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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

はずれスキル『にゃんにゃんテイマー』

作者: 但馬いぬ

 ここは剣と魔法の世界。


 

 私の名はブリーダ・ゴージャスローズ。

 名門騎士であるゴージャスローズ家の娘だ。


 天才剣士と名高い私は、今日も優雅に剣の稽古に励んでいる。

 ワインレッドの髪をなびかせて。


 ガキィィン!!


「うわっ!」


 私の鋭い剣の一閃が、弟の剣を跳ね飛ばした。

 カランカランと乾いた音を立て、弟の剣は地にころがる。

 そして私は剣の切っ先を弟の喉元へと突きつけ……


「また私の勝ちね、ミケル」


 決めの一言を放つ。



 いつもの稽古、いつもの景色。

 私と弟は、今日も屋敷の庭で模擬戦をおこなっていた。


「少しは腕を上げたようだけれど、まだまだ脇が甘いわね」


「クソッ! 姉上の強さはバケモノかよ!」


「なんとでも言いなさい。でも次期当主の座は私がいただくわ」


 これも、いつものやりとり。



 武勇こそを誇りとする我がゴージャスローズ家では、何よりも強さが求められる。

 そして類まれな剣才を持ち、次期当主に相応しいとまことしやかに噂されるのは、弟ではなくこの私だった。


 私ブリーダと弟ミケルは双子である。

 しかし、顔こそは似ているふたりだが、その才能は違った。


 私ブリーダは父をも超える剣の才能をこの腕に秘め、めきめきと実力を上げては数々の剣闘大会で優勝を果たし、誰もがその強さを認めている。

 のみならず、見目麗しい容姿も兼ね備え、貴族としての所作や品格までもバッチリ修めている私は社交界においても注目の的だ。

 母譲りのワインレッドの髪がお気に入りで、長く伸ばし、猫ちゃんの飾りがついたヘアゴムで束ねたその髪を戦闘中に美しく揺らすたび、周囲から感嘆の声が聞こえることが最近の楽しみだ。

 もう自信しかない。


 対して弟ミケルは容姿こそは姉から見ても悪くはないと思うのだが、武の才能には乏しい。

 努力をしているのはわかるのだけど、短気な性格ゆえか粗が多く、どうにも結果が伴わない。

 加えて最近では生意気盛り。

 何かにつけて私に対抗意識を燃やしては、赤いショートマッシュの髪を振り乱して張り合おうとしてくる。


 気位の高い所は、猫ちゃんみたいで嫌いじゃないけどね。



「だがいい気になるなよ、姉上」


「あらあら。まだそんな口を叩く元気があるのなら、次はもっと本気で打ち据えてあげようかしら」


「くっ……。忘れていないだろうな、明日に控える『スキル授与の儀』を」


「『スキル授与の儀』……?」



 そうだった。

 明日は私と弟ミケルが16歳の誕生日を迎える日。

 そして16歳の成人となる私たちは、『スキル授与の儀』を受けられる資格を得るのだ。


 『スキル授与の儀』とは、教会で行われる特別な儀式である。

 この国では教会に多額の寄付を払うことで、『スキル授与の儀』を受けられる。

 一生に一度だけ、神様から特別な能力(スキル)を授かることができる儀式だ。


 それは例えば、『魔法使い』ならば、魔力が大幅に向上し。

 『ドラゴンテイマー』ならば、ドラゴンを使役(テイム)する才能をその身に宿し。

 『勇者』ならばこの世の悪をせん滅し、時代を動かす英雄となる。


 成人するまでは何の才能にも恵まれなかった者が、与えられた能力(スキル)によって見る見るうちに成り上がり、ひとかどの人物になったという話も無数にあるという。


 だがどんな能力(スキル)を授かるのかは、その時になるまでわからない。

 時には役に立たない、はずれスキルを授かることもあるらしいが――



「いいかよく聞け姉上。能力(スキル)は儀式を受けた人間の深層意識に眠る強い願いや、その人間性に根差したものが与えられると聞く。オレは今の時点じゃ姉上の実力に及ばないが、ゴージャスローズ家の当主を継ぐという志の強さなら負けていないはずだ。きっと、当主に相応しい強力な能力(スキル)が得られるはずだぜ」


