Sid.70 やっと四十階層の攻略へ
いろいろ考えることはあるけど、今居る場所はラビリント内だから、目の前に現れるモンスターに集中すべきだろう。ひとりの油断がみんなの危機を招くから。
順調に三十五階層まで進み一旦休憩を取ることに。
剣の状態を確認し、肩口に固定していた木製シールドを左手に装備するモルテン。同じくシールドを装備するアルヴィン。
ヘンリケとデシリアも左手に持つけど、構えても提げても重そうだ。
ヴェイセルは機関銃を使うから両手が塞がってしまう。肩口に括り付けたまま。俺も同じく肩口に括り付けたままで。
腕に装着すると銃を撃つ際に邪魔になるし。
「ヴェイセルとかイグナーツは、手に持つことができないね」
「拳銃なら片手で扱えるけど」
「まあ機関銃はな、片手で扱える代物じゃない」
「やっぱりあたしが守らないと」
それで怪我をされても困るし、黒魔法を使われると感情が。だから自分の身は自分で守ることを徹底する。どっちみち深い階層で自らを守れないと、足手纏いになるだろうから。
少しの休憩を取ると、いよいよ三十六階層へ。
目の保護のために全員がゴーグルを装備する。ガラス製だからアルカリ性の溶解液だと、長くは持たないだろう。濁りやすいし。でも視力を奪われるのが一番怖い。
「さて、やっとリベンジを果たせるが、盾やゴーグルはあくまで一時凌ぎだ」
飛沫を浴びずに済ませることを第一義、として臨めと。
準備ができると階段を下り三十六階層へ足を踏み入れた。周囲への警戒を怠ることなくアルヴィンが、率先して気配を探り指示を出してくる。
体液が溶解液の粘体モンスターばかりの、三十六階層から三十九階層。
三十六階層では近付かれる前に倒し先へ進み、三十七階層では溶解液のトゲを飛ばす奴と遭遇。前回かなり怪我を負わされた相手だ。
「しっかり避けろよ」
「イグナーツはあたしが守るから」
「あの、デシリアさんは自分の身を」
「重くて動きが鈍ってるでしょ」
自力で防御できない以上は、誰かを頼って欲しいと言われた。
銃撃が始まるとトゲも飛んできて、盾で防御する面々だけど動きの鈍い俺だ。結局デシリアに守られることに。
それでデシリアが怪我したら意味無いんだけど。俺なら多少は耐えられる。デシリアは女子なんだから、肌に妙な傷を負わせたくない。そうは思っても体は思うように動かないし。ジレンマだ。
「イグナーツ、怪我は?」
「デシリアさんが守ってくれたから。でもデシリアさんはトゲを」
「大したことないから」
「駄目。トゲを浴びたところを出して」
ヘンリケに言われ背を向け服を捲るデシリアだ。トゲを浴びても表皮だけなら問題はない。でも溶解液は徐々に皮膚組織を浸食して行く。放置すれば穴が開くし命取りになるから手当てが必須なようだ。
水で洗い流し治療術で傷を塞ぐ。水を掛ける際に「つめたっ」なんて言って、体が少しビクッと反応してた。
服を戻し俺の方に振り向くと「見たかった?」なんて笑顔で言ってるし。
「じゃあ次はイグナーツ君に見せながらね」
「冗談なんだけど」
「いいじゃないの。勿体付けずに披露しなさいよ」
「しないから」
細身の割に豊かだから俺が興奮して、手元が狂いかねないとか言ってるよ。やっぱり豊かなんだ。
「いざと言う時に狼狽えないように、しっかり味わわせてあげれば?」
「だから、しないから」
ここを攻略したら、の約束だもんね。俺もそれを守るよ。期待しながら。
そして三十七階層をクリアし三十八階層もクリアした。
「ここからは俺がイグナーツを守る」
「あたしが居るよ」
「デシリアは休め。自分を守ることに注力しろ」
モルテンに言われて不満そうだけど、怪我されると俺も嫌だし。モルテンなら上手く避けるだろうし、守ることもできると思う。他の人とは動きの良さで一線を画してる。
それに服に小さな穴が開いてて白い肌が見えてるし。場所によってはヤバいでしょ。
