Sid.80 第一部終章 帰還後のご褒美
デシリアを前に抱え階段を下り地面に足を付けると、床が全て砂状になってるみたいだ。
「元々か?」
「砂漠みたい」
「たぶんアプリスティアのせいだと思う」
土に含まれる成分の多くを食らった、と推測されると言うデシリアだ。
残されたのはシルトと言う微細粒子。珪酸ガラスの微粉末だけが残ってるようで。
「これだと元に戻るまでに相当時間が掛かりそうだ」
復元能力を持つのがラビリントではあっても、珪酸ガラスのみにまでなると、元の状態に至るには一週間は掛かるのではと。その間は階層主も発生しないだろうと予測されるそうで。
何でも欲する強欲さゆえの存在だからこそ、なのかもしれない。
召喚されるのって、とんでもない存在ばっかりだ。
「四十六階層の階段は見ておこう」
転移魔法陣を設置する必要もあることから、広大な砂漠になった空間を移動する。移動して分かったのは広さがドーム球場六個分くらい。それが全部モンスターだったとか、もはや人智を超えた存在だと思う。それを倒してしまう召喚される存在も大概だけど。
そそり立つ壁に穴が開いていて、そこから四十六階層へ通じるようだ。中に入ると見慣れた空間になっていて、広間があって休息できるのだろう。
その先に下層階へ通じる階段があった。
「よし。少し離れた場所に魔法陣を設置する」
四十階層で設置したものと同じ手順で、転移魔法陣を設置すると食事をすることに。
荷物を下ろし食料と飲料を取り出し、全員に渡すとやっと寛いだ感じになる。
俺の隣にはしな垂れてくるデシリアが居て「腕が重いから食べさせて」なんて言ってるし。
それはいいんだけど、周りの目が。
「今夜やるのか?」
「しないから」
「遠慮しなくていいぞ」
「記念になるだろ」
記念も何も、こんな場所でなんてあり得ないというデシリアだな。俺も勘弁して欲しいと思うし落ち着けないし。どうすればいいかも分からない。これで失敗したら呆れられたりとか。それも嫌だな。
食事が済むと各々寛ぐけど、やっぱり床は冷たくて。
「イグナーツの膝の上に座りたいな」
「えっと」
「お尻が冷たいんだよね」
「あの」
胡坐を掻いた脚の上にデシリアが腰を下ろし、背中を俺に預けてくるし。軽いから負担にはならないけど、それでもなんか感触が伝わってくるんだよ。
周りの大人たちは笑顔だ。なんかいやらしい笑顔を見せてる。
「デシリアに積極性が出てきたのは良いことだな」
「そうね。今まで奥手すぎて心配してたから」
「別に積極的とかじゃないし」
「今さら否定しなくてもいいだろ。全員が公認の仲だ」
あとは無事に繋がれば、なんて言ってるし。恥ずかしいから突っ込んだ会話はしないで欲しい。
デシリアも「無いから」なんて言ってしまう。照れもあるんだろうな。本心からそう言ってるわけじゃないって今なら分かる気もする。
「そろそろ明日に備えて休むとしよう」
モルテンの言葉で寝袋を出し各自に渡す。
で、やっぱりデシリアが俺の寝袋に潜り込んで来る。
「あの、きついんだけど」
「いいから」
「デシリアさんはそれで寝られるの?」
「イグナーツを感じられて安眠できるよ」
俺が犠牲になればいいのか。デシリアの安眠のために。地上に戻る際に召喚を最低でも三回は使うだろうから。相当な負担になっただろうし、しっかり休んで欲しいって気持ちもある。俺は寝不足になるけど。
結局しっかり密着した状態。
俺の方を向くと押し付けられる二つの物体。
「イグナーツ、顔赤いよ」
「デシリアさんも」
「だって」
恥ずかしいなら入らなければ、と思わなくもない。でも気持ちを高めたいってのもあると思う。黒魔法を行使すれば感情を失う。完全に失う前に高めていれば、影響を少なくできるんだろう。
俺もデシリアの感情は失って欲しくないし。
もぞもぞ動くデシリアが居て、その度に柔い感触が伝わってきて。
「あ、なんか」
「ごめん」
「いいってば」
聖人君子や賢者にはなれない。もう暴れて仕方ない状態だし。
こうして悶々としながら一夜を過ごし、目覚めるとあろうことか俺の手は、デシリアの柔い物体に宛がわれていた。思わず指先に軽く力が篭もって感触がヤバい。慌てて手を離そうとしても狭すぎて自由が利かないし。
