会議に緊張感が走るのは上司がいる時だけ
転生したら、人間のままでゴリラ扱いされていました。
しかも、動物園で。
これは、異世界ハーレム転生を夢見た青年・植松健人(24)が、
なぜか人間の姿のまま、ゴリラ舎で飼育されているという理不尽すぎる人生の続きを描いた物語です。
言葉は通じない。
服も着られない。
檻の中では、ウホウホ唸るしかない――。
なのに心だけは、ちゃんと人間。
恋も、恥じらいも、プライドもある。
目の前にいるのは、真面目でちょっと天然な飼育員の佐々木あかり。
彼女の笑顔、優しさ、時おり見せる無防備さに、ゴリラのフリをしながらも、どんどん惹かれていく。
だが健人にとっての最大の壁は、
恋でも、檻でもなく――「どう見ても人間なのに誰にも気づかれない」という世界のバグそのものだった。
なぜ俺は、人間に見えているのに“ゴリラ”なのか?
なぜ佐々木は、俺にバナナを与えながら笑っているのか?
そしてなぜ、そんな彼女がますます愛おしく思えてしまうのか――?
これは、人間の姿でゴリラ扱いされた男の、
恋と尊厳とトイレとドラミングの物語。
それでは、はじまりはじまり。
ウホウホしいけど、きっとまっすぐなラブストーリー。
その日、俺は獣舎で寝転がっていた。
「健人、あとで会議あるからね」
飼育員の佐々木あかりが、いつもの作業着姿で言った。
「ウホ……(また会議かよ)」
「新しいグッズの打ち合わせ。試作品も見せるって」
「ウホ……(試作品の段階で何回集まるんだよ)」
佐々木はさらっと言い残して、仕事に戻っていった。
数十分後。
俺は会議室の一番奥に座っていた。
長机、資料、ホワイトボード。
机の上には布をかぶせた試作品がいくつも並んでいる。
「ウホ……(なんで俺が参加してる前提なんだ)」
議長が咳払いをする。
「えー、本日は“健人グッズ”の方向性を固める会議です」
そこへ扉が開き、濃いメイクの男が入ってきた。
黒いロングコート。
艶々の髪。
香水。
そして、やけに堂々とした歩き方。
園長――おけけだった。
「ウホ……(今日も顔がうるさいな)」
園長は席に座るなり、机を指先で軽く叩いた。
「続けて」
議長が緊張したまま頷く。
「はい……健人グッズは現在、試作品段階でして」
布が一枚外される。
白紙のカード。
『健人を見たあとの気持ちを書くカード』
「ウホ……(それグッズじゃなくて宿題だろ)」
次の布。
透明袋。
『健人が通ったあとの空気(三歩分)』
「ウホ……(空気を商品にする勇気だけは認める)」
次の布。
タイマー。
『健人の考え中を再現(五分間)』
押しても何も起きない。
「ウホ……(気まずさの再現度だけ高い)」
議長が言った。
「このあたりが候補になります」
園長は無言で試作品を眺め、ふっと鼻で笑った。
「……違うな」
会議室が静まり返る。
俺は心の中で頷いた。
(さすが園長。わかってる)
(こんなもん、これで売ろうとしてる方がどうかしてる)
議長が恐る恐る聞く。
「園長、どの点が……?」
園長は淡々と言う。
「売れない。というより――“弱い”」
「ウホ……(言い方はキツいけど正論)」
議長がメモを取る。
「弱い……なるほど……!」
「ウホ……(なるほどじゃねえよ)」
園長が続けた。
「健人は悪くない。方向が違う」
「ウホ……(お、フォロー入った)」
園長はゆっくり視線を動かす。
そして、その視線が佐々木に止まった。
「佐々木が可愛い」
「……えっ」
佐々木が固まる。
会議室も固まる。
俺の頭の中だけが叫んだ。
「ウホ……(やめろ)」
園長は続けた。
「だから佐々木のグッズを出そう」
「ウホ……(やっぱり違うわ)」
議長の目が一瞬で輝いた。
「た、確かに……! 飼育員グッズは新規層に刺さります!」
「ウホ……(園長の評価、そこ!?)」
スタッフたちもざわつき始める。
「佐々木さんのアクスタ……」
「缶バッジ……」
「作業着ミニチャーム……」
「ウホ……(現実的に売れそうなのが腹立つ)」
佐々木が慌てて手を振る。
「ちょっと待ってください! 私、別に――!」
園長が平然と言う。
「困ってるのも可愛い」
「ウホ……(この人ほんとに園長か?)」
議長が確認する。
「園長、具体案は……?」
園長は迷いなく言った。
「“佐々木の『よしよし』音声”」
「ウホ……(殺す気か)」
「“佐々木の笑顔ポストカード”」
「ウホ……(普通に売れる)」
「“佐々木が名札を直す瞬間の写真”」
「ウホ……(どの瞬間だよ)」
スタッフの誰かが呟く。
「……尊い」
「ウホ……(尊いって言葉を安売りするな)」
議長がホワイトボードに書き足す。
『佐々木グッズ案:
・よしよし音声
・笑顔ポストカード
・名札直し写真』
俺の前にあるのはこれ。
『健人グッズ案:
・空気
・無音
・宿題』
「ウホ……(格差)」
園長が満足そうに立ち上がる。
「決まりだ。佐々木グッズ、企画スタート」
拍手が起きる。
佐々木はまだ止めようとしている。
「ちょっと待ってくださいってば!」
園長は扉の前で振り返り、さらっと言った。
「照れてるのも可愛い」
「ウホ……(園長、頼むから仕事してくれ)」
扉が閉まった。
会議室に残った全員が、なぜか満足そうな顔をしている。
俺だけが満足していない。
獣舎に戻った俺は床に座り込んだ。
「ウホ……(まだ何も売ってないのに、もう俺の負けみたいになってるの納得いかねえ)」
遠くから園内放送が聞こえた。
「新商品企画、進行中です」
「ウホ……(進めるな)」
動物園は今日も平和だ。
俺の心以外は。