三十九階層に足を踏み入れると、早速天井からの歓迎があり、攻撃すると飛沫が飛び捲る。飛沫を盾で受けるみんなが居て、俺の前にも盾が出現する。いや、モルテンがカバーしてくれてるわけで。
自分と俺の両方を同時に守るだけの動きの良さ。さすがはベテラン探索者だ。
デシリアの場合は俺を守ると自分が疎かになるし。
「大丈夫か?」
「はい。見事なカバーで無傷です」
「あたしだってできるのに」
「イグナーツの側がいいのは分かるが、自分が飛沫を浴びたら意味が無い」
当然だと思う。メンバーにとって俺を大切な仲間、と認識しているならば、デシリアはもっと大切な仲間だから。いざと言う時の頼り甲斐は圧倒的だと思うし。
このパーティーの切り札でもあるだろうから。
盾があることで攻略の難易度は大幅に下がった。
銃撃で簡単に崩れ去る粘体モンスター。厄介だったのは銃撃すると、溶解液の飛沫を撒き散らすことだったわけで。それさえ防げれば難なく先へと進める。
小さな飛沫がゴーグルに少し付着してたけど、この程度ならガラスを破損させるに至らない。多少の濁りは出てしまうけど。
そして三十九階層をクリアし、いよいよ階層主の居る四十階層へ。
「いよいよ階層主の部屋だ」
三十六階層から三十九階層まで、ひたすら溶解液との格闘になった。階層主も同じ属性のモンスターであろう、と言うことで攻撃の主体は俺とヴェイセルになる。
「あたしがやりたい」
「いや。この程度の場所で召喚だの黒魔法は過剰だ」
デシリアの申し出は退けられた。まあでも召喚は本当に過剰だと思う。あれはもっと深層の手に負えない階層主相手に相応しいと思うし。黒魔法はリスクが高すぎるから、こんな浅い場所で使わなくてもいい。二進も三進も行かなくなったら、その時はデシリアに頼ることになる。
召喚も黒魔法も強力すぎるからこそ、使いどころを考えるのだと思うし。
俺とヴェイセルは攻撃に集中し、他のメンバーが守りに徹するとなった。
階層主の部屋に足を踏み入れると、粘体モンスターの親玉のサイズ足るや。
「なんだあれは」
「まるで液体の壁だな」
「ねえ、倒せるの?」
主の部屋の壁一面に張り付き広がる粘体モンスター。高さ五メートルはあるか。幅は十二メートルにも及びそうな。
小さな弾丸を少々撃ち込んでも、大した効果は期待できそうにない。
「イグナーツは弾薬を幾ら消費しても構わない。撃ち捲れ」
「はい」
弾倉ひとつで二百五十発。持参した弾倉は十個で使ったのは二つ。残りは充分にあるから、ひたすら撃ち捲れってことだ。
重機関銃を構え射撃態勢を取り、トリガーに指を掛け号令を待つ。すぐ側にモルテンが立ち防御姿勢を取る。
ヴェイセルも銃撃の構えを取り、その隣でアルヴィンが防御するようだ。
「撃て!」
モルテンの言葉と同時に二挺の機関銃による掃射。
凄まじい音が響き渡り次々銃弾が撃ち込まれる。その度に粘体モンスターの体が爆ぜて行くが、同時にうねるようにして触手の如く、トゲを伸ばして攻撃してくる。
それを大きくはない盾で凌ぐモルテンとアルヴィン。
「無茶苦茶な奴だ」
「まずいな。あまり盾も持たないかもしれん」
ヘンリケやデシリアも己の身を守るので精一杯なようだ。次々攻撃してくるトゲ状の触手は触れると溶けるようで。木製の盾も変色や変質が激しい。長く持たないのは確かだ。
それでも銃撃を止めず撃ち続ける。
ヴェイセルの方が先に弾切れとなり、弾倉の交換をして再び銃撃を繰り返す。
面積が広すぎるんだよ。
俺の重機関銃の弾薬も撃ちきった。交換し弾薬ベルトを通しセットする。一連の動作が面倒だけど、その間しっかり守ってくれるモルテンだ。
再び銃撃を繰り返し、辛うじて攻撃を凌ぐメンバー。
それでも少しずつ飛沫を浴びて行く。あちこち痛いし焼けるようだ。
「これで終わりだ!」
最初に比較して小さくなった粘体モンスター。
止めを刺すべく撃つと爆散するように飛び散った。