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Sid.6 助言を聞かないリーダー

「あ、そう言えば名前、聞いてなかったね」


 いきなり連れて来られたからなあ。手を取って。


「イグナーツです」

「それ、本名?」


 なんで?

 もしかして転移者だと知ってたりするのか。


「あ、違うの。見た目がこの国の人と違うから」


 俺の動揺を見て取れたのか、追究するわけじゃないと言ってる。他所の国から流れてくる人も多いし、過去にいろいろあって名を変える人も居る。出身国では犯罪者でも別の国では犯罪者ではない、なんてことも多々あるそうで。

 とは言え殺人や強盗などは、どの国に於いても犯罪であることに変わりはない。

 また、母国で迫害され逃げてくる人も居るし、戦禍を逃れ難民として辿り着く人も居る。人によって事情は様々だそうだ。


 俺のイグナーツと言う名前は勿論、本名ではない。元々日本人だし。黒髪で黒い瞳の持ち主はこの国にも居る。でも顔の造りだよな。彫りが深くはっきりした目鼻立ち。対して俺は鼻が低くのっぺりした日本人顔。そのせいで子どもに見られがちだ。

 じゃあなんでイグナーツなのか、となると老夫婦に預けられた際に、名乗れなかったことで名付けられた。名乗ろうとしたけど、なぜか声が出なかったのもある。元の名前を名乗れない。そして今は思い出すこともできない。

 その理由は不明なまま。


「あたしはデシリア。よろしく」


 女性に年齢を聞くのはご法度なのだろうか。自分から言い出すのを待つのが良さそうだけど。

 まあいいや。今だけの関係だろうし。


 メンバーの拠点である宿に着くと「居るかな?」と聞いてくる。

 さっきは居なかった。デートでもしてると思ったけど、宿泊している部屋に向かいドアをノックすると返事があった。


「居るみたいです」

「じゃあ来るように言うね」


 ドアを開けるとクリストフとクリスティーナが居た。そして部屋に入った俺を見て「イグナーツぅ! 情報は仕入れてきたんだろうな」なんて怒鳴りだす始末だ。

 それを聞いたデシリアが目を丸くして「なんか凄いね」と感想を口にする。

 俺の後ろに控えるデシリアに気付いたのか「後ろの奴は何だ?」と。


「急にごめんねえ。十六階層以降の情報の件で来たんだけど」


 その言葉に「ああ、そう言うことか。教えてくれるんだな」と、少しだけ機嫌がよくなった感じではある。

 入室を促され部屋に入るデシリアだが、クリストフが用意した椅子には腰掛けず、早々に切り出すようだ。


「イグナーツから話は聞いたけど」


 無謀なことはやめろと。今の実力では十六階層に足を踏み入れた途端、モンスターに蹂躙されて終わると言ってる。

 予想はできていたが機嫌が最悪になったようだ。険しい表情でデシリアを睨んでる。


「それは俺たちが弱いと言ってるのか?」

「うん。だって聖霊士が階層主を倒したんでしょ」

「そうだ。それの何が悪い」

「三十階層くらいなら分かるよ。でも五階層からでしょ」


 普通は剣士や魔導士で倒して進むものだと。俺に言ったことと同じ内容を話すデシリアだ。

 認めるとは思っていなかったけど、俺たちより深い階層に潜る探索者なんだから、素直に聞けばいいのに。


「偉そうにほざくが、あんたは何階層まで潜った?」

「アヴスラグなら三十六階層まで」


 現時点で最深到達点。シルヴェバーリが三十五階層の階層主を倒したんだな。

 しかしクリストフはアホだった。


「そんな細身で潜れるとは思えん」

「あたしは召喚魔導士だからね、肉弾戦以外で戦うの」

「じゃあリーダーでも連れて来い」


 やっぱりそうなる。


「あのね、普通は実力が下位のパーティーが来るものなの」

「知らねえよ。俺はまだ認めてねえ」

「はあ。ここまで常識知らずだとは」

「なんだと、このクソアマ、ぶっ飛ばすぞ!」


 バカ過ぎて話にならない。なんかデシリアに悪いことをした気分だ。親切心で言ってくれてるのに、それを暴言としか捉えられない。日本でも居たよなあ、正しく意味を捉えられない直情的な奴。怒りの沸点が低すぎるんだよ。

