Sid.59 加療士のお姉さんと料理
ヴェイセルによる重機関銃を試した翌日。
ホーム内には俺とデシリアとヘンリケ。
ヴェイセルは早くに出掛けて、弾薬を仕入れ寄り道してくるらしい。モルテンは家族の下に。アルヴィンは複数居る女性の誰かのところ。
デシリアは宣言通り編み物をするそうだ。羽織るものがいいと言ったし採寸もされてるし。部屋で見ていていいか聞くと「緊張するからやめて」だそうだ。
「ふられちゃったね」
「あ、いえ」
「じゃあ、あたしとデートしようか」
「揶揄ってますよね」
ヘンリケって。なんか変。
リビングのソファに腰を下ろし、編み物をしながら誘ってるけど、明らかに冗談でしょ。俺と一緒に歩いたら下手すれば、母子に間違われそうだし。老けてるわけじゃない。妖艶でありながら母性に溢れてる感じだから。対して俺はと言えば子どもっぽい見た目。親子だよね。
「あら、本気だけど」
「いえいえ」
「それじゃあ下着作ってあげようか」
「デシリアさんが作るそうです」
先を越されたか、なんて言ってるけど、ここでも下着とか言ってる。まじで流行ってるのかな。
「ラビリントってね、五十階層を超えると寒くなるの」
「え、そうなんですか?」
「女性には大敵なのね。男性も変わらないと思うけど」
寒すぎると動きが鈍るのは確か。でも女性のような冷え性ではない。
暖かい下着を身に着けていれば、寒さで動きが鈍ることもないとか言ってる。毛糸のパンツは役立つのだそうで。
いろいろ言ってるけど、デシリアが用意してくれるって言うし。
「何枚あってもいいでしょ」
「そうですけど」
じっと見つめる先は、ちょっと困るんですけど。股間の辺りを見つめられると、むずむずしてくるし。
「ちょっと回ってくれる?」
「え」
「その場でくるっと」
なんか分かんないけど回ってみると「お尻周りは九十センチくらいかしら」なんて言ってるし。見ただけで分かるの?
「男性の体を数多く見てるから分かるの」
「それって」
「何を想像したのかしらね?」
「あ、いえ」
加療士として治療する際に見てきている。だから凡そのサイズは分かるそうだ。服を着ている時と脱いでいる時、各々見ることで服の厚みを除いて、大まかなサイズを把握できるらしい。ついでに男の裸に何も感じるものは無い、とも言ってる。そんなものを気にしていたら治療にならないとか。確かに気にしてたら手元が狂いそうだし。でも男性の加療士も同じなのかな。意識してそうな気もしないでもない。
それにしても妙な特技を持ってるんだ。
「じゃあ作っておいてあげるから」
因みに毛糸のパンツは綿のパンツの上に穿くものだと。直に穿くと感触が悪いよと言われた。
だよね。
ソファで黙々と編み物をするヘンリケ。暇になった。
こっちの世界にスマホもゲームも無いし、ゲーセンだって無い。娯楽の類が圧倒的に少ないんだよ。テレビだって無いし。
女性は編み物とか裁縫があって、上手く時間を潰せるようだけど。俺にそんな手先の器用さは無いから。
暇を持て余してくると部屋に居ても落ち着けないから、外に出ることにした。
「出掛けるの?」
ヘンリケに言われ、ちょっと外出と言うと「ちょっと待ってて」と言われた。
広げていた編み物の道具や毛糸を纏め、ソファの隅に置くと立ち上がり「じゃあ行こうか」ってどこに?
