Sid.69 いろいろ考えさせられる
ソルロスフリッカのメンバーを追い越し、先へと急ぐことにしたシルヴェバーリだけど。
「あ、ねえ。デシリアたちはどこまで潜ったの?」
「三十九階層」
「やっぱ凄いね。デシリアの召喚?」
「違うけど」
一見すると友人のように見える。ただの顔見知りかもしれない。
デシリアの召喚は知ってるようだけど、それだけで三十九階層まで行くのは無理。モルテンやアルヴィンの前衛とヴェイセルの的確な銃撃。時に炸裂する聖法術や黒魔法があって、深い階層まで辿り着けるのだと思う。
「イグナーツが居て先へ進めたから」
「イグナーツって、そこの荷物持ち?」
「そうだけど」
「そっか、そっか。惚れてるんだ」
デシリアを揶揄うような感じで「恋は盲目だね」とか言ってるし。
「違うから。本当にイグナーツが居るから先へ進めてる」
「あのデシリアがねえ」
「よりによって荷物持ちって」
「残念な子になっちゃたんだね」
酷い言いような気がする。でもこれが、この世界の荷物持ちに対する考え方だ。誰もがそう思っている以上、俺が居たから、なんてのは理由として認めないんだろう。
荷物持ちに攻略が左右されるなんて、あってはならないのだろうし。
「デシリアさん。先急ぐから」
「あ、そうだね」
「で、デシリアが従順だ」
「男でこんなに変わるなんて」
何を驚いているのか知らないけど、周りにはガサツって見えてるのかな。
「ねえねえデシリア。経験したの?」
「あ、それ気になる」
「すっかり変わった感じだし」
「荷物持ちと経験って、普通はあり得ないよ」
アホは放置だから、と言って俺の手を取り先へ進むデシリアが居る。
後方でキャッキャ、キャッキャと騒ぐ女子複数。散々バカにして楽しそうだ。
デシリアを見ると少し機嫌悪そう。
「あの」
「見返す」
「え」
「イグナーツ。言われっ放しで悔しくないの?」
荷物持ちに恋をすると残念な子扱い。経験するなんてあり得ない。そこまで言われると傷付くけど今は、そう言われても仕方ないと思う。
ただ、この先も言われ続けるのは勘弁だな。いつか見返すことができれば、とは思うけど。
そのためには、俺が強くなるしかない。
「今は無理だけどいずれは、って思ってる」
「無理じゃない。あたしが支えるから頑張ろうね」
デシリアは俺を信じてるんだろう。なぜかは知らないけど、でもシルヴェバーリのメンバーも同じ感じだし。無能と言われ続けたくらいだ。俺には技能なんて無いし、今後も技能が生えることも無いんだろう。だからこそ、人の何倍も努力しないと、誰にも追い付けない。
信じてくれるデシリアのために死ぬ気で頑張るしかないな。
さっさと三十九階層を目指し突き進むと、今日は何かイベントでもあるのか、と思う程に他のパーティーとよく遭遇する。
二十五階層に疲弊した探索者パーティーが居た。怪我人が居て治療も半端な状態のようだ。
モルテンが気になったのか声を掛けてる。
「どうした? 救助要請しないのか?」
血塗れで疲れ切った表情を見せる男性がひとりと、床に横たわる男性が二人と女性がひとり。蹲り膝に頭を埋める女性がひとり。
もしかして、三人はすでに死んでるとか。
血塗れの男性が顔を上げモルテンを見て「三人」と口にする。
「三人?」
「ねえモルテン。そこの三人だけど」
「残念ね。もう息が無いみたい」
デシリアもヘンリケも気付いたようで。ため息を吐くモルテンが居る。
どうやら憔悴しきって何も行動を起こす気力が無いらしい。
二十六階層より下はモンスターの数も増え、どこからでも襲って来るようになる。このパーティーは二十七階層で、まずひとりが倒れ二十六階層で二人倒れた。
数を前に対処できなくなったようだ。命からがら二十五階層に辿り着き、応急処置を施すも事切れてしまったようで。
「な、何も、何もできなかった」
嗚咽を漏らし力なく項垂れる男性が居て、蹲りながらすすり泣く女性が居る。
