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クレーム処理は健人にお任せ

転生したら、人間のままでゴリラ扱いされていました。


しかも、動物園で。


これは、異世界ハーレム転生を夢見た青年・植松健人(24)が、

なぜか人間の姿のまま、ゴリラ舎で飼育されているという理不尽すぎる人生の続きを描いた物語です。


言葉は通じない。

服も着られない。

檻の中では、ウホウホ唸るしかない――。


なのに心だけは、ちゃんと人間。

恋も、恥じらいも、プライドもある。


目の前にいるのは、真面目でちょっと天然な飼育員の佐々木あかり。

彼女の笑顔、優しさ、時おり見せる無防備さに、ゴリラのフリをしながらも、どんどん惹かれていく。


だが健人にとっての最大の壁は、

恋でも、檻でもなく――「どう見ても人間なのに誰にも気づかれない」という世界のバグそのものだった。


なぜ俺は、人間に見えているのに“ゴリラ”なのか?

なぜ佐々木は、俺にバナナを与えながら笑っているのか?

そしてなぜ、そんな彼女がますます愛おしく思えてしまうのか――?


これは、人間の姿でゴリラ扱いされた男の、

恋と尊厳とトイレとドラミングの物語。


それでは、はじまりはじまり。

ウホウホしいけど、きっとまっすぐなラブストーリー。

昼の開園直後。


 俺は獣舎の隅で、いつも通り寝転がっていた。

 今日も今日とて、ゴリラとして最重要任務――“寝る”を遂行していた。


「健人ー!」


 佐々木あかりの声が飛んでくる。


 嫌な予感がした。


「ウホ……(聞こえないふりしたい)」


 佐々木は勢いよく駆け込んできて、俺の目の前で手を叩いた。


「よし! 健人、今日はクレーム対応お願い!」


「ウホ……(お願いじゃなくて命令だろ)」


 俺はゆっくり起き上がって、佐々木を見た。


 無理だろ、という目をしたつもりだったが、俺の顔は基本“強そう”だ。


 佐々木はうんうん頷く。


「大丈夫! 健人ならできる!」


「ウホ……(根拠が無い時ほど元気だな)」


 佐々木は腰に手を当てて言った。


「私、今から餌の準備あるから! 売店前でお願いね!」


「ウホ……(置いていくな)」


 


 売店前。


 俺はなぜか、観光案内所みたいな位置に立っていた。


 佐々木はすぐ横で「えへへ」って顔をしてるだけで、仕事をする気がない。


「健人、頼んだよ!」


「ウホ……(頼まれても喋れないんだが)」


 その瞬間、さっそく第一波が来た。


 


「すみません! 案内板が分かりづらいんですけど!」


 怒り顔の男性が腕を組んでいる。


 佐々木が俺の背中をポンと押した。


「ほら健人、いける!」


「ウホ……(いけるわけないだろ)」


 俺はとりあえず、深く頭を下げた。


「ウホ」


 男性が一瞬固まる。


「……えっ」


 佐々木が横から補足する。


「今のは“申し訳ございません”です!」


「ウホ……(今決めたな)」


 男性は妙に納得した顔になる。


「あ、そうですよね…すみません、俺も言い方が…」


「ウホ……(謝らせるな)」


 佐々木が案内図を差し出して、男性は普通に去っていった。


 俺は心の中で思った。


(俺の謝罪、性能高くない?)

(いや、喋れないだけだが)


 


 次のクレーム。


 親子連れのお母さんが困り顔で近づいてきた。


「すみません…うちの子、ゴリラが怖いって泣いちゃって」


 子どもが俺を見て泣く。


「うわあああ!」


「ウホ……(傷つくわ)」


 佐々木が俺の耳元で囁いた。


「健人、“優しくして”」


「ウホ……(雑な指示だな)」


 俺はゆっくりしゃがみ、動きを小さくした。

 そして手のひらを見せる。


「ウホ」


 子どもが泣き止んだ。


「あれ…」


 逆に近づいてくる。


「おっきい…」


「ウホ……(そうだよ)」


 子どもが俺の指にちょん、と触れた。


「……あったかい!」


「ウホ……(それは多分気のせい)」


 お母さんが頭を下げる。


「ありがとうございます…!」


「ウホ……(いや俺何もしてない)」


 佐々木が横で小声で感動してる。


「健人、今の神対応……」


「ウホ……(神じゃなくて“動かなかっただけ”だ)」


 


 その時点で俺は思った。


 今日はイケる。

 俺、クレーム対応で食っていける。


 そう思った直後だった。


 佐々木がいきなり俺の肩を叩いた。


「次、難易度上げるよ!」


「ウホ……(上げなくていい)」


 


