Sid.7 自分用の武器を入手する
銃の代金を払うと言ったが、しっかり断られた。
「使い方は分かる?」
「何となくですけど」
「知ってるんだ」
「銃、それ自体は知ってますけど」
扱ったことはない。
「少し待っててくれる?」
銃の使い手が戻ってくるのに、あと一時間程度だそうで。戻って来たら扱い方を教え、実際に撃って慣れてもらうそうだ。
椅子に腰掛けるのかと思ったら、銃を取り出し手にして「よくこんなの扱えるよね」とか言ってる。弾薬は装填してないよね? 間違って暴発とかは勘弁だし。
「これ、前に試し撃ちさせてもらったけど」
レバーが硬くて引っ張るのに苦労し、撃鉄も重くて指が痛くなったと。
しかも狙った的にはちっとも当たらず。銃弾がどこに向かったのか、それすらも分からない有様だったらしい。
薬莢が飛び出して手に当たりそうだったとも。動作が荒っぽくて怖いそうだ。
「あたしには扱えないけど、イグナーツならいけると思う」
まず力はある。しっかり構えれば的にも当たるだろうと。
過大評価な気もしないでもない。俺には神が与える技能がないし、魔法も使えないし、あるのは農作業で鍛えた筋力だけ。クリストフじゃないけど、確かに無能と言われてもおかしくない。
何も無いのだから。だからスカラリウスくらいしかできない。
「あとこれ、弾丸」
革製の袋に入った弾薬のようだ。それとブレイクスリー・カートリッジボックスもある。箱の中身は七発入った装填用チューブだ。一発ずつ流し込むのと違い、一気に流し込めるから、その分弾切れの際の手間が省けるな。
革製の袋を開けるとバラで入ってる。一発ずつ装填する場合はこっち。
弾薬はリムファイア式で、現在主流のセンターファイア式とは違う。リムの縁を叩いて発砲する。銃には撃針が無いのだろう。
「弾丸を入れる場所って分かる?」
「銃床に弾薬送り用ばねチューブが入ってますよね」
「知ってるんだ。意外だね」
まあ、撃つことは無くても一度は興味を抱いたし。銃の歴史も少し。
「どこで知識を得たの?」
言えない。日本でなんて。
「たぶんどこかで見たんだと思います」
「そう?」
あんまり追及されても困る。
「まあ、追及はしないけど、知ってるなら扱いもすぐ慣れるでしょ」
そんな話をしていると誰かが戻ってきたようだ。何やら少し賑やかな感じで、どかどかと床を踏み鳴らしながら複数の足音がする。
「あ、戻ってきたみたい」
デシリアはそう言うと席を立ち、居間を出ると「おっかえりぃ」なんて出迎えているようだ。お客さんが来てるからと言って、銃だけどと早々に話を切り出してるような。
数人纏めて居間に向かって来て、入ってくると「彼がお客さん?」と、俺を見た大男が口にし続いて違う男が「どこの探索者?」なんて言ってるし。
探索者じゃなくて荷物持ちなんだけど。
「あ、彼はスカラリウス。ちょっと縁があって」
全員が居間に揃ったようで、デシリアから紹介するようだ。
「イグナーツ。えっと、何だっけ。所属するパーティー」
そう言えばパーティー名すら言ってなかった。
思わず椅子から立ち上がっていたけど、メンバーの面々に頭を下げ名乗ることに。
「バーラレ・アヴ・アーラに所属する、スカラリウスのイグナーツです」
栄光の担い手、なんて御大層な名称を付けてるけど、実態はアホの集まりでしかない。荷物持ち程度が、パーティーを代表して挨拶とかあり得ないよなあ。なんで俺はこんなことになったのだろう。
顔を上げるとシルヴェバーリの面々が「スカラリウスなんだ」や「うちもそろそろ、なんて思ってたけど」とか「うちに来てくれるの?」なんてのまで。
テーブルに置いてある銃に目が向くと「誰? 引っ張り出したのは?」と問われ、デシリアが「イグナーツに渡そうと思って」って、やっぱり事後承諾だよねえ。
「いいよね?」
「構わんが、使えるのか?」
「知識はあるみたい」
「珍しいな」
