壊さない耳
「ねえ、今日ね、空の端っこがほどけてるように見えたんだ。」
そう言ったとき、ミオは驚いたり笑ったりしなかった。ただうなずいて、コップの中の紅茶を少しだけ揺らした。
「それって、風が糸をほどいてるみたいな感じ?」
その返しに、私は胸の奥で、小さな灯りがともるのを感じた。
ミオはいつもそうだった。私の“変な話”も、“不思議な感覚”も、“見える気がする色”も、どれもそのまま、崩さず、壊さず、ただそっと聴いてくれた。
まるで、私という物語を読むように。
誰かに説明しようとするたびに、こぼれ落ちていった私の世界。だけど、ミオの前では、ひとつもこぼれなかった。
壊されない世界の中で、私はようやく自分自身でいられる。
だから、今日も私は話す。
「ねえ、あの木、昨日より音が高くなってた。」
ミオはまた、うなずいた。
「うん。夏の終わりって、木も少し切ない音になるよね。」
その言葉を聞いて、私はふっと笑った。
自分を失わずにいられるって、こういうことかもしれない。