Sid.61 博覧会の会場で機関銃
デシリアが腕を絡め引き摺られるように、町の中央であるミッティフォンに向かう。この辺は強引と言うか、でも嫌な気分にはならない。むしろリードされる心地良さみたいな。
自分からリードできるように、なんて思うけど当分は無理そうだ。
ミッティフォンに着くとバス停があるようで「こっち」と言って、引き摺られる俺。
バスは元の世界で言うマイクロバスサイズだ。ただしボンネットがあるから、昔のボンネットバスに似てると言えば似てる。ただ見事に角ばった箱型。馬車よりは快適で早いのは分かる。馬車は乗り心地で言えば良くはない。静穏性に優れるわけでもない。意外と車輪の音が煩いから。
近い内に取って代わられるんだろうな。
乗り込んで空いてる座席に腰を下ろすけど、車内はやっぱり狭い。ベンチシートだから隣の人とも密着し、デシリアとも密着する状態になってるし。
乗客を見ると紳士淑女って感じの衣装だ。ラフなスタイルなんて、俺とデシリアくらいで。
「混んでるね」
「うん」
「バスは乗ったことある?」
元の世界では時々。通学は電車だったし最寄駅から徒歩だったし、バスに乗る機会はあまり無かったかも。
「一応」
「鉄道の方が快適だと思わない?」
「あ、それはあるかも」
鉄道の方が車内が広いし、空間も広いし何より臭くない。この時代のバスは気密性は低くても、やっぱりなんか少しガス臭いし。ちょっと気分が悪くなって吐きそうな。
走りだすとエンジン音は煩いし、窓は現代のガラスと違って、ビビるって言うかガタガタするし。ついでにサスペンションの問題だと思うけど、揺れ方も結構激しい。
快適なバスはまだまだ先なんだろうな。
揺られること二十五分程度。
海が見えてきて港も見えると、終点らしく下車すると潮風が心地良い。
「料金高いなあ」
「稼ぎが良くなってるから、すぐ気にならなくなるよ」
まだ駆け出しだから、みんなみたいに貯蓄が無い。出費もあって稼ぎの大半は消えるし。もう少しすれば落ち着くんだろう。
それでも重機関銃を買わずに済んでるのは助かるな。ヴェイセルが払う金額見て目が飛び出るかと思ったし。
手を繋いで博覧会の会場になってる倉庫へ。
人の流れが自然にできてるから、みんな博覧会目当てなんだろう。ぞろぞろと人波に逆らうことなく歩くと、会場となる倉庫に辿り着く。レンガ造りの大きな倉庫内は、様々な展示物があり人の多さもあって、熱気を帯びた感じだ。
「何か見たいものある?」
「何があるか分かんないんで」
「じゃあ、片っ端から見てみようか」
手を引かれ端っこのブースから見て回る。元の世界の博覧会と異なり、照明による演出なんかは一切無い。映像が流れるわけでもないし、音声を流すところも勿論ない。機材が存在しないから。
その分、人が声を張り集客に努めるようで。
「あ、ねえ。これって」
ステンドグラス風のランプシェード。どうやらガス灯じゃ無いようで、電気の照明器具みたいだ。
「電気、来てる?」
「来てない」
「じゃあ使えないと思う」
「いいと思ったけどなあ」
この国のものじゃなく近隣国のものらしい。値段も高いし買っても使えないし。
別のブースでは食材が多数。新たに交易のできた土地のものだろう。
「これって何かな」
見てるとブースの人が無視してるし。若いから相手にしないんだろうな。格好もそうだし、貧乏人に見えるだろうから。他所へ行けってな感じ。
展示物は果物の類かな。よく見ても何かは分からない。分かりやすいものもあるにはある。顔を近付けるとブースの人に手で払われるし。
「近付かないで」
なんか感じ悪い。
でもたぶん、元の世界で言えば南国のフルーツのような。鼻を突く甘い匂いがしたから。
買う気は無いから立ち去り他のブースを見ることに。
「ねえ、黒い液体売ってる」
「黒い?」
「何かな」
瓶入りの黒い液体。ラベルが貼られていて、何語か分からないけど文字が記されてる。
