003「そりゃ枕も濡らすって!」
「彼女の魔素核の機能が⋯⋯完全に停止しています」
「何っ?!」
魔法で俺の体を調べていた医者が青い顔をしながらそんなことを告げると、孤児院長が医者の言葉に呆然として固まっている。
え? 何? すんごい不安なんだけど!?
「ぜ、前例がほとんど無いですし、私も噂程度でしか聞いたことがありませんが、そもそも『魔素核喪失症』は少しずつ魔素核が小さくなっていき最後は完全に消失し命を落とすというものです」
「ああ、知ってる」
「ですが、奇跡的にこの病気から回復した者は『体内魔力が作れない体になってしまう』というのを聞いたことがあります。ですので、もしかしたらこの子も⋯⋯」
「なるほど。私もその噂は聞いたことがある。つまりそういうことなのだろうな。何と不憫な⋯⋯」
二人がそう言ってショックを受けているのかズーンと落ち込んでいる。
いやいや、当事者俺だから!
ていうか、魔力が作れないと死ぬの?!
ということで、俺は早速二人に問いただす。
「いや、そんなことはない。だが、体内で魔力が作れないということは魔法が使えないということになるんだぞ」
「え?」
は? それだけ?
いやいや、たしかに異世界に来て魔法が使えないってのはだいぶショックよ? ショックだけど⋯⋯でも死ぬわけじゃないんでしょ? だったら別に問題なくね?
「魔法が使えなくなるのは困るかもしれませんが、でも別に命が助かるのであればその程度問題ないですけど?」
「なっ!? き、君は本気で言っているのか?」
「はい。命が助かっただけ儲けもんでしょ」
「「「な⋯⋯!?」」」
孤児院長や医者、また犬耳少年までもが俺の言葉に呆気に取られていた。しかし、しばらくすると孤児院長が「フフ⋯⋯」と笑い出し、
「⋯⋯そうだな。君の言う通りだ」
「こ、孤児院長様っ?!」
孤児院長が俺の言葉に納得を示すと医者のじーさんに向かって、
「いいか、アナスタシアが魔力が作れない体になったことは他言無用だ。わかったな?」
と、鋭い眼光で詰める。
「は、ははぁー! 承知いたしました!」
医者じーさんは青い顔をしながら了承の意を示した。
「《《リッツ》》もだ。誰にも言っちゃダメだぞ。わかるな?」
「わ、わかりました!」
孤児院長が二人に口封じを命じました。
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「それでは私はこれで⋯⋯」
「うむ」
そう言って医者じーさんが帰ると、ちょうど外から夕暮れの光が漏れ入るのが見えた。もうすでに夕方になっていたらしい。
「アナスタシア」
「⋯⋯⋯⋯あ、はい!」
孤児院長が少女の名前を呼んだのだが、俺は一瞬それが自分のことだと気づくのが遅れてしまい返事が遅れた。
「⋯⋯どうした?」
「あ、いえ、別に⋯⋯」
「⋯⋯」
え? 何で孤児院長すんごい睨んでくるの? 返事が遅れたくらいでそんな睨むなよ。怖ーからやめて。
「とりあえず、2〜3日は安静にするように」
「わ、わかりました」
「リッツも明日からはいつもどおりにするように。くれぐれもアナスタシアが体内魔力が作れなくったことを他言しないように」
「は、はい!」
そう言って、二人が部屋から出ていった。
「ふ〜、何だったんだよ一体⋯⋯」
俺は言いしれぬ緊張感から解放されるとボスっとベッドに体を預けた。すんげー疲れた。
「それにしても、俺⋯⋯⋯⋯魔法使えないのか」
冷静になった俺は改めて自分の状況にショックを受ける。
そりゃ、そうだろ。あれだけ異世界転生を熱望して叶ったのに魔法が使えないんだから。
「でも、まー一番の夢だった『TS転生』という夢は叶った。そう考えれば別に魔法が使えないくらいどうってことないじゃないか! そこまで悲観する必要なんてない!」
俺はそう言って再度自分を奮い立たせる。
「それにまだ異世界あるあるの《《あの儀式》》も試していないし!」
そう、それは異世界転生あるあるの『チート能力』の確認である。
もしチート能力が備わっているのなら《《アレ》》で能力の確認ができるはずなのだ。
ということで早速試してみた。
「出でよ、ステータス!」
シーーン。
「ステータス、オープン! ステータス画面オープン! ステータス出てください!⋯⋯」
俺は3分ほど可能性のあるワードをいろいろ声に出したが、異世界あるあるの『ステータス画面』が出てくることはなかった。
「こ、これってチート能力は無いってこと? 嘘だろ?」
それからさらに何度も何度もステータス画面が出てきそうなワードを言いまくってみたのだが、結局ステータス画面が出てくることはなかった。
その夜——俺は枕を濡らした。
こうして、異世界にTS転生した俺の物語が始まった。
明日日曜日「8:00」「13:00」に投稿します。