俺、まだ人間だったよな……?
朝のゴリラ舎に、妙にリッチな気配が漂っていた。
健人(心の声)
《……なんか、空気が違う。いや、湿気とかじゃない。もっとこう、ラグジュアリーな……って、なんだよラグジュアリーな空気って。》
飼育員B「佐々木さん……来ちゃいましたよ……あの方が……」
佐々木「え、嘘でしょ!? まさか――」
???「おや、ここが……例の“芸術的反省ポーズ”が見られるという噂の檻かい?」
その声とともに、奥の搬入口からゆっくりと現れたのは――
黒光りする毛並み、気品漂う歩き方、
なぜか胸元にスカーフを巻いたゴリラだった。
佐々木「……ジャクソンさん」
健人「“さん”付け!?」
ジャクソンは静かに、しかし堂々と中庭へ足を踏み入れる。
毛並みはサラサラ、胸の筋肉にはムダがなく、指先は甘皮まで整っている。
健人(心の声)
《なにこのゴリラ……美意識高すぎない!? 美容雑誌とか読んでるタイプ!?》
ジャクソン「紹介が遅れたね。私はジャクソン。以前はこの園の“主”を務めていた者さ」
健人「“主”って……なに、ゴリラ界にも城制度あるの!?」
ジャクソン「聞けば、ここに“反省ポーズで人々の心を打った新星”がいるとか。
……お手並み、拝見しようか」
そう言って、ジャクソンはまるでオペラの幕開けのように、
ゆったりと両手を広げた。
朝の餌やり時間。
俺がいつものように、バナナをワイルドにむいて食べようとしたそのとき――
「ウホ……胃に優しい香りは、朝食の必須条件だ」
そう言って、ジャクソンはお香を焚きながら朝食を始めた。
テーブル、椅子、金縁の皿、ナイフとフォーク。
そして、ナチュラルに姿勢がいい。
健人「いや全部どこから持ってきたァァァ!!?」
観客「高貴……」「ゴリラってあんな優雅なんだ……」
違うぞ。ゴリラはそうじゃないんだ……!
⸻
◆昼:サイン事件再び
女子高生「ジャクソンく〜ん♡ サインして〜!」
ジャクソン「To マナ♡ 夢にバナナを。ウホ」
→サイン色紙に筆ペンで一筆。流れるような筆致。
健人「色紙も筆ペンもどっからァァアア!!!?」
佐々木「……すごいよね〜。ほんとに賢いゴリラなんだなぁ」
健人「ウホ……(俺の存在が地味になっていくウホ……)」
⸻
◆午後:入浴タイム
今日もジャクソンはバケツ風呂。
バラの花びらが浮かび、ローズの香りがほんのりただよう。
さらに今日はアヒルのおもちゃがぷかぷか浮いていた。
健人「誰だァァ! どこで仕入れてんだアヒル!」
佐々木「……あれ、来園者の差し入れらしいよ? “癒されてください”って」
健人「合法だったのかよ!! じゃあ俺だけ不審者だったじゃん!!」
⸻
◆そして俺は決意した。
健人「ウホォッ!!(見せてやるウホ!!)」
【健人 presents:これがホンモノのゴリラだ!】
① 水たまりにダイブ
② 泥を全身に塗りたくる
③ 背中に草を乗せてカムフラージュ
④ 地面を転げ回りながらドラミング
⑤ 「ウホホホホホホホホォォォ!!!」と魂の咆哮!
観客「うわあああ本物っぽい!!」「NHKのドキュメンタリー!?」
佐々木「……すごい。ケンちゃん、今日は特に“ゴリラ”だったね……」
健人「……ふっ。これが……“野生”だウホ……」
──そして俺は、ふと我に返る。
健人「……ってなんで俺がゴリラやってんだあああああああああああ!!!!」
檻に響く俺の叫び。
アヒルのおもちゃが、ぷかっと沈んだ。
佐々木「……ケンちゃん? 最近、ストレス溜まってる?」