試食と言うか試飲と言うか、少しだけ舐めさせてもらえるようだけど。
興味本位で見ているとブースの人が、やっぱり不愉快そうな表情を見せる。見た目って大事なんだな。きちんとした服装で来ていれば、もう少しまともに相手してくれたかもしれない。
「他行こうよ」
「あ、そうだね」
とあるブースで目にしたもの。
「銃?」
「だよね」
ライフルのような見た目。でも二脚が装備され箱型弾倉が銃の上に装着される。装弾数は大きさから言って二十発くらいか。他にも箱型弾倉が二種類あって、大きなものは四十発くらい入っていそうな。
「あの」
思わずブースの人に声を掛けるけど、俺の見た目の問題だよね。シカトされたし。
そうなるとデシリアが「あたし探索者なんだけど」と言うと、どうやら話を聞く感じになったようだ。
「若いのに探索者?」
「もうベテランだよ」
「何年やってる? どこのパーティー?」
いろいろ聞かれ答えるデシリアが居て、どうやらブースの人もシルヴェバーリは知っていたようで。
「それが事実なら説明するが」
「じゃあ召喚して見せようか? みんな死ぬけど」
「い、いや。結構だ」
結果、俺じゃなくデシリアに対して銃の説明が成された。
どうやら機関銃の試作品のようで、見た目はマドセン機関銃のような。M一八九六に似た感じだ。作動方式はロングリコイルと説明があり、反動を抑えた軽機関銃で間違いない。
ヴェイセルも俺も欲しかった奴。ただ、装弾数は少ないから撃ち捲ればすぐに弾薬が尽きる。ベルト給弾式なら弾数を考えずに済むのに。まだ、そこまで至らないんだろう。
軽機関銃で言えば最初期型だし。
「一丁幾らするんですか?」
「あ?」
俺だと態度が悪い。
デシリアが少し怒った感じだ。
「値段聞いてるんだよ」
「あ、ああ。一丁、十七万ルンドだ。弾倉は十発で一千ルンド」
十七万ルンドって日本円で二十五万五千円。高い。今の俺じゃ買えない価格だ。
「四丁買ったら値引きしてくれる?」
「四丁? 二十丁くらいなら値引きも考えるが」
「そっかあ。ヴェイセルが欲しがってるからなあ」
「あのヴェイセルが?」
ブースの人、ヴェイセルのこと知ってるんだ。
「そうだよ。国内随一の射撃手」
「うーん。ヴェイセルならちょっと考えないとなあ」
え、考えるんだ。やっぱり凄い人なんだな。
どうやらヴェイセルは銃火器購入のお得意さんらしい。次々新型銃を求めるから、こうして輸入した最新モデルを見せると、性能次第で即決で買うらしい。しかもラビリント内で使用して使用感や威力をフィードバックしてくれる。
それを元に他の射撃手へと販路を広げられるようだ。
「じゃあ四丁買うってことで、一丁、十五万ルンドでどうだ?」
「もう少し」
「いや、勘弁してくれよ。これ以上下げると赤字になる」
「十四万」
粘るデシリアが居て渋るブースの人。でも結局デシリアに押し切られたようだ。後々の宣伝費用としては安価だと言って。
まず使ってくれる人が居なければ、銃の有効性なんて知れ渡らない。ヴェイセルは国内随一ってことで宣伝効果が高いらしい。
「どうする? 届ければいいのか?」
「あ、それだけど、明日連れて来る」
「そうか。じゃあ期待して待ってるからな」
商談成立か。俺だったら門前払いだったな。やっぱり名が知れ渡ってると、対応も違ってくる。
俺も名が知れるように頑張らないと、いつまでもこんな扱いのままだろうし。
ブースから離れるとデシリアに聞いてみる。
「ヴェイセルさん、急に言って買うの?」
「買うよ。銃に目がないし、新型は即座に手にしたい人だから」
そうなんだ。
話を持って行くと嬉々として買ってしまうそうだ。悩むことも無いらしく、ひと目見て気に入れば複数買ってしまうとか。
だから四丁なんだ。俺には買えないけど、今は重機関銃があるから。
でもさ。
「俺も欲しい」
「後払いでもいいよ」
「え」
「あたしが立て替えておく」
デシリアも金持ちだ。