佐々木が頭から離れないからとりあえず筋トレをしてみたら人気者になっていた件について
転生したら、人間のままでゴリラ扱いされていました。
しかも、動物園で。
これは、異世界ハーレム転生を夢見た青年・植松健人（24）が、
なぜか人間の姿のまま、ゴリラ舎で飼育されているという理不尽すぎる人生の続きを描いた物語です。
言葉は通じない。
服も着られない。
檻の中では、ウホウホ唸るしかない――。
なのに心だけは、ちゃんと人間。
恋も、恥じらいも、プライドもある。
目の前にいるのは、真面目でちょっと天然な飼育員の佐々木あかり。
彼女の笑顔、優しさ、時おり見せる無防備さに、ゴリラのフリをしながらも、どんどん惹かれていく。
だが健人にとっての最大の壁は、
恋でも、檻でもなく――「どう見ても人間なのに誰にも気づかれない」という世界のバグそのものだった。
なぜ俺は、人間に見えているのに“ゴリラ”なのか？
なぜ佐々木は、俺にバナナを与えながら笑っているのか？
そしてなぜ、そんな彼女がますます愛おしく思えてしまうのか――？
これは、人間の姿でゴリラ扱いされた男の、
恋と尊厳とトイレとドラミングの物語。
それでは、はじまりはじまり。
ウホウホしいけど、きっとまっすぐなラブストーリー。
俺の名前は植松健人。24歳。筋肉と共に生きてきた。
見た目は人間。でも、神様のミスで転生先が異世界ではなく動物園。
しかも姿は人間のままなのに、なぜか周囲にはゴリラとして認識されてしまっている。
中身：日本人男性 見た目：人間 扱い：ゴリラ
そんな生活が始まって数日が経った。
……にも関わらず、頭の中が落ち着かない。
原因は明白だ。
「……佐々木さん……」
飼育員の佐々木あかり。
俺にだけ、ほんの少し「人間らしさ」を感じてくれた飼育員。
昨日、俺のためにバナナを剥いてくれた彼女の手つきが、脳内でスローモーションになって離れない。
（いや違うだろ、俺は筋肉とともに生きてきたんだぞ。女のことでこんなに悩むなんて――）
気を紛らわせようと、俺は檻の中でとりあえず筋トレを始めた。
握力強化のための石握り。
肩回りの筋肉を鍛えるためのうんてい逆行。
床でのプッシュアップ、片足スクワット、木の枝を利用した懸垂――
「ウホ…ウホッ…ッホッ！！」（訳：よし、効いてきた！！）
汗が流れる。筋肉が震える。呼吸が熱い。
ふと、檻の外で何やらざわついていることに気づいた。
「見てママ！ ゴリラさんめっちゃマッチョー！！」
「人間みたいな腕立てしてるー！」
「あれ、もしかして俺より筋トレしてる……」
いや、人間だし。人間がやってんのよ。
しかし騒ぎは止まらず、ついには園内アナウンスが鳴った。
「本日14時より、『知性と筋肉を併せ持つゴリラ・ケントくん』のライブパフォーマンスがあります！」
──誰がそんな設定を勝手に盛った。
けれど、すでに人だかりはできはじめ、カメラを構えた来園者たちがスタンバイしていた。
（……これも“異世界”か……）
そう思いながら、俺はいつものように黙々と懸垂を始める。
そのときだった。
檻の奥に、視線を感じた。
そっと振り返ると、佐々木あかりがいた。
メモ帳を片手に、真剣な目でこちらを見ている。
──ただの飼育員の観察にしては、視線が妙に鋭い。
「やっぱり変……普通のゴリラなら、あんな筋トレ、教えない限りできるわけない。
……それに、昨日もそうだった。私の目を、ちゃんと“人間の目”で見てた……気がする」
彼女はそう呟くと、なぜか頬をほんの少しだけ赤くした。
その表情に、俺の心臓が一瞬だけ強く跳ねた気がした。
（待て……今のは、“ときめき”か？ いや、ないない。俺、檻の中なんだが？）
だが、佐々木の視線は今まで見てきた誰よりも、まっすぐで温かかった。
「なんで……あの目、忘れられないんだろ……」
彼女もまた、困惑していた。
“ゴリラ”に対して抱くには、おかしな感情だということを、本人もよくわかっていた。
でも、抑えきれない。
（もしかして……このゴリラ、本当は……）
そのとき俺は――笑ってしまった。
初めてこの世界で、自分の筋肉が誰かの心に届いた気がして。
「ウホ……（訳：筋肉は裏切らない）」
──夜。
静まり返った檻の中で、俺は窓ガラスに映る自分を見ていた。
筋肉パンパンで汗だく、目をキラキラさせながらポージングをキメるゴリラ（※見た目は人間）。
「これ……もしかして俺、筋肉アイドルみたいになってね……？」
そう思って見つめ直すと、映った自分が口角をグイッと引き上げて「ニヤリ」と笑っていた。
……完全に、テレビの“芸するチンパンジー”と同じ顔だった。
「うおおおおおおおおおおおお！？！？！？」
「違う！！ 違うから！！ 俺はゴリラじゃないんだってばああああ！！！」
夜の動物園に、叫び声がむなしく響いた。
でもその夜、佐々木あかりもまた、
帰りのバスの中でずっと考えていた。
「あのゴリラ……いや、あの人。……やっぱりおかしいよね……
それにしても、あの背中、なんか……やたらかっこよかった……なにあれ……」
胸に手を当てる彼女の頬は、ほんのり赤かった。