もう探索者を続けるのは無理なのだろう。それどころか仲間を三人も失った。クリストフのパーティーも二人失ってる。こうなると生き残った人は探索者を引退するようだ。
襲われる恐怖、失われる恐怖、命をいとも簡単に奪われ立ち直れなくなるとか。
やはりラビリントは甘くない。俺も死に掛けた。本当に運が良かっただけと思っておかないと。決して実力で切り抜けた、などと思わないように。
「救助要請しないのか?」
再度モルテンが言うと懐から、緊急通報用のタグを取り出し指で押し潰す。潰した瞬間、赤い光を発し少しして消える。
「暫く待っていればいい。救助隊が組織され向かうからな」
デシリアが俺の腕を取り「あたしが守るから」と強く言ってくる。
いや、俺が守らないといけない。デシリアが力を行使すると、リスクが大きすぎるから。だから俺が守る必要がある。
亡骸を伴うパーティーから距離を取り、暫し休憩を取るけど、こうして呆気なく命を奪われた存在を見ると。
「明日は我が身として戒めるしかないんだよね」
「イグナーツなら大丈夫」
「デシリアに犠牲を強いる気は無いから」
「あたし、強いよ」
知ってる。とんでもない存在を召喚できるし、黒魔法だって内側から破壊できる。感情の全てを失う覚悟なら、きっとひとりでもラビリント攻略ができるんだろう。
類稀な技能と能力を持ってるだろうから。
でも、そうさせたくない。
少しして救助隊が転移魔法陣から現れた。
八人で構成されギルド職員ひとりと、探索者による救助隊のようだ。状況確認と生死の確認をして亡骸を担架に乗せ、魔法陣に立つ六人と肩を貸す二人。
魔法陣が光り輝くと全員の姿が消える。
「魔石の交換をしておこう。イグナーツ、魔石を」
「あ、はい」
バッグから魔石を六個取り出しモルテンに渡す。
六芒星の頂点にある魔石を外し、新しい魔石をセットし古い魔石は回収。バッグの別のポケットに仕舞っておく。
「よし、行くとするか」
全員が立ち上がると二十六階層へ向かう。
階段を下りるメンバーだけど口数は少ない。
「デシリアさんは、こんな光景って」
「何度も見たよ」
「だよね」
「でもね、何度見ても慣れない」
ラビリント攻略は富をもたらす可能性がある。しかし裏では今回のように、簡単に人の命を奪ってしまう。これまで、どれだけの人が命を落としたことだろう。
高い代償を支払ってまで攻略する理由。金だけなら、ここまでハイリスクなことをしなくても、とは思う。
「あの、なんでラビリント攻略なんて」
デシリアを見ると口元を緩め、目を細めて「力を得たから試したいってのがあるかも」と言ってる。
探索者になれる人の持つ技能や、持って生まれた才は一般社会では不要。
魔法も召喚も聖法術だって奇跡の光も、一般社会で使う機会など無い能力。唯一は加療士の治療術程度。
「ラビリントがあって能力があると思う」
だから攻略するのだそうだ。
もし、世の中にラビリントが存在しなければ、多くの戦闘のための技能は不要だろう。何のために使うのか。人相手に使うのであれば単に不幸を招くだけ。
そうさせないためにラビリントがある、と考えれば辻褄が合うと考えるそうで。
「でも、実際には人に対して使ってるけどね」
この世界にも戦争はある。犯罪だってあるし内戦だってあるし、国家による弾圧だってある。
力を持てばラビリント攻略以外で使う人も居るわけで。
でもシルヴェバーリのメンバーは、ラビリント攻略のために力がある、と考えるようだ。それが一番平和的な利用方法ではないかと。
「イグナーツが手にしてる武器もね」
戦争によって進化したもの。ラビリントで使って進化したものじゃない。今も多くの人命を奪いながら携帯しやすく扱いやすく、高い威力を求め改良を続けている。
武器に関しては元の世界と同じなんだ。
そりゃそうだよね。銃火器ってのは戦争の道具なわけで。如何に効率よく敵を倒し制圧できるか、だから。