 それは一理ある。

 負けん気の強いミケルの心は確かに強い。

 彼が強力な能力(スキル)を得られる公算は確かに高いと言えるだろう。


 だがそれは私とて同じこと。

 実力で負けているから心では勝てるかもなどと思われるのは心外だ。

 日ごろの努力の積み重ねに裏打ちされた私の強さに隙など無い。

 それをミケルに思い知らせてあげなくては。


「それは楽しみね。ではお手並み拝見といこうかしら」




 そして次の日。

 ここは、教会。

 

 私とミケルは『スキル授与の儀』を受けるため、その大広間に立っていた。

 名門ゴージャスローズ家の子が儀式を受けると聞き、多くの野次馬が詰めかけ、荘厳な教会は今や祭りのように賑やかだ。

 その喧噪の中で、私たちのお父様が激励の言葉をくれた。


「ブリーダよ。ミケルよ。この父の子であるお前たちならば、さぞ強力な能力(スキル)を賜ることはもはや間違いない。自信を持って、しっかりな」


「お任せください、お父様」


 父の言葉は、並の神経の持ち主ならばプレッシャーとなり得るかもしれないが、自信しかない私には心強い後押しとなる。


「もちろんです父上! きっと姉上よりも強力な能力(スキル)を授かってみせますよ!」


 弟も気合十分といったところ。

 あくまで私に対抗意識を剥き出しにしているところは可愛くないが、やる気があるのはまあいいことだ。



「儀式の準備が整いました。どちらから受けられますかな」


 やがて教会の神父様があらわれ、儀式の準備ができたことが私たちに伝えられた。

 それを受けて、弟が迅速に反応する。


「オレです! オレからやらせてください!」


 大きな声で名乗りをあげるミケル。


 こうして、いよいよ『スキル授与の儀』が始まった。



 ミケルは神父様の前にひざまずき、祈るように手を合わせ、目を閉じた。

 そして神父様が言う。


「おお、全てをつかさどる偉大なる神よ! この者ミケル・ゴージャスローズにその御力の一端を授けたまえ!」


 祈るミケル。

 その頭上に、神父様の言葉に応えるように、美しくも神秘的な光が差した。

 光はミケルを包み込み、彼の身体に新たな力を宿す。


 いったいどんな能力(スキル)を授かるのだろう……。

 私も、父も、野次馬たちも、固唾を飲んでミケルを見守った。



「ドゥルルルルル……ドゥン!! 出ました、授与された能力(スキル)は……『剣聖』です!!」


 剣聖――!?