少し年配の大男ひとり、若く標準体型であろう男がひとり、対して少し小柄で若い男がひとり。他にも妖艶さを持つ若そうな女性ひとり。なんか格好がエロい。
デシリアを含め、これで全員なのだろうか。
「あ、イグナーツ。この人が射撃手でヴェイセル」
紹介された男は若い標準体型の男だった。
「銃を扱いたいのか?」
「あの、そうではなく武器が必要だと言われて」
ヴェイセルがデシリアを睨むと、少し慌てた感じで「だって、イグナーツって凄く不憫なんだよ」と言い訳のようになってる。
その不憫を聞かせろとなり、再び椅子に座らせられた。デシリアが見たままに伝え、俺にも訊ねられ何だか尋問されてるような。
これまでの扱いの洗いざらいを説明すると、やたら憤慨するのは少し小柄で若い男だ。
「ずいぶん酷い扱い受けてるんだな」
「スカラリウスに対して普通だと思ってました」
「普通のわけないだろ」
「日当も経験不足とは言え少ないな」
それで三十万ルンドの違約金など、払えるはずも無いだろうと。実質、パーティーに縛り付けるためだけの条件だろうと言う。つまりはパーティーにとって、充分に役立っているが、正規の報酬を渡す気はない。飼い殺し状態にして利便性だけを得ようとした。
「とんだクソ野郎どもだな」
「しかも暴力か」
「剣士が力に物を言わせて従えようなどとは」
「剣士の風上にも置けない奴だな」
ただ、探索者ギルドに申し出たとしても、それらは内々の話しとして処理され、彼らに対して罰則は課されないだろうと。
そもそも探索者ギルドも、スカラリウスを奴隷としか見ていない。
「この国はいろいろ問題を抱えているからな」
国も民衆も同じ方向を見ている。運搬賦役が最底辺扱いされるのも、国の方針あってのことらしい。
それも理由があるにはある。この世界には蒸気機関もすでにあって、大量輸送時代が到来しているからだ。人が運べる荷物の量なんて、たかが知れている。
「他の国はまた違うんだがな」
「もっと扱いのいい国もあるし」
シルヴェバーリは複数国を跨いで活躍しているそうで。他所の国の事情も理解している。結果、この国は特におかしいと感じるそうだ。
しかし、と。
「他のパーティーの内情に首を突っ込むのはご法度だ」
禁止事項として他のパーティーと揉め事を起こさない、と言うのがある。
力のある探索者パーティーであっても、探索者ギルドの方針には逆らえない。逆らえばギルドから脱退させられる。それ即ち万が一の際の救助は無い。幾ら強いとは言っても、ラビリントの全てを熟知した人も居ない。
不測の事態もあり常に死と隣り合わせでもあり、危険な場所ゆえに互助は大切だからだ。
「まあ表向き、みんな仲良く、だからな」
あとは探索者パーティーが、ラビリント内で死亡してフリーになれば、なんて物騒なことを口にする面々だし。
そんな状態になれば俺だって死んでる。
「まあ事情は分かった」
「銃はくれてやるし、教えるのも構わない」
万が一の際に逃げられるよう、充分な弾薬も渡してくれるそうだ。
扱い方に関しても、何とかするとは言うけど。
「さすがに一日じゃなあ」
「最低でも一週間は欲しいが、無理なんだろ?」
「はい」
とりあえず遠くから仕留めようとせず、できるだけ引き寄せて倒すようにと。
素人が放つ銃弾なんてのは、的には一切当たらない。当たっても偶然でしかないそうだ。その偶然で命が助かることもあるが、次々出てきたら対処不能に陥るだけ。
「じゃあ、まずは構えと試し撃ちだな」
付いて来い、と言われ銃を持たされ予備の弾薬も持ち、外に出るようだ。
「ここじゃ扱えないし音がな」
「大きいんですよね」
「そうだ。耳が壊れる」
銃撃を行う際に耳を保護する耳栓があるらしい。それも渡してくれるそうだ。
「何から何まですみません。ありがとうございます」
「気にするな。今できることをやるだけだからな」
ちゃっかりデシリアも付いてくるようで、気になるらしい。