 俺を見て「よく耐えてたね」とデシリアに言われた。そうなるとクリストフが「荷物持ちは耐えるのが仕事だろ」とか言い出すし。暴言や暴行に耐える必要性があるとは思わない。

 デシリアが哀れみの目で俺を見てるし。


「ねえ、イグナーツ」

「なんです?」

「こんなバカの元に居たら死ぬよ」

「なんだと、ゴラァ!」


 むきになって怒ってるし、意に介さないデシリアが居るし。

 デシリアの言ってることは分かってる。でも違約金の問題もあって抜け出せない。


「うち、来る?」

「え、でも」

「違約金?」

「あ、はい」


 面倒なシステムだよね、だそうで。

 探索者に関わらず社会全体がスカラリウスを下に見る。誰も率先してやりたがらないが、居なきゃ居ないで困る存在でもある。ラビリント攻略に荷物持ちが居た方が、より深層に向かう際には役に立つのも事実。

 しかし社会全体がそれを認めようとしない。要するに見下せる相手が欲しいだけ。

 自分たちより下の人間が居れば、それより上と思って安心できるってことだ。


「帰るね」

「あの、すみませんでした」

「いいよ。イグナーツが悪いわけじゃないし」

「おい、女」


 まだ絡むのかよ。しつこい。


「何? 情報なら渡さないよ。()()で他の探索者に聞けばいい」


 俺を睨むクリストフだけど、これ、デシリアが帰ったら間違いなく、俺がタコ殴りにされるだろうな。

 どうせ腹の中では「こんな奴、連れてきやがって」と思ってるんだろう。どうしようもない奴だ。自分の非を一切認めないんだから。いつどこで、ここまで増長したのか。

 きっとラビリント内で死を迎えても理解しないんだろうな。逆恨みしながら死ぬ。


「あ、イグナーツ。とりあえずうちに来て」

「え、ああそうでした」

「何だお前、そのクソアマとしけこむのか?」

「下品。イグナーツにはまだ用事があるの」


 帰ったら分かってんだろうな、なんて言って脅すクリストフだ。タコ殴りされるの確定。


「奴隷じゃないんだから、無意味な暴力行為は犯罪だからね」

「そんなの雇用主の勝手だ」

「そんなわけないでしょ」

「知らねえよ。俺が雇ってる。俺が金を払ってる」


 生殺与奪権はクリストフが握ってるとか、そんなわけないだろうに。本来なら指示には従う必要がある、程度だろ。

 人の話を聞くとは思って無いけど。呆れるデシリアに連れられ拠点をあとにした。


 拠点とする宿を出るとデシリアの哀れみが酷くなったようだ。


「なんか、もう。どうしようか」

「いいんです」

「諦めてるの?」

「金が無いんで」


 抜けたくても違約金を支払えない。もらってる額も少ないし、そのせいで貯金もままならないし。

 中世より人権は多少考慮される世界だと思ったけど、それでも職業による貴賤は大きい世界だ。だとすれば人種差別も凄いんだろうな。こんな世界に比べたら日本は天国だ。


 シルヴェバーリの拠点に着くと中に入り、居間で暫し待つよう言われ待つことに。

 まだ誰も帰って来ないんだな。ラビリントに潜って攻略中なのか、それとも休暇中なのか。

 少しして手に荷物を抱え戻ってくるデシリアだ。


「結構重いんだけどイグナーツなら大丈夫だよね」


 重そうな長い木箱を抱え持ち、居間のテーブルに置くと、ゴトン、なんて音がする。


「早速だけど、身を守る武器だから」


 箱を開けると中には思っていた通り、スペンサーカービンによく似た銃だ。

 大事に保管していたのか、使い手が居るから予備なのか。


「これ、渡すから使って」

「え、でも」

「お金? 要らないよ」

「でも悪いです」


 買ったら幾らするか分からない。高価なものかもしれないし、使う人が居なくて無価値なのかもしれない。でも仮に無価値でも対価は必要だと思う。


「あの、手持ちが幾らも無いんですけど、少しは払います」

「要らないって言ったよ」

「それだと」

「生き残って欲しいと思うからね」


 あんな奴の下に居たら間違いなく明日にも命を落とす。


「だから受け取って」

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