《水膨張》」
ズバァン!
一瞬で水球内の気体が膨張し、衝撃波が水中に拡散する。音波には殺傷力がないが、振動が魚たちの平衡感覚を狂わせる。
ザバザバッ!
魚群が白い腹を見せて浮上してきた。私はズボンを捲し上げ、膝まで湖に浸かる。十尾ほどの銀色の魚がピチピチと跳ねているのを、籠に入れていった。
「よしよし、今日はこれくらいでいいかな~」
私は嬉しそうに笑みを浮かべた。
ーーー
……とまあ、こんな感じで私は誰にも頼らず一人暮らしを続けている。
この辺りには魔物と呼ばれるファンタジー系のモンスターや、人を襲うような危険な獣が出ない。盗賊なんかも、こんな辺鄙な村にはやってこない。平和すぎて拍子抜けするほどだ。
余裕のある生活とまではいかないけれど……それでも前世での経験と知識、何より『魔法』のおかげでなんとかなっている。
この世界の人は多かれ少なかれ魔法が使える。しかし、自由自在に使いこなせる人は少ない。そして、その少ない人々を『魔法使い』と呼んでいるのだ。
周りを見ても、私ほど魔法を使いこなしている人はいない。きっと私は有能な魔法使いなのだ!
この魔法の力を示せば、それなりの報酬を得られる職に就くこともできるし、高い地位を得ることもできるだろう。しかし……。
前世では、何かに追われているような生活をしていた記憶がぼんやりとある。そのせいか、こんなゆっくり流れる時間の中を生きるのは非常に心地よい。私はなんとなく、自分が魔法使いであることを隠して生きてきたのだ。まあ、隠しきれていたかはわからないが……。
私は、せいぜい洗濯物を効率よく乾燥させればいい。
こんな生き方も悪くない。そう思いながら生活を続けること三年。
変化というのは、本当に突然やってくるものなのだ。