「ウオオオオオオ!!」


 野次馬たちが一斉に歓声を上げた。


 すごい! 剣聖だって。

 剣士でも剣豪でもない、伝説のレアスキルと名高い剣聖。


「その効果は……剣のパワーがかなり上昇します!!」


 付け足すように効果を説明する神父様。


「ウオオオオオオー!!」


 冷めやらぬ歓声。

 ミケルも呆然としていたが、やがて我に返ると喜びの思いを口にした。


「剣聖……ハハハ、剣聖だって! やった……やったぞ! ハハハハー!」


 見る見るうちに満面の笑みとなるミケル。

 きっと、彼の努力と志が報われたのである。

 神様はミケルのがんばりをちゃんと見ていたのだ。


「やりましたよ父上! 見たか、姉上ー! オレは……オレは……!」


 感極まって涙声になってしまうミケル。

 泣き出すほど嬉しいとは。

 自信満々の言葉とは裏腹に、本当は不安だったに違いない。


 私は思わずミケルに駆け寄り、抱きしめてあげた。


「あ、姉上」


「よかったわね、ミケル。あなたはすごいわ、本当に」


「姉上、姉上ぇ……」


 ふだんは生意気なミケルも、こうなると可愛い弟だ。

 彼は当主の座へとグッと近づき、私は窮地に立たされたのかもしれないが、弟の喜びはすなわち姉の喜びなのである。



「でかしたぞ、ミケルよ! それでこそゴージャスローズ家の子よ」


「はい、父上!」


 泣き止んだミケルは嬉しそうに父に褒められている。

 今やその目には自信が満ち溢れ、きらきらと輝いているようだ。

 今日の儀式を最高の形で終えられて、感無量といった所だろう。



 さて私も弟のことばかり気にかけていられない。

 次はいよいよ私の番だ。

 私は神父様の方へと向き直る。



「では次に、ブリーダ・ゴージャスローズの儀式を執り行います」


「よろしくお願いいたしますわ、神父様」


 弟に父、そして野次馬が見守る中、いよいよ私の『スキル授与の儀』が始まった。


 私もまたひざまずき、祈るように手を合わせる。

 いざこうして自分の番になるとさすがに緊張するが、今はただ自分を信じるのみだ。

 人事はいつだって尽くしている。

 天命はきっと私に色よく応えてくれるはずだ。


「全てをつかさどる偉大なる神よ! この者ブリーダ・ゴージャスローズにその御力の一端を授けたまえー!」


 神父様が先ほどと同じ台詞を言うと、やはり天井から一筋の光が降り注いだ。


 さあ来い。

 どんな能力(スキル)が与えられるだろうか。

 ああドキドキする。

 やっぱりすこし不安になってきた。


「はずれスキル引け! はずれスキル引け!」


 ミケルの声が聞こえる。

 うるさい。

 おまえそんなこと言うならさっきの私の抱擁かえせ。


 やがて、体の中に温かい何かが灯った。

 私に、新たな力が与えられたのだ。

 とても大きな、強い力を感じる。

 なんだろう。


 ミケルが剣聖なら、私は剣神まであるかもしれない。

 いや聖騎士かも。

 ひょっとしたら、勇者なんてことも――?



「ドゥルルルルル……ドゥン!! 出ました、授与された能力(スキル)は……『にゃんにゃんテイマー』です!!」


「……………………は?」


 にゃんにゃんテイマー。


 ……………え?


「その効果は……猫ちゃんを使役(テイム)できます!!」


「いや……………え?」



 教会は静寂に包まれた。

 聞き間違いでなければ、神父はにゃんにゃんテイマーと言った。

 猫ちゃんを使役(テイム)できるとも。


 およそ戦闘に役立つ能力(スキル)とは思えない。

 これはまさか……うわさに聞く、はずれスキルというやつなのでは。

 私はあまりの衝撃に声も出ない。

 父も、野次馬も、驚きのあまりに静まり返っている。



「プププ……」


 最初に静寂を破ったのは、弟ミケルだった。


「ギャハーッハッハッハッハ!!」


 爆笑を始めるミケル。

 私は愕然とした。


「にゃ、『にゃんにゃんテイマー』だって!! ワハハハー!! は、は、はずれスキルじゃないですか姉上!! プププー!!」


「え……え……」


「猫ちゃんを使役(テイム)できるとは! いやなんともお可愛い能力(スキル)ですなあ! ドハハハハ!! 名門騎士家の当主になろうという者が、ねえ父上! ククク……ヒィーッ! ヒィーッ!」


「お、お父様……」


 私はすがるように父の顔を見た。

 だが……


「ウ、ウム。騎士家の次期当主となるには、『にゃんにゃんテイマー』はあまりにも……ププッ! いやたしかに、敵に舐められてしまうかもしれんのう! プススーッ! グワーッハハハハ!!」


 つられて爆笑してしまうお父様。

 それを皮切りに、野次馬たちまでもが一斉に笑い声を上げた。


「ドワハーハハハハハ!!」

「ギャーハハハッハハ!!」

「ブリーダ様可愛いー!!」

「フヒャハハハハハーーー!!」


 そこは地獄だった。

 四方八方から浴びせられる嘲笑。


「あの……えと……私」


 私は顔から火が出そうなほどの羞恥心に、耳まで真っ赤になった。

 はずかしい。

 くやしい。

 目頭が熱くなり、視界はにじんだ涙でゆがむ。

 顔は熱いのに、頭からは血の気が引いたようにクラクラする。


 だがもう能力(スキル)は確定してしまったのだ。

 取り返しはつかない。

 この仕打ちに、私はただ黙って耐える事しかできない……。


「ウヒャハーハハハ! 姉上は『にゃんにゃんテイマー』でどんな騎士団を率いようというのか!」


 ミケル……!


「こうなれば家のことはオレに任せて、姉上はご自身で騎士団を編成してはどうです? 猫ちゃん騎士団をな! ギャハハハハー!!」


 ミケル、おまえ……!


 そうだ、こいつが最初に笑い始めたから。

 だからみんながつられて、この私を笑いものにしているんだ。


 許さない……。


 私の羞恥心は、しだいに怒りへと変わっていった。


「アハハハハ! ヒャーハハハハ!」


 馬鹿みたいに爆笑を続けるミケルの元へ、私はつかつかと歩み寄った。

 そして。



「ウハハハハ……ぐわあっ!」


 そのニヤけた顔面に、ガツンと鉄拳をぶちこんだ。


 よろけるミケル。

 ピタリと笑い声を止める野次馬たち。


「き、急になにをするんだ姉上!」


 なにやら怒っているようだが、私は弟の胸ぐらをグイとつかむと、その鼻づらへ今度は頭突きを叩き込んだ。


 ゴチンッ!!