 第三波。


 今度は若い女性が眉をひそめて言った。


「すみません。トイレがちょっと臭くて…」


「ウホ……(それ俺に言うな)」


 佐々木が小声で言う。


「健人、ここは“共感”!」


「ウホ……(共感って何)」


 俺はゆっくり頷いた。


「ウホ」


「……そうですよね」


 女性が勝手に納得した。


「動物園だし…仕方ないですよね」


「ウホ……(え、俺の頷きってそんな万能なの?)」


 女性は去っていった。


 佐々木がうなずく。


「うんうん、完璧!」


「ウホ……(お前、俺の頷きで遊んでない?)」


 


 その次の客は、明らかに怒っていた。


 中年男性が眉間にシワを寄せて言う。


「ちょっと! 売店のたこ焼き、冷めてるんですけど!」


「ウホ……(急に食い物の怒りは強い)」


 佐々木が俺の横で小声で言った。


「健人、ここは“代替案”を出して!」


「ウホ……(代替案って何)」


 俺はたこ焼きを見た。

 冷めてる。確かに冷めてる。


 でも俺は喋れない。


 だから俺は――ゆっくりたこ焼きを指さしてから、売店の奥を指さした。


「ウホ」


 佐々木が即翻訳する。


「温め直します!」


「ウホ……(翻訳の精度が怖い)」


 男性は腕を組んだまま頷いた。


「頼みますよ」


「ウホ……(頼む相手俺じゃないんだが)」


 佐々木が慌てて売店に駆け込んでいった。


 俺は、たこ焼きの前で“謝罪ゴリラ”として待機していた。


 数分後、温め直されたたこ焼きが戻ってきて、男性は満足して帰った。


 佐々木が戻ってきて、満面の笑み。


「健人、最高のリーダー!」


「ウホ……(リーダーって何のリーダーだよ)」


 


 ここで終わればよかった。


 だが佐々木は、俺を終わらせない。


「次、もっと難しいやつ来るかも!」


「ウホ……(来るな)」


 


 第五波。


 カップルが来た。


 彼氏が言う。


「すみません、この動物園、デート向いてないっす」


「ウホ……(知らん)」


 彼女が言う。


「暑いし、歩くし、動物臭いし…」


「ウホ……(言い方)」


 佐々木が俺を見て、目をキラキラさせた。


「健人、ここは“空気変える”!」


「ウホ……(空気変えるって何)」


 俺は無言で二人の間に入った。

 そして、ゆっくり両腕を広げた。


「ウホ」


 二人が固まる。


「え、なに?」


 佐々木が勝手に言う。


「“二人の距離、近づけます”です!」


「ウホ……(言ってない)」


 俺の圧で二人がちょっと近づいた。


 彼女が小さく笑った。


「……なんか、元気出た」


 彼氏も苦笑する。


「……確かに、ちょっと面白い」


「ウホ……(面白いって言われるのが一番恥ずい)」


 カップルは何となく和解して去っていった。


 佐々木が感動して言う。


「健人、恋愛相談もできるね!」


「ウホ……(できない)」


 


 そして最後。


 ラスボスみたいなクレームが来た。


 年配の男性が、怒り顔で近づいてきた。


「君たち、どういう運営をしてるんだ!」


「ウホ……(本物来た)」


 男性は指をさす。


「さっきから見てたが、ゴリラにクレーム対応させてるじゃないか!」


「ウホ……(見てたんかい)」


 佐々木が慌てて言う。


「す、すみません、それは…!」


 俺はその場で固まった。


 これは言い返せない。

 そもそも返す言葉がない。


 男性はさらに言う。


「動物に、無理をさせるな!」


「ウホ……(正論すぎる)」


 佐々木が視線をそらす。


「……はい」


 俺はゆっくり頭を下げた。


「ウホ」


 男性は少しだけ怒りを落とした。


「……真面目にやってるのは分かった」


「ウホ……(なら許してくれ)」


 男性は最後に言った。


「でもな。やっぱりこれは、人間の仕事だろ」


「ウホ……(ほんとそれ)」


 男性は去っていった。


 


 その後。


 獣舎へ戻る道で、佐々木が申し訳なさそうに言った。


「健人、ごめんね。今日は全部任せちゃった」


「ウホ……(任せすぎだろ)」


「でも健人、めちゃくちゃ助かった!」


「ウホ……(助かったのはお前だ)」


 佐々木はにこっと笑った。


「じゃあ明日もお願い!」


「ウホ……(反省しろ)」


 俺はその場で座り込んだ。


 クレーム対応は終わらない。

 佐々木の無茶振りも終わらない。


 俺のメンタルだけが先に閉園していた。

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