そして目覚めたデシリアと目が合う。
「積極的だね」
微笑みながら小声でぼそっと口にしてる。嫌がる感じはないし、むしろ歓迎してるような。思い違いかもしれないけど。
「起きようか」
そう言って寝袋から這い出る感じだけど、やっぱりきついから胸元が盛大にはだける。そしてしっかり目に焼き付く物体二つ。なんかわざとやってそうな。でも気持ち的には嬉しかったりするわけで。内心歓喜する自分が居るから。
「帰ったらだからね」
ここではこれ以上は無いのは理解してるし人目もあるから。
ただ、デシリアが出る際に、こっちにも刺激が来てヤバかった。
全員が起きると食事を済ませ、地上目指して移動を開始する。
戻る際に階層主の空間を見ると、やはり何も復元されていないようだ。
「元に戻るまでに相当時間が掛かりそうだ」
とは言え、他の探索者ではここまで来られないだろうと。だから根こそぎ消滅しても問題は無いと考えるようで。
四十一階層から下の攻略は不可能だから。デシリアが召喚する存在があって攻略が可能になる。一般的な召喚士の召喚する存在では、フロア全体に及ぶ相手に成す術も無いだろう。
帰還すべく三百段を超える階段を上り、来た時と同様に対処しながら地上を目指す。
四十階層では置いてきた装備品を手にし、厄介な三十九階層から三十六階層を進む。何でも溶解させるモンスターが居るから。
結局、三十五階層に到達する頃には、用意していた木製の盾は破損して、ただの木切れになっていた。
「予備があった方がいいかもしれん」
「嵩張りはしますが軽いので持ってきます」
「悪いな。負担ばかり増やして」
「いえ。これが仕事なので」
帰りは極めて順調に進む。聖法術も遠慮なく使うヘンリケが居て、攻略の難易度が大幅に下がったから。
二十階層より上はモルテンとアルヴィンの二人で、楽に進むことができるからだ。
デシリアの召喚は三回使っただけ。でも召喚した存在は「エクミデニシ」と「アペルビシア」と「スコタディ」と呼ぶもの。
「エクミデニシは殲滅でアペルビシアは絶望」
殲滅は文字通りの意味でモンスターが消えるし、絶望は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。木に擬態したモンスターが逃げ惑い、全てが枯れ木の如く精気を抜かれた感じで霧散していたし。
そして「スコタディはね暗黒」だそうで。漆黒の空間を生み出し全てを飲み込んだ。光すら逃さないブラックホールみたいな。
「いろいろ試せたから良かった」
「そう?」
傍迷惑な存在ではあるが、その圧倒的な強さと言うか恐怖は、他の追随を許さないものだし。数とか大きさとか一切関係無いってのも。
「あの、結局召喚した存在って」
「分かんないけど、この世のものじゃないのは確かだと思う」
召喚した本人も分からない存在。
調べようにも存在を留めておくと、被害が広がるだけだから研究もできない。
地上に戻ると守衛が「今回はどこまで潜ったんだ?」なんて聞いてくる。
「四十五階層だな」
「じゃあ記録更新か。さすがだな」
一旦、ホームに戻ると三日間の休暇となった。
モルテンは家族の下に向かう前にギルドへ報告に行くそうだ。アルヴィンは愛人たちの下へ。ヴェイセルも今回は知人の下へ行くらしい。
ヘンリケはどうするのか。
「実家に帰るから、二人はホームで留守番してくれる?」
三日間あるから二人きりで楽しめばいい、と言ってホームをあとにしたようで。
残ったデシリアと顔を見合わせる。
「イグナーツ。あのね」
「えっと、無理はしなくていいから」
「無理じゃないんだけど」
妙な期待からか心臓が飛び出そうな。
「お風呂入ってくるね」
「あ、うん」
落ち着けないけど、変に期待し過ぎても。
ご褒美とやらは本当にあるのかどうか。
そして……。
―― 第一部完 ――
中途半端ではありますが、これで第一部は完結となります。
ここまでお付き合い頂いた方には感謝とお礼を。
第二部に関しては申し訳ありませんが一切予定がありません。
有り体に言えばエタったとなりますが、そこはご容赦くださいませ。
以上、お付き合い頂きありがとうございました。