「食材を仕入れたいから」
「あ、買い物なんですね」
「そう。荷物持ってくれると助かるの」
「それなら遠慮は要りません」
今日はヘンリケと一緒に買い物か。まあ荷物持ちってことだし、浮気にはならないよね。デシリアは忙しそうだし、側に居ると気が散るのか緊張するって。
一緒にホームを出ると市場に向かう。
まだ昼前だから市場も営業中らしい。隣を歩くヘンリケは目のやり場に困るなあ。
もう少し露出を控えてくれれば、と思う。
「気になる?」
「え」
「遠慮なく見てもいいの」
「あ、いえ」
町を歩く女性と比較すると分かる。ヘンリケが異質だって。みんなガードが固そうな長いスカートに装飾されたトップス。華やいだ格好はしてるけど、露出は総じて控えめで足だって見えないし。
ヘンリケは真逆の存在だ。揺れるしスカートにスリット入ってるし。ちらちら見えるんだよね。
エロい。
市場に行くと野菜を中心に見て回り、次々店の人から受け取ってる。
露店が多く集まっていて、色とりどりの野菜があって、中には魚を並べてる店もある。
肉類もぶら下がってたりして、ハムやソーセージに肉団子まで。
腐りそうだけど。長期保存なんてできそうにないし。
「あの、肉とか魚って保存は?」
「塩漬けか干して燻すか、になるの」
やっぱそうだよね。電気冷蔵庫は無い。冷凍だってできないし、そうなると干したり燻したり塩漬けにするしかない。
作る際に塩抜きしたりするのかな。
「じゃあ、これ持って」
「あ、はい」
どさっと手渡される野菜の数々。一応ヘンリケが図多袋を持参してて、その中に全部詰め込んで持つことになるけど、重さは知れてる。ラビリントに潜る時の方が圧倒的に重いから。
「イグナーツ君は何か食べたいものある?」
「特には」
あるけど、この世界に無いメニューと調味料が必要だし。あ、でもハンバーグは似たようなものがある。カレーは無理か。ラーメンなんてスープが、どうにもならないだろうし。
「遠慮要らないの」
「あの、ハンバーグとか」
「何それ」
「えっと、挽き肉と玉ねぎと玉子とパン粉で」
練って焼いたもの、と説明すると「ショットブッラルみたいな?」と言われる。それが何かと思ったら肉団子。まあ似たような感じだし。それっぽいものだけど、小判型と言うとまた伝わらないし。
「こういう感じの」
「楕円なのね」
「厚さは一センチから二センチくらい」
「じゃあ作ってあげる」
身振り手振りで示すとソースの類はと言われ、普通はデミグラスソースだけど、それすらもあるかどうか不明。見たことが無い。
トマトを潰して煮込んで、塩コショウでとか言ってみると。
「試してみるから一緒にね」
この世界の調味料なんて殆ど知らないけど、キッチンに居れば凡そ分かると思う。
肉を買って図多袋に入れると、ホームに帰りキッチンへ。
「早速だけどね」
「あ、はい。まず肉を細かくして」
包丁だけど、ペティナイフだよね、これ。サンドイッチを作った時も思ったけど、日本で使ってた包丁なんて存在しないみたいで。ペティナイフの如き小さなナイフで作業する。
肉をミンチにするけど面倒臭いし切れ味悪いし。叩くだけならこれでもいいけど、小さいから効率が悪いし。
まな板も日本で使ってたものと違う。小さな木の板。なんて不便なんだろう。これ、不便って感覚は無いのかな。
悪戦苦闘し成形し焼いてみるけど、薪をくべて使う石造りのコンロがあり、薪をくべて火を付けるが時間が掛かるのがネック。天板が熱を持つから上に載せておけば加熱される。フライパンは鉄製だから焦げ付きそう。
油をしっかり引いてハンバーグを入れ、焼き目を付けて蓋をして蒸し焼きにしたい。
蓋。
「あの、蓋になるものって」
「そうねえ」
別のフライパンを被せて蓋代わりに。
そして完成すると試食をしてみる。
「あら、美味しい」
なんか違う。塩コショウだけだからか。あと何か使っていた気がする。
ソースも作っておいたから、掛けて試食すると酸っぱい。トマトだ。酸味が強いんだよ。
なんか上手く行かないなあ。
「意外といけるわね」
「そうですか?」
「自分で作って口に合わないの?」
「何か足りてないんです」
料理の知識も足りてない。学校で習う程度だからだ。母さんと一緒に作っていれば、たぶんもっとましなものになったんだろう。
キッチンにあるスパイス関連。どれが何かは分からないけど、瓶に入っている幾つかを手に蓋を開け匂いを嗅いで気付いた。
「あ、ナツメグ」
「入れなかったの?」
「ちょっと抜けてました」
「作り直そうか」
やり直し。