「ぐはあっ!!」


 ふたたびよろけるミケル。

 その胸ぐらをもう一度両手で掴み、私は言った。


「にゃんにゃんと言え」


「は……はあ?」


「にゃんにゃんと言え」


 いまだ冷めやらぬ顔の火照りに耐え。

 涙をこらえ。

 私は掴んだ襟をを力いっぱい絞めた。


「うぐぐぐ……く、苦しい。やめろ、姉上」


「早くにゃんにゃんと言え」


 私を衆目の面前で辱めたミケル。

 私はおまえを決して許さない。

 おまえも道づれだ。

 おまえにもはずかしい思いをしてもらう。


「くそっ、やる気か姉上! だが今のオレは剣聖に」


 剣のさやにかけようとするミケルの手には、手刀を見舞った。


 ビシッ!


「痛い!」


「にゃんにゃんと言え」


「待て、姉上、わかった、オレが悪かった! 確かにすこしからかい過ぎた、謝るからこの手を放してくれ」


 懇願する弟だが、私は聞く耳を持たなかった。

 襟首を締めたまま、私はミケルの腹に膝蹴りをくらわせた。


 ドボッ!


「ごぼおっ!!」


「にゃんにゃんと言え」


「わ、わかった、言う、言うから」


「早く言え」


「にゃ……にゃん、にゃん……」


 たどたどしく猫ちゃんのまねをするミケル。

 だがこんなことでは全然足りない。


「もっと可愛く言え」


「にゃん……にゃん……!」


「もっと媚びるように言え」


「いい加減にしろ姉上! こんなことをさせて、いったい……」


 ボゴオッ!


 生意気にも口答えするミケルのみぞおちに腹パンを見舞った。


「がはあっ……あぐ……」


「猫ちゃん語で言え」


「わかった、わかったから……もう許してくれ……だにゃん」


「もっと可愛く言え」


 私はミケルの襟首をさらに締め上げる。


「ゆ、許して、ほしいんだ、にゃん! にゃん!」


「もっと猫ちゃんになりきって言え」


「オ、オレは、猫ちゃんだにゃん!」


「オレじゃなくてボクって言え」


「ボ、ボクは猫ちゃんだにゃん! 許して、ほしいんだ、にゃん!」


「もっと媚びるように言え」


「ね、猫ちゃんのボクを、ゆるして、ほしいんだにゃん! にゃおーん!」



 静寂に包まれた教会に、ミケルの鳴き声がこだまする。


 見ろ。

 みんなが絶句しているぞ。

 おまえの痴態に、どん引きしているんだ。

 どうだ思い知ったか。



 その時だった。

 私の脳裏に天啓が降りてきた。

 悪魔的なひらめきが……。



「『使役(テイム)』」


「ふぎゃあああああああ!!」


 私は授かったばかりの能力(スキル)を行使した。

 するとミケルの身体が淡い光に包まれる。

 

 自分自身を猫ちゃんであると認めたミケルは、私の使役(テイム)の支配下に収まったのだ。



 こうして、私は『にゃんにゃんテイマー』の威力を皆に知らしめることができた……。





 あれから一か月が過ぎた。


 ここは、ゴージャスローズ家にある当主の部屋。

 当主となった私は、豪華な椅子に腰かけて今日も優雅に政務に励んでいる。


「当主。発注していた揃いのネコミミ兜が届きましたにゃん」


「ご苦労様。とてもいい子ね、お父様」


 今になって私は思う。

 この世には、はずれスキルなどない。

 それがたとえ、夢や目標にとって無関係な特技や嗜好と見えたとしても、それは工夫ひとつで大きな強みとして活かせるものだ。


 だからみんなにも知ってほしい。

 もしあなたに、これぞという特技や趣味があるのなら。

 それが夢や目標と無関係に見えても、捨てたり忘れたりせず、大切にしてほしい。

 それはきっと、いつかあなたを輝かせる、あなただけの宝物だから――。



「にゃおーん。ゴロゴロゴロ……」


 足元で喉を鳴らす弟の頭を、私はそっと撫